#8 私と死神さんの情報まとめ
死神さんが最後に起こした『老衰殺人事件』こと『時狩』から、一週間経った。
「……甘えすぎてる気がする」
自分の一週間の過ごし方を思い返し、私はベッドで蹲って赤面していた。
今、この家に死神さんはいない。というか常に一緒に居る訳ではない。日中は拠点こと生家で情報収集なりしているそうだ。
何が酷いって私の我儘っぷりだ。
最初はただの気まぐれっていうか、今まで一度も膝枕なんてされたことなかったものだから、ふと『実体化』している死神さんに「膝枕して」なんて言ってしまった。何を考えてんだ、マジで。
そして生真面目にも、戸惑いながらも受け入れてくれた。
初膝枕が死後計算で十八歳なのも苦笑ものなのだが、死神さんも生前で二十四歳、死後計算だと二十八歳のアラサー直前のいい大人だった。色んな意味で背徳的っていうか、他人には見られたくない光景だっただろう。
そこから事あるごとに、死神さんに生前おじさんにやってもらったことをせがんでいた。膝に座ったり、身体を預けながらゲームしたり……今考えたら割と負担を強いていた。
身体もそうだし、なによりお互いまともな男女付き合いも無かった同士だ。こう、私はどうも思わなくとも、彼はもしかしたら気にしているかもしれないし……何とは言わないが。
……話が逸れた、本筋に戻そう。
この一週間、特に何もしてなかったわけではない。
死神さんが知り得る限りでのおじさんの事――おじさんの死因や死後の遺体の保管場所、また私の住居や食事費用の件について聞いていた。
國光おじさんの死因は銃殺。心臓と頭に一発ずつ受け、犯人らしき人物の目撃証言もなかった。銃声があったという証言も無く、消音器付き拳銃での犯行とされた。
遺体は火葬され、今は合葬墓に埋葬されているらしい。
そうなったのも、本来遺体を引き取るはずの忌々しい私の両親は、私の死後まもなくどちらも悲惨な末路を遂げた――引き取れるような立場ではなくなってしまったのだ。
加えて私の祖父母にあたる人も、既にこの世から去っている。……居たらもう少しマシな人生だったのかも、と思ったことは何度かあった。
死神さん曰く、私の母は死後急に暗闇や不定形の物体などに怯えるようになったらしい。腹が立つが私が死んだ事への罪悪感で病みでもしたのだろう。それから私に掛けた生命保険金でドラッグに手を出し、重度の薬物依存になって自分で命を絶った。
狂った母を父は甲斐甲斐しく支えていたが、死後借金がある事を知って強盗に手を染め逮捕された。目撃者二人の殺人も含めて終身刑だそうだ。
ついでに付記しておくと、この家に娯楽を届けている弁護士の男は、両親の友人だった。
度々病気になった私を病院に連れていく親代わりの役目を買ったり、私の死因を偽装したり、生命保険を掛けたりした、ある意味で一番の黒幕に近い人物だ。
両親の豹変を「あの娘の呪いだ」と勝手に勘違いしている。あんな奴ら呪う価値も無い。
両親が揃って堕ちた後、しばらくして弁護士の男はこの家にやってきた。
自分が呪い殺される(そもそも呪ってもいないが)のを恐れ、私の死地に詫びを入れに来たのだ。
その時には私は『実体化』と『霊体化』の使い分けはできるようになっていた。何時までもベッドの上で体育座りはしてらんないしね。
体を震わせて脂汗を流して土下座する様は、あまりにも滑稽だった。
それを見た私は、ちょっとした悪戯心で薄っすらと『実体化』した。額をフローリングに擦りつけている内にベッドに置いてあった熊のぬいぐるみを胸に抱き、こと冷酷な殺意を演出した眼つきをして。
いやぁ、今思い出しても笑いがこみ上げる。ゴキブリ嫌いの女の子でもあんなに叫ぶ事はないってくらいの声で絶叫して、小便を漏らしながら家から逃げてったんだから。
それから男は定期的に私への供物かのように本を持ってくるようになった。わざとらしくゲーム機を散らかして置いたら、それからはゲームも一緒に置くようになった。少しずつ学習して本やゲームの質が上がっているのが、よっぽど私に呪い殺されたくないんだなって思える。
ついでに電力や水道、ガスといった生活インフラも突如として復帰した。請求がここに来ないってことは、弁護士が全部払っているのだろう。誰もいないのにメーターが貯まっていくのを不審に思うのが普通な気がするが、よっぽど呪殺に対する恐怖が頭をもたげてるのだろう。
死神さんが居場所を掴んだらしいが、どうにも仕事も私生活も立ち行かなくなっているらしい。私と関わってこうなったと思い込んでいるらしいが、ある意味では正しいのかもしれない。謝る気など毛頭ないけどね。
とりあえず、今まで分かった皆の末路はこんな所だ。
次は目下一番の不可思議な存在たる『時狩の死神』こと死神さんについてだ。
まずこの一週間、ありとあらゆる手段で仮面を剥がそうとしたが、まるで外れもしなかった。
なんでそんなことをって、嫌じゃないか。同居人とまではいかなくとも、ルームメイトが常時仮面を被っているってのも。
年齢は教えてもらったが、名前は未だに伏せている。
そのくせ「死神さん以外の呼び名をつけてくれないか?」などとぬかす。なら名前を言えと、何度も言ったが結局明かす事はなかった。
それで電車の事故の件を調べたが、怪しい事に何一つ検索でヒットしなかった。足が付かないように事故死を画策した奴ら――最初の時狩の犠牲者だった死神さんの会社の社長だ――がもみ消したのか、ネットの海には転がっていなかった。
図書館には過去の新聞がまとめられていると聞いたことがあるので、もし行ければ事件の概要を知れるかもしれないと思ったが、私は地縛霊。この家から外出はできない。
まあ、要は分からなかった。彼自身が明かした生前の情報以外は何一つ。
死神さんはこの家にいる間は常に『実体化』しており、飲食を楽しむことが数少ない趣味だそうだ。
なので、この家でしばらく行われなかったポットで湯を沸かすことや、コーヒーや紅茶の匂いを楽しむことをしたりもした。
キッチンは彼の持ち込んだインスタント食品や珈琲豆や茶葉が置いてある。死神さんが淹れたコーヒーを飲んで、久しぶりに人間の気分を味わえた。
捕捉するが、私は食べたり飲んだりしても満腹感を感じない・成長しない・排泄とか関係なく食した物がどこか彼方に消え去る(消化器官が無いためか?)だけであり、味や香りは『実体化』なら感じることができる。
私が食べたり飲んだりしなくなったのは、何時しか何を食べても美味しく感じなくなったからだ。孤食はやっぱり食事の楽しみを奪うのだろうと、身を持って実感した。
死神さんの『実体化』はやや特殊であり、霊の見えない人にも可視化できるらしい。特殊ってのは私基準だが。
この性質を用いて協力者こと人手を集めて情報を集めさせたり、自ら行動して『時狩』を行うための情報収集をしているらしい。
人手は主に逃亡中の犯罪者が中心だそうだ。
『霊体化』の際は当然姿が見えない。それをいいことに急に背後から現れては罪状を読み上げると、だいたいの奴は従うと言っていた。冷静に考えると怖いしゲスいやり口だ。
今は『時狩』を行う前段階らしく、標的は吟味中とのこと。
「……まだ、昼かぁ」
時計を見てそう呟いて、まるで恋する乙女かと自分にツッコミを入れる。
夜まで時間があるので、教えてもらったコーヒーの淹れ方を練習することにした。
食事は単に栄養補給ではなく心の健康を保つ――「胃袋を掴む」ことの重要性は、古今東西変わらないとは死神さんの言葉だ。
「コーヒーで胃袋掴むってのも、安っちい胃袋ね」
死神さんの「美味しい」って言葉が聞きたくて、私はちょっと頑張る事にした。
ご拝読ありがとうございました。
幽香の両親と叔父さん・弁護士の男の末路をまとめてみました。
・幽香母……幻覚や幻視に苛み、薬物中毒になって自殺。
・幽香父……幽香母自殺後、強盗殺人を起こして無期懲役で服役中。
・友人の弁護士……幽香の両親の変貌を幽香の呪いと勘違いし、以降幽香宅に本やゲームを定期的に置きに来るようになる。また、叔父さんの代わりに家の生活インフラを維持している。
・小昏國光……幽香が家から隔離された後、ちょくちょく会いに来るようになる。両親代わりに幽香の生活インフラを維持していたが、身体を痛めて仕事ができなくなり、金を払えなくなる。
幽香の死を誰よりも悼み、死後も顔を出すようになったが、死神さんの事故死や社内のいざこざを追い回して殺される。




