#4 私と奪われた時間
「まず聞くべきは、今まで何人の時を奪ったかね」
私の提案に居た堪れない表情で苦言を呈す。
「……テレビを見たのではなかったのか?」
「だからって、貴方が全てをやったわけではないでしょう?」
「それは――」
「勘が良いとかそれだけでもないわよ。適当も交えてるけど、確信もあるから」
不思議そうにしているのが、本人の生真面目さを漂わせていた。
事情を知らないお茶の間の人々は理解できないだろうが、映像に映った彼の弁舌と実際の話は所々噛み合いがなっていない。
「第一に、そもそも子供を狙いはしないわよね? 情報を洗う時間が足りなかったけど、子供とお婆さんが大きな事件を起こしているなんて話は無かったし。子供は端的に抵抗されにくく、狙いやすいから。お婆さんは本当に老衰で亡くなったって誤魔化しやすいから選んだ。後者には計画性が感じられるわね」
スマートフォンのメモ帳にあらかじめまとめておいた事件の概要を見せながら言う。
「第二に貴方のターゲットに該当しない人が老衰死していること。同様の死因の事件で、この中で貴方がやったと推測できるのは、『DEFOLIATION』の社長と某小学校の教頭の老衰死。前者は王林と似た理由で、後者が児童へのわいせつ行為。でも、貴方のポリシーは「不当に人の時を奪った者」の時を狩る、でしょ? なら後者は該当しない。以上の事から貴方が今まで起こした事件の数は、貴方が嘘をついていない限り――」
「素晴らしい、とだけ言っておくよ」
降参したという合図なのだろう、両手を上げてひらひらと振っている。それでも憮然顔だった。何か気に食わないことでもあるのだろうか。
「……人の家に堂々と不法侵入している身だが、聞かせてくれないか? なぜ――」
「私の言葉を信用できるかって? そりゃあまだ信用してないわよ? グレーゾーンね」
面を食らって続きを紡げなくなった死神さんに、補足するように付け加える。
「だからといって、殺人鬼や色情魔を招き入れるほど、自衛がなってないわけでもないわ」
「……褒め言葉として受け取るよ」
「不法侵入の変質者とは自覚してたのね」
皮肉に顔を顰めているのだろう、仮面が軽く左右に揺れ動く。
「『DEFOLIATION』――社長の澤芝花菱の時狩りが初犯だ。……今思えば、あの時は殺人の手段を得た事への命の渇望が、私を動かしていたんだろうな」
義手に持った時計をテーブルの上に置く。
「明かりは……いや、今はいいか。ちょうどいいものがある」
手にした『時間』を時計に灯す――ゆるゆると時針が回りだし、蒼い炎を浮遊させる。
照明代わりに使うには大それている名実ともに命の輝きは、意匠を凝らした時計の古めかしさに合わせて、さながら蒼炎の燭台となる。曇り空で月の光が無いため、ほのかながらも確かに部屋を照らす。
背徳的で、蠱惑的な輝き――命が放つ光は、無自覚に意識が引き寄せられる程の美しい輝きだった。
「この時計は、その三眼の者に貰った。私が死神と為り果てた後、奴はこれを持って再び私の前に現れた」
年代物の懐中時計に似て緻密で繊細な彫刻が施してあり、黒地ベースに薄く加工された銀の時針と干支が蒼炎で煌いている。
人の『時間』を取り込む謎の時計は、大鎌と一体化しているわけではなく、自分で取り外せるようだ。
「奴はこれを渡して、私が何を成す必要があるかを言った。「蘇りたければ、これで人の時間を狩るがいい」――とな」
「蘇り――ですって?」
死神さんはそれを口にした途端、暗く沈んだ雰囲気を漂わせる。
「安心して。信じるし、今更軽蔑も何もないわ。それより大事なのは目的でしょう?」
「……そもそも何故、人の時を奪えるような代物をそいつが所持しているのか。それで私を蘇らせて、何をしたいのか。奴は詳しくは話さなかった。押し付けるように投げ渡した挙句、「生前の思想と執着から君を呼び起こしたから、君を死神と呼ぶよ」と言った」
それで『時狩の死神』と名付けたのか――安易な命名に少しその者のセンスを疑りそうだった。
「大鎌もそのイメージから持たされたってことかしら」
「ああ。ご丁寧に、狩った対象の『時間』を奪えるようにしてもらったよ。「時計がこの大鎌に収められている時に大鎌で仕留めた相手の『時間』を奪える」と言っていた」
時計の蒼炎を空に浮かべて、時計を大鎌に収納する。
そして、言うべきかと逡巡したのが垣間見え、数拍の間の後に口を開く。
「重要なのはその後だ。消える直前に奴は言った。――『時狩の死神』は君だけでなく他にもいる、と」
「……それが、罪の無い人の『時間』を狩っているのね」
「私の言葉を鵜呑みにするのならな」
自虐の笑みと共にそう言ったが、十中八九嘘はついていないだろう。
老衰殺人事件の総数は十二件とこの数か月の間でかなりのハイペースで発生している。
常人に対しては如何に不可視の存在だとしても、これだけ頻発していれば、狩られる心当たりのあるお偉い方の警備は強化され、一般市民でも警戒をする。
死神さんは性格からして計画性の無い衝動で行う殺人を良しとはしないだろう(一回目は衝動だと本人は言ったが)。
綿密に計算して狩りやすい状況を作るには、警備を離すか無力化してターゲットと一対一の状況にする。
これに痕跡を残さぬように注意を払う。これが完璧にできるのならカメラでの発言も頷けるが、私だけでなく大衆の前で告白してしまえばメリットがない。
まあ、半ば直感と雰囲気で推理したに過ぎない。
鵜呑みにするとかどうのこうの言っているが、私と話せてる時点でそれは相当あり得ないこと……ってのは何遍も言っているが、単に死者と話せる存在が初っ端から真実をべらべら語るとも思っていない。
嘘をついている前提で聞いて、後で自分で整合性が合うように推論を並べていくだけだ。信頼云々の際に、はっきりと信じていないと言ったのもそれが理由だ。
「具体的にどんな格好をしているとか……ああ、そうか。名前からして『死神』だから、他のも大鎌持ってるのかしら?」
「……さあ、な。この四年間、誰一人として巡り合った事は無い。三眼を除けば君くらいだよ。私と話せたような者はな」
「お互い孤独ね」
「……お互い、か」
悲しそうな声色だった。同情されているのならいい気はしない。
「気を悪くしたら済まない」
「いいえ。……こっちもこれから聞かれたくないだろうことを聞くしね」
「……この時間を、どう使うか。だな」
彼の存在に私が是非を問う最後の質問だった。
この答え如何で、私は彼を拒絶するかもしれないし、逆に敢えて受け入れるかもしれない。
その時間をどう使うか。八割方、蘇れる可能性を提示された時点で、自分が蘇ることを考えるだろう。
だが、他人の時間を奪った者を裁いた者が、私利私欲のために奪った時間を使う――そんな答えは元より期待はしていない。
「……ある人を蘇らせたい」
「それは……家族? それとも恋人?」
今更聞きにくいとかは無い。この期に及んで明かさなければ、寧ろ怪しいというものだ。
真面目な表情で仮面の眼の穴を見てそう言ったが、どうにも挙動がおかしくなっている。
それは「言おうか、誤魔化すか」といった、確実に嘘を吐く前の人そのものだった。
だが、それも一時だった――意を決して、言葉少なく言い切った。
「君だ――白月幽香」
「――え?」
「私が蘇らせたい人は、君だと言ったんだ」
精一杯の誠実な声に、私の頭は思考停止した。
こちらは今年初投稿となります。
重ね重ね、今年もよろしくお願いします。




