#7 私と信じていた人
死神さんが話したことは断片的な差異があるもののほぼ合致していた。
「……おじさんは、知っていたのね。何もかも」
「君の変化に誰よりも心を痛めていたのは、他ならぬ彼だ。まるで憑りつかれたように仕事に打ち込んでいた。本格的に変わり始めたのは、君が亡くなる二年前からだった。過労で倒れる寸前まで働き詰めて、君の生活居住区を確保し続けた」
「え――?」
あの食事も、水道も電気もガスも、何もかもが忌々しき両親のせめてもの罪悪感だと思い込んでいた。あれすらも、叔父によるものだったのか?
「いずれ、國光さんは身体を壊した。如何に丈夫だとはいえ、寝る時間を最小限に削って働き続けた代償……膝と腰を手ひどく痛めて動けなくなってしまった。ちょうど、それが……」
「私が……一人になった時……?」
無言で首肯する。
世界の色がモノクロになる。
今まで信じた物が、何もかも変わっていく。
「……彼の名誉を守るために言う。彼は、國光さんは、一時たりとも君の事を忘れた事はなかった。いつも君のためだけに、己を削って君に――」
「じゃあなんで!?」
事実を語っているのだろう。死神さんも恩人を失って、悔しくて、死を悼んでいる。
だというのに、私は自分の気持ちを抑えられなかった。
「来てくれれば……言ってくれればよかった! 影ながら支えるなんてしなくてもよかった! 親のメンツなんざ関係ないってぶん殴ってほしかった! 私を連れてどこにでも……逃げてくれれば……!」
視界が霞む。眼が熱い。大粒の涙が零れる。霊体でも泣けるんだって初めて知った。
私は孤独だった。生まれるのを望まれず、影のように生かされてきた。
実の両親にも愛されない私を、唯一叔父が――國光おじさんが愛してくれた。
初めて会ったのは四歳の頃――親の居ぬ間にこっそりと家に来て、最初は不審者だと思った。風体からしてはぐれ者でしかなかった叔父は、姿を見て目を白黒させた私を優しく撫でてくれた。初めて感じた愛情に私は泣いた。信じていい人が居たんだって――。
「愛して……ほしかった……」
気付けば私は死神さんに泣きついていた。胸に頭を預けて、情けなく泣いていた。
見ることはままならなかったけど、彼は困惑していただろう。でも、それでも優しく頭を撫でてくれた。あの日の國光おじさんのように。
「……愛していただろうさ。だから、彼はこう言ったんだ――」
泣きじゃくる私の腰に手を回し、優しく抱き寄せる。死神さんの体温を感じる。サラシ越しの義手の硬さが、彼という存在を一層そこにいると実感させる。
「俺に何かあったら幽香を頼む、と」
「ッ……國……光……おじさ……ん……」
「君の魂が眠る場所を何時までも守ってほしい、と。だが私は心に決めた。私の恩人と恩人が託した子を、不当に死んだ者の魂を、必ずここに連れ戻すと」
力強く宣言し、私を抱き上げる。
ベッドの上に再び戻して、彼は隣に座る。
「人道に反するとか、他の誰に軽蔑されても構わない。君がもし、蘇る事を望まなくとも、國光さんが私の所業を赦さないとしても、私は私の役目を果たす。……その後は、二人が得た時間を好きに使ってくれ」
「……嫌よ」
「え?」
死神さんの今の言葉。それはつまり、私達がこの世に戻ったら、彼は人知れず消える気だった。人の悪意の総意のような腐った世界に、失い尽してゼロになった私達を置き去りにして。
「貴方も一緒に来るの。私達と一緒に」
「……私に、そんな資格は無い」
「人が生きるのに、資格がいるの?」
「……どうあれ私は人殺しだ」
「人だって生物学じゃ動物よ。動物なんて人が生きてれば、それこそ山のように死ぬでしょ。それに、分かりっこないわ、貴方のやり方は」
暴論だと思った。掌返しってこういうことなんだなって知った。
私が死んだ後に培った人の価値観はかなり捻じくれていた。死んだら灰になるだけのただの動物――人道は知識として持ってはいたものの、それがまともなものとは思ってもいなかった。
確固たる思想じゃないから、今になって彼の全てを肯定している。
――所詮、他人は他人。死んでも構わない。
自分の心に触れてくれた人が、私は何よりも大事に思えた。一瞬の依存かもしれないが、彼を失いたくなかった。どうしても、死神さんと一緒に居たかった。
「……分からないんだ。私は、結局のところ」
私の言葉に、死神さんが口を開いた。
「私は見てしまった、人の悪意を。信じれない、と言った方が正しいのか。……今になって、蘇るのが怖くて仕方ない。人を今までの目線で見れるのか、付き合っていけるのかが分からないんだ」
義手の付け根を触って顔を歪める。幻肢痛が今でも走っているのだろう。
その気持ちはよく分かる。
「私達も同じよ。元より私は生まれてこの方信じれなかったからね。なら、私と一緒でも問題ないでしょ?」
「……意外と強引なんだな。人の考える余地を与えない辺り、割と我儘だったりするのか?」
「初めてかもね。人に執着するなんて」
人が信用できない、言ってしまえば「信用」をどう線引きするかによる。
人が考えてる事の何もかもが分かる訳も無い。かと言って聞けるものでもない。聞けたとしても、それが本当だと確かめる手段は何一つない。
どこを真意と取るかは、結局のところ自分が真意だと思ったところだ。ありとあらゆる疑念と疑惑で頭をもたげても、最後は自分次第なのだ。
「人である以上、人と折り合いをつけなきゃ生き辛いに決まってる。怖がってても、何時かは向き合わなければいけないの」
「…………」
「なら、私が一緒でも何の問題も無いわ。私と一緒に、少しずつ、折り合いをつければいいのだから」
まあ、強引な流れだ。だが正論にはなってると思う。
要は理論を試せる人がいればいいのだ。信じるように努力する、人と関わることで実感していくことが大事なのだ。それは死神さんにも必要で、私にも必要なことだ。
「どう、かな……?」
声が震えた。これで首を横に振れば、彼の意思を曲げさせる言葉はもうなくなる。
不安げな表情をしていたのだろう、また私の頭を優しく撫でる。見えない表情を表すように、声に出して微笑んだ。
「事実は小説より奇なり、か」
「え?」
「見ず知らずの、叔父の関わりしか君との接点が無い私が、今こうして一緒に居てほしいとせがまれる。甘ったるい小説の一ページみたいだなって感じたんだ」
「別にせがんでなんか……」
生真面目な物言いをしていた彼が、初めて悪戯っぽくいった台詞に、私は顔が熱くなる。
顔を抑えて俯く私に、視線を感じた。こっちを見ている――なんか耳も熱い気がする。
「――約束しよう」
「……何を?」
「いつになれるか分からない。だが約束しよう。奪われた君の時間を取り戻す。そして三人でこの世に帰ってくることを」
誠実に、真摯に、死神さんはそう言った。
「……言質、取ったからね」
「私は出来ない事は言わない」
「さすが『時狩の死神』、ね」
冗談めかした私の言葉に、死神さんは頭を抱える。
そんな姿を意に介さず、彼の手を取る。
今日は、良い一日だった。
ご拝読ありがとうございました。
黒い話ばっかり書いてきたので、次からピースフルな話にしていきたいと思います。




