第4話 袁紹ちゃん、虎牢関でごり押す。③
その時。
ガキイイイイインッ!!
耳をつんざくような金属音が、戦場に炸裂した。
振り下ろされるはずだった呂布の方天戟。
それが――寸前で、止められていた。
呂布の目の前。
そこに割り込んでいたのは――巨大な偃月刀。
分厚い刃が、正確無比に方天戟を受け止めている。
衝撃で火花が散り、周囲の砂が跳ね上がる。
ぎろり、と。
呂布の目が、ゆっくりと動いた。
そのまま、武器の主へと視線を移す。
そこに立っていたのは――自身と並び立つほどの巨体。
がっしりとした体躯に、堂々たる構え。
そして、胸元まで流れる長い顎ひげ。
関羽「これより先は――この関羽が、お相手いたすッ!!」
偃月刀を構え、呂布を正面から見据える。
呂布の口元が、ゆっくりと歪んだ。
呂布「……いるではないか」
わずかに、楽しげな色が混じる。
呂布「おもしろそうなやつがッ!!」
その瞬間。
呂布の腕が、大きく振り上げられる。
方天戟が、再び頭上へ。
力任せに振り下ろされる。
関羽は、即座に反応した。
偃月刀を振り上げ、真正面から受ける。
ドゴオオオオオオンッ!!
激突。
衝撃が、空気を震わせる。
足元の地面が、びしりとひび割れる。
関羽「ぬうッ――!」
歯を食いしばる。
腕に、全身に、尋常ではない重さがのしかかる。
だが――膝は、つかない。
踏みとどまる。
関羽「えおお――うッ!!」
腹の底から声を絞り出す。
そのまま、偃月刀を振り抜く。
反撃。
ガキンッ!!
ギイイインッ!!
偃月刀と方天戟が、幾度もぶつかる。
横薙ぎ。
振り下ろし。
突き。
そのすべてが、常人の域を超えていた。
衝撃波が周囲に広がり、近くの兵たちが思わず距離を取る。
「近づくなッ!」
「巻き込まれるぞッ!」
誰も、割って入れない。
ただ――見ていることしかできない。
二人の戦いは、まるで別次元だった。
だが――決着は、つかない。
互いに、一歩も引かない。
曹操「大丈夫かッ! 夏侯惇ッ!!」
後方。
曹操が、急ぎ駆け寄る。
地に膝をつき、左目を押さえる夏侯惇の肩を支える。
夏侯惇「……チッ……!」
荒い息。
だが、その声にはまだ力があった。
曹操は、一瞬だけ安堵し――すぐに、視線を前へ戻した。
その目に映るのは。
関羽と呂布の、異次元の一騎打ち。
曹操(あの義勇軍の男……。呂布と、互角だと……ッ?)
信じがたい光景。
あの呂布を相手に、引けを取らない存在がいる。
曹操 (よもや……)
わずかに、口元が歪む。
曹操(このような逸材が……野に埋もれていようとは)
視線が鋭くなる。
その時。
後方から、地鳴りのような足音が近づいてきた。
ドドドドド……
紹香率いる袁紹軍本隊。
一万を超える大軍が、城門前へと到達する。
袁紹兵「呂布だッ!!」
袁紹兵「囲めッ!! 囲めッ!!」
一斉に広がり、包囲を形成しようとする。
数で押し潰す構え。
それを見た瞬間。
呂布の表情が、わずかに歪んだ。
呂布「チイッ……」
舌打ち。
戦いの興が削がれた、とでも言うように。
一歩、引く。
そして、軽やかに身を翻し――巨大な赤馬へと飛び乗った。
呂布は、馬上から関羽を見下ろす。
呂布「勝負は預けるぞ、髭男」
挑発とも、賞賛とも取れる言葉。
次の瞬間。
手綱を引き、城門へと駆ける。
そのまま――開かれた門の内側へと消えていった。
ギイイイイ……
重々しい音とともに、再び城門が閉ざされる。
戦場に、わずかな静寂が戻る。
やがて――一騎の馬が、関羽のもとへ駆け寄ってきた。
劉備「見事だ、関羽!!」
興奮を隠しきれない声。
劉備「あの呂布を相手に……互角とは……ッ」
関羽は、ゆっくりと息を吐いた。
関羽「兄者。……あぶない所であった」
その表情は、変わらない。
だが――その左腕。
力が入っていない。
関羽は、そっとそこへ手を添えた。
その夜。
連合軍――陣地。
あちこちに焚かれた篝火が、揺れる影を地面に落とす。
遠くでは、負傷兵のうめき声が静かに響く。
その中心。
ひときわ大きな天幕の中に、諸将が集まっていた。
重苦しい空気。
誰もが、先ほどの戦いを引きずっている。
曹操が、静かに口を開いた。
曹操「今後の呂布に対する対応策だが……」
そして、横に視線を向けた。
曹操「……わが軍きっての勇士。夏侯惇が、見ての通りこの状態だ」
その言葉に、視線が集まる。
曹操の隣。
腰を下ろし、腕を組んでいる夏侯惇。
だがその顔には――左目を覆うように、厚く巻かれた包帯。
白い布に、わずかに滲む赤。
夏侯惇「……」
何も言わない。
だが、その拳は固く握られていた。
屈辱と、怒りと、悔しさ。
すべてを押し殺しているのが、はっきりと分かる。
曹操「そして――」
さらに言葉を続ける。
その視線が、別の方向へ移る。
劉備が、ゆっくりと口を開いた。
劉備「わが義弟、関羽も……先の戦いで、深手を負ってしまっています」
関羽は、無言のまま立っていた。
だが――その左腕。
不自然な角度で、だらりと下がっている。
肌は青白く変色し、大きく腫れ上がっていた。
誰の目にも明らかだった。
――骨が折れている。
それでも関羽は、眉ひとつ動かさない。
ただ、静かにそこに立っている。
曹操は、ゆっくりと続けた。
曹操「もはや……呂布の抑えは、袁紹殿に頼むしかない」
その一言で。
場の空気が、ぴたりと止まった。
そして――一斉に。
視線が、紹香へと向けられる。
重い視線。
期待。
不安。
すべてが混ざった、無言の圧。
紹香は、しばらく黙っていた。
ゆっくりと、息を吸う。
そして。
顔を上げた。
紹香「分かりました」
はっきりとした声。
紹香「私達に、お任せください」
その一言に。
空気が、わずかに動いた。
曹操「おぉ……」
感嘆の息が漏れる。
曹操「さすがは、連合の盟主よ」
その目に、確かな評価の色。
劉備もまた、深く頭を下げた。
劉備「よろしくお願いいたします」
無数の視線。
すべてを受けながら。
紹香は、静かに座っていた。
その背に――いまや、連合軍すべての命運が乗っていた。




