#5 私と叔父
「貴方……あまり嘘が上手いようには見えなかったけど、それは流石に……」
「嘘ではない。この目的が嘘であれば、君の名前すら分かるはずもないさ」
誠実に、私の困惑に向き合って言葉を返した。
それが逆に、真っ白になった頭に混乱を添加する。
「第一、私は貴方の事を知らないわ」
「そうだろうな。顔を合わせたことも無いし、名前を名乗った覚えもない」
それでどうして名前を知っているのか、鳥肌が立った。
この家は玄関の表札はもちろん、請求書や郵便物の類の名前が分かる物全て抹消している。
私の名前はもちろん、生前の痕跡すら消している……いや、消されたと言った方がいいか。ともかくこれで特定されるということは、それこそストーカー以上に異常だ。
「私と君の繋がりは、言ってしまえば皆無だ」
「でしょうね。今の今まで考え尽していたけど、全く身に覚えが無いもの」
「個人的にはな。あったのは君の叔父――『小昏國光』とだ」
「――なんで……その名前を……!?」
聴いた時には私の体は動いていた。
死神さんのマントを掴み、押し倒さん勢いで詰め寄った。
「知っているの!? 今はどこで何をしているの、國光おじさんは!?」
「……亡くなったよ」
「――――」
「國光さんは私の上司だった。彼は私が死んだ三年後、『DEFOLIATION』に雇われた奴に殺害されていた」
冷徹なまでに事実を話す死神さんの仮面の端から、つぅ――と黒い液が垂れる。
気付いたように拭うと、蒼い炎に照らされたそれは血だった。唇を噛んでいたのだろうか、その真意は今では全く分からない。
「國光さんは君の話をよくしていたよ。急に君の元に来なくなったのは、一年前だっただろう?」
その時にはもうこの世に居なかった……誰に殺された?
もう何も考えられなかった。何も答えられなかった。憎しみだけがただただ湧き立った。
「そいつは……おじさんを殺した奴は……」
「生きてるよ。恐らくな」
「……ねぇ。死神さん」
「出来る事なら知った時にやっている」
歯噛みしたような物言い。本人も悔しがっているのだろう。
彼ですら探れない人間ということは、それほど特殊な環境に居るか、或いはもう消されたかの二択か。
彼自身も悔やんでいる。口に出さずとも、國光叔父さんと仲が良かったのは分かる。だからこそ、殺されたのだ。
「私は……貴方が憎いわ」
「……だろうな」
「おじさんは、貴方の一件に首を突っ込んだのよね? だから殺された。疑惑に関わった口封じに」
「そうだ」
否定をしない態度に、どうしようもない、やりきれない怒りが募る。
精一杯の力で私は死神さんを押し倒した。今この場に凶器になりえる物が、自分の柔な両手しかないのが悔やまれる。
仮面の下にちらりと見える首に左手で乱暴に掴む。呻き声を無視し、右手で仮面を剥ぎ取ろうと手をかけた――が、外れない。
「……本当にすまない。今、君が行おうとしたこと……その両方とも叶うことはない」
腰に腕を回される。私の体重もかけた力もなんてことないみたいで、死神さんは軽く腹筋だけで起き上がった。ちょうど彼の太腿辺りにお尻をついてしまう。
「やっ……!?」
「まず一つ。私は死ねない。少なくとも、君がどのような手段を尽くそうと、この身は滅びない」
――この態勢は、ちょっとダメな気がする。
いよいよもって冷静さが無くなってきた。話が右耳から左耳に流れていく。
この姿勢はつまり、その、あまり見られたくはないものだ。
「死者に、死神に、死が適応するかどうかはさておき。二つ目に、この仮面は私も外せない。呪物に近いのか、どのような力をもってしても外れない」
「そ、そう」
暗がりでさっきまで蒼い炎のそばだったので、夜目がリセットされているのだろう。また仮面はそれほど視野角が狭いのだろうか、とにかく見えていなくて本当に良かった。
たぶん、今が昼だったら、耳まで真っ赤な私がここにいる。
私は生娘か、いや生娘なのはそうだけど。生前男女付き合いが無かったとはいえ、ここまで免疫が無さすぎるものなのか……。
固まって動けない私を、死神さんは「様々な感情に心が押しつぶされている」とでも思ったのだろうか、優しく頭を撫でる。
それで我に返る。もう一度仮面を見ると、負の雰囲気は無かった。
「……まずは、一旦仕切り直そう」
私をそっと傍に降ろし、立ち上がる。手を目の前に差し出す。
大きな手だ。外見とは反して無骨な指に少し驚く。
立ち上がって私はベッドにまた腰かける。それで私の心も落ち着きを取り戻した。
ちょっとの無言の時を破る様に、死神さんは語りだす。
それは、私の叔父さんとの、小昏國光とのつながりだった。
「もう七年前になるか……私が『DEFOLIATION』に入社した時、彼が私の担当として充てられた。……正直、最初はいいイメージは無かった。無精髭生やして小汚くて、雑で口が悪くて、とても三十代とは思えなかったよ」
「……ふふっ。そうね。確かにそれは私の叔父ね」
死神さんが語った人物像は、正に私の叔父そのものだ。
そんな姿がドラマのはぐれ刑事とリンクして、私は好きだった。
「机や身なりは汚いし雑なのに仕事は真面目。口悪いのに部下思いで仁義に厚い。上に盾突く訳でもなく、かと言って無能な上司には正論で潰したり。サムライ然としている彼に、私だけでなく同期や後輩も尊敬した。人が外見だけじゃなく中身が重要……そんな戯言が本物だと知ったよ」
饒舌で自分の叔父を褒められるのは存外悪くない。その口調も、次には悲しげに変わった。
「だが、彼は時折機嫌が悪くなることがあった。不自然な痣が顔にあった時も。私達が何があったか聞いても、彼は何も答えてくれなかったが。……五年前、私が線路に突き落とされる前の事だ。二人で飲みに行ったんだが、珍しく泥酔してな。話してくれたんだ」
「……私のこと、ね」
「そう、そして自分の兄の……君の父親についてな」
そうして、死神さんは語りだした――だが、それは誰よりも私自身が知っている……身に刻まれたような話だった。
ご拝読ありがとうございます。
次は結構ダークな雰囲気です。




