第4話 袁紹ちゃん、虎牢関でごり押す。⑤
呂布「ん……?」
戦場の中心。
無双のごとく兵を蹴散らしていた呂布が、わずかに視線を動かす。
一直線に迫ってくる影。
文醜「うおおおおッ!!」
雄叫び。
馬上から、全身の力を込め――槍を薙ぎ払う。
ギイイイイイインッ!!
甲高い金属音。
呂布は、軽く方天戟を振っただけだった。
それだけで、文醜の一撃を受け止める。
呂布「……次に死にたいのは、お前か?」
冷たい声。
文醜「ぬかせッ!!」
即座に怒鳴り返す。
さらに槍を振り上げ――振り下ろす。
ゴオオオオンッ!!
重い一撃。
だが――呂布はそれすら、片手で受け止める。
微動だにしない。
呂布「昨日の髭男はどうした?」
余裕の声音。
さらに――赤馬が、ぐいと前へ出る。
巨体が押し込む。
ズシッ……
文醜の馬が、押し返される。
力が違う。
質量が違う。
文醜「っぐ……!」
歯を食いしばる。
呂布「やはり、左腕が痛んで出てこれぬか?」
見下ろしながら、淡々と告げる。
文醜(……馬上じゃ不利だ……)
一瞬の判断。
ならば――
バッ!!
文醜は馬から飛び降りた。
地面に着地。
ドンッ!
両足で大地を踏みしめる。
低く槍を構え、重心を落とす。
呼吸を整える。
そして――
文醜「轟槍突ッ!!」
叫びと同時に。
踏み込む。
ドゴッ!!
地面がへこむ。
その反動で、身体が弾かれる。
まるで矢のように。
一直線に――呂布へ。
槍が、一直線に胸を貫かんと迫る。
呂布「ぬうッ!!」
とっさに方天戟を構え――
ガキイイイイインッ!!
激突。
だが――衝撃は止まらない。
呂布の身体が、宙に浮く。
赤馬から、引き剥がされるように落とされた。
ドサッ!!
地に着地し、即座に体勢を立て直す。
呂布「小癪なッ」
その目に、わずかな苛立ちが浮かぶ。
だが、次の瞬間には。
文醜が、すでに空中より迫っていた。
槍を振り上げる。
文醜「剛槍砕ッ!!」
渾身の一撃。
ドゴオオオオオンッ!!
叩きつける。
呂布は、再び方天戟で受け止める。
だが――
ズズズズッ……
足元の地面が、えぐれる。
亀裂が、放射状に広がる。
土が裂ける。
砂が舞う。
袁紹軍――本陣。
砂煙の向こうで、激しい火花が散っている。
田豊は、拳をぎゅっと握りしめた。
田豊「おぉッ 文醜が押しておるッ!」
声に、興奮と希望が混じる。
あの呂布を相手に――確かに、押している。
だが。
その隣で。
紹香は、じっと戦場を見つめたあと――ゆっくりと、視線を後方へ移した。
紹香「顔良、張郃」
静かな声。だが、はっきりとした意思。
顔良・張郃「ハッ」
二人は同時に膝をついた。
最前線。
ガキイイイイインッ!!
火花が散る。
呂布と文醜。
二人の武が、激しくぶつかり合っていた。
呂布「ぬおおッ!!」
文醜「どおりゃあああッ!!」
叫びとともに、槍と方天戟が交差する。
だが――
徐々に、差が現れていた。
ギギギギギッ……
鍔迫り合い。
槍と方天戟がかみ合う。
そして――押し込まれる。
文醜の槍が、じりじりと後ろへ押されていく。
呂布「どうしたッ!小僧!!」
余裕の声。
呂布「もう息切れかッ!!」
文醜「ぐうッ……!」
歯を食いしばる。
腕が軋む。
足が沈む。
気力で保っているだけ。
その時。
――ぞわり、と。
呂布の背後に、鋭い殺気が立ち上った。
呂布「――ッ!」
即座に反応する。
文醜の槍を受け止めたまま――方天戟の柄を、後方へ跳ね上げた。
キイインッ!!
鋭い音。
そこにいたのは――長刀を振り抜いた顔良。
文醜「――おいッ、顔良!!」
叫ぶ。
文醜「一騎打ちに水を差す気かよッ!!」
顔良「すまん、文醜」
短く答える。
わずかに視線をそらしながら。
顔良「紹香の指示だ」
その一言。
文醜の顔が歪む。
文醜は、即座に後方へ振り向いた。
文醜「おい!紹香ッ!!」
叫ぶ。
文醜「俺に任せてくれたんじゃねえのかよッ!!」
その声は、本陣まで届く。
後方。
馬上の紹香は――わずかに首を傾げた。
紹香「何を言ってるの?文醜」
あっさりとした声。
そして――
紹香「――数が多い方が、強いに決まってるじゃない」
迷いのない、断言。
その言葉が、戦場に落ちた瞬間。
呂布の背後。
影が、動く。
低く。速く。
地を這うように――一つの影が、呂布の股下をすり抜けた。
その瞬間。
プシュッ!
プシュウッ!
鮮血が、弧を描く。
呂布の両踵。
腱が、正確に断ち切られていた。
呂布「ぬうッ!?」
足が崩れる。
体勢が、支えきれない。
ドンッ
片膝をつく。
その巨体が、初めて“崩れた”。
その目の前に――すっと、影が立ち上がる。
張郃。
口元に、歪んだ笑み。
張郃「アハハァ……」
甘く、狂った声。
次の瞬間。
プシュウウウッ!!
二振りの短刀が、閃いた。
狙いは――方天戟を支えていた両手首。
腱が、断たれる。
呂布「ぐううッ……!」
力が抜ける。
方天戟が傾く。
手首が、だらりと垂れる。
――武器を、握れない。
膝をついたままの呂布。
その姿は、もはや先ほどまでの絶対者ではなかった。
顔良「やるぞッ!文醜!!」
声が飛ぶ。
文醜「チイッ……おうよッ!!」
顔良と文醜。
二人が同時に踏み込む。
長刀と槍が――頭上へ振り上げられる。
呂布「このッ……!」
歯を剥き、叫ぶ。
呂布「卑怯者どもがァ――ッ!!!」
怒号。
だが、その声は届かない。
次の瞬間。
ブシュウウウウッ!!
交差する刃。
十文字に――呂布の胴を切り裂いた。
血が噴き上がる。
呂布「――っ」
声にならない。
その巨体が、ぐらりと揺れる。
そして――
バタアアア――ンッ
大地に、沈んだ。
中華最強。
呂布、奉先。
その伝説が――今、この戦場で終わりを迎えた。




