バジーレ枢機卿登場3
それにしても食指の動く女性がいない。
古くて色褪せたドレスに髪型、眠そうな覇気のない顔をしてゆるゆると動くさまになに一つ魅力を感じない。
うーむと顎に手を当ててどうしたものかと考えていると、一人きびきびと箒で掃除をしている二十才ほどの女性がいた。
ドラキュラ伯爵はその女性に近づき声をかけた。
美しい金色の髪を緩くまとめ、可愛い顔をした女性だ。
「こんにちは、話を聞いていいかな?」
女性はきらきらしい伯爵を見てぽうっとなった。
「大丈夫?」
「あ、はいっ、なんでございましょう?」
「私はドラーレ。私たちが昨日こちらへ来たのは知っているかな?」
「はい、存じ上げております。ヴィルドゥゲン王国からのご使者だと。」
「そう。この城は一か月ほど前まで眠っていたと聞いていてね、この度その眠りから覚めたと聞いてご挨拶に伺ったんだ。それで不思議なんだけど、みんなまだ眠そうだね。」
「そうなんです。なかなか意識がはっきりしないみたいで。」
「君はどうして眠そうじゃないの?」
「あたしは一週間前に雇われたばかりなので。」
「ああ、なるほど。」
一週間前か。それなら茨姫のことを知っているかどうか。
「この国には美しいお姫さまがいたと聞いていたんだけど、知らない?」
「姫さまのことは有名だったので知っています。でも百年間この城は茨で誰も近づけなかったので、噂だけで……。」
女性は困ったように首を傾げた。
「じゃあ、眠りから覚めた時のことは知ってる?」
「はあ、まあ噂ですけど……。」
女性は言ってもいいものかどうか戸惑っている。
伯爵はその女性の箒を握っていない方の手を取り、微笑んだ。
「君は真面目なんだね。こんなに手が赤くなって。」
手を優しくすりすり撫でる。女性は顔から火が出るかと思われるほど真っ赤になっている。
「よく仕事をしている美しい手だ。」
ああ、血を吸いたいな。でもカーミラにバレたら半殺しの目に遭うかな。
埃くさくないから大丈夫かな。
ドラーレ公爵(仮)は女性の手を握って優しく微笑んだ。
「名前は?」
「リアナ……です。」
「そう、リアナ。私の目を見て?」
ドラキュラ伯爵の、魅力的な赤みを帯びた艶のある黒い瞳を見つめるとリアナの体は動かなくなり、すうっと意識が飛びそうになる。
リアナの夢を見るような表情を確認した伯爵は、その白くて細い首筋に唇を寄せた。
そしてゆっくり口を開け……。
「ヴラドっ!」
その声に胸に杭を打たれたような衝撃が走り、ぎぎぎとひきつった顔で振り向くと、そこには怒りに燃えたカーミラが立っていた。
「どうして男ってどいつもこいつも……!」
伯爵はずんずんと近づいて来たカーミラに腕を取られ、引きずられるようにしてリアナから引き剥がされた。
「だって昨夜の肉が焼きすぎで固くて……。ワインも酸っぱくて。」
「うるさい、私の目の前でなんて許せない! 行くわよっ!」
いまだぼんやりしているリアナに伯爵は声をかけた。
「リアナ、後で妻のベッドのシーツを新しいものに交換してくれるかな。あと新しいワインを……!」
「妻……?」
リアナは呆然と呟いた。




