#3 私と『時狩の死神』
衝撃的な死を遂げた王林の『老衰殺人事件』の映像は、早くも数多ある動画サイトに散らばっていた。
各種SNSでは『POME』の社員の内部告発で溢れ返り、本社は対応に追われているらしい。
情報バラエティは、凄惨な映像に対して的外れな議論を交わしていた。あの映像は殺人犯が作った作り物で化学薬品で死体を加工しただの、本当に死神が生きる時間を狩ったのだだの、信じる者と信じない者が八対二ぐらいの比率だった。
「……これが、死神さんの答え?」
腑に落ちなかった。これを見て私がなんと言うか、通常の思考回路なら明白だと思う。
あの光景、私は『時狩の死神』がやった事は現実だと信じている。だって、私自身が異端な存在だし、死神は時狩りを続ける理由を語る訳が出来たと言った。昨日から、ある程度想像はついていたが、いざこう見せつけられると反応に困る。
殺人映像を突き付けて彼は何を私に告げたいのか――彼は今日の夜、来るのだろうか。
それから夜が来るまで、私は『時狩の死神』がこれまで起こした『老衰殺人事件』を調べてみた。
今日の昼間に真犯人とされる者の映像が流れただけあってか、情報メディアはこぞって記事にしている。
過去に変死体として処理された同様の死因の事件も掘り起こされ、事件の関連性を推察する記事もあった。
ターゲットは多種多様で、今日のように汚職や大きな罪を犯した人だったり、また何の関連性も無い一般人だったり。中には十にも満たない子供まで――汚い言葉遣いになるが、はっきり言って胸糞悪い。
一般人は一人暮らしの独身男性、中学校の教頭、七二歳のおばあちゃんとまばらであり、そもそも子供に至っては罪を問える事を行ってもいないのだ。
『時狩の死神』が全能の能力を有していたとしても、人の未来の罪を知りえるわけでもないのに、子供の時まで狩るのは些かおかしい。
「聞きたいことがありすぎて、困ってくるわね」
検索の手を休めぬまま、事情聴取を楽しみにそう呟く。
午前二時――部屋は静寂に包まれている。
私はベッドに腰かけて来訪者を待っている。
程なくして、空間の一部が書き換えられるように人の姿を成していく。
「今晩は。『時狩の死神』さん」
「今晩は。その反応、どうやら見たようだな」
「ええ、中々に面白かったわ。今年で一二を争うくらいね」
「……それは何よりで」
貼り付けた笑みを私は見せつける。
仮面で表情を隠した死神さんこと『時狩の死神』は、私の心情を察しているようだ。
「私はあの事件を見て、貴方に何を問えばいいのかずっと考えていた。けれど、全く分からないの。何から聞けばいいのか」
何のために時を狩るのか、何時から時を狩り始めたのか。
大きな過ちを、罪を犯した者だけでなく、罪のない老人や無垢な子供の時を狩った理由は。
その狩り取った時を用いて何をするのか――。
「時を奪った者の時を奪う」――大義名分を掲げようと、人の身の内ではただの殺人の口上だ。
この死神もどきが人だとは最初から分かっていた。だから、私は確認した。
「貴方、決して元から死神な訳がないわよね? 生前の役職を口走ったりしたし、現世に染まりきっているし、荘厳さも感じない上正直胡散臭い見た目だし」
「酷い言われようだ……だが、まあ、アタリだ。私は元は死んだ魂だった」
「……私と同類かしら」
「殺害されていないのなら、同類ではないな」
仮面の下で苦笑する。心なしか、同類でなかったのを安心しているようでもあった。
同情の目線を私によこしていたので、てっきり私に似た死因なのかと思っていたが――。
「殺された……のね」
「よくある話さ。それこそ、昨日の王林の件と似たようなものだ」
死因は他殺――殺人事件の被害者だった。
マントから左手を伸ばして大鎌を持った右腕を愛おしそうに触る。
よく見ると中のワイシャツの意匠も左手と右手で少し違った。
右腕に至るまでは何ら変わり映えのない白のワイシャツだが、右肩口から掌にかけて幾重にもサラシが巻き付いており、骨折保護のギプスに似た作りになっている。
「突き落とされた。駅のホームからな」
「な――」
唐突に死因を語った死神さん――私は絶句した。想像を絶した死因だった。
「文字通り吹っ飛んだ私が気付いた時、私の物だと分かった物は――血と毛髪に残っていたDNA以外、この右腕だけだった」
「……死体は、残らなかったの……?」
「面白い事に、死後の霊体時は右腕だけ無かったよ。まるで現世に置いてきたみたいでね。今でも無い腕が時折痛む」
右腕のサラシを取っ払うと、鈍色の義手が露わになる。
近未来的なフォルムの義手は、生身の肉体における筋肉と皮膚にあたる物が無く、表現するならそれらを剥ぎ取った骨という様相だ。
握り拳を作ったのちに中指を立ててみせる。あの監視カメラに収まっていた光景と同じだった。
今思い出したのは、その手もサラシを巻いた右腕だったことだ。
「……幻肢痛ね」
「正解だ。……本来は、右腕以外が痛むのだろうが、霊体だから話は別なのだろう。元より、科学出来る存在ではないからな」
義手にサラシをきつく巻いて腕をひっこめる。
「死んだ日は四年前の十二月、大寒波の次の日だった。私はその日、通勤するために電車に乗ろうとした。白線には確かに近かった。が、私は忘れていない――背中を強く押した奴が居たことを」
淡々と事実だけを語るのは、思ったよりもリアリティがあるし、死神さんの気持ちも想像がつく。
「即死だった。減速前の電車の前に落ちて、私の存在に気付く者も居なかった。自殺ではなく、足を滑らせた不慮の事故として処理された」
「…………」
「なんで、どうして、誰が――そう思って私は体を駅のホームの方に向けたが、人混みに紛れた押した奴の顔は確認できなかった。そして――」
「死んだのね」
「ああ」
右腕だけが残ったのは、轢かれる直前に駅のホームに腕を伸ばしたから――その光景が頭に浮かび、私は軽く不快感を胃に感じた。無いはずの胃の辺りに、もやもやしたものがこみ上げてくる。
本来は背中を押した人物について、心当たりがある件を聞くのが正しいのだろうが、それより先に聞くべきことがあった。
「それで……貴方はどうしたの? 『時狩の死神』が何か、今実例を見せられても私は全く分からないのに、そんな唐突になれるものでもないわよね?」
「そう、そこからがある意味では転換期だったのだろう。死後に訪れても困るがね」
死後、必ず人は霊体なり魂なりいろいろ表現はあるにしても、それに該当するどれかになる。
私の場合、霊体の中でも地縛霊に相当する存在になったのだが、彼はどのような経緯を経て、『時狩の死神』になったのか。
「死後間もなく私は霊になった。とはいえ、成り立てほやほや過ぎて何もできなかった。君と同じく地縛霊として、私は駅のホーム近辺に縛られてしまった。もしや、私を押した者が再び現れるかもしれない、と」
「犯罪心理ね。放火魔が放火をした家を見に行くみたいな」
「来ることは無かったがね。そもそも顔どころか服装もまともに見れず、落下中に上背の確認なんかできるはずもない。死後のために冷静になれるほどの境地に至ってはいなかった」
無理なことだと、無駄なことだとは分かりきっている。
それでも諦めきれずに死んだ場所に留まり続けている――一般的な地縛霊と遜色ない霊だった。
だが、こうして彼はここに居る以上、何かしらの手段を経て、彼は解放されたか、或いは成仏した。
「私の事故も忘れ去られて、忌避されていた事故車両にも人が戻り始めてきた……そんな折に、私は久しく話した」
「……誰と?」
私の問いに、死神さんは言葉を詰まらせる。
「……笑わないで聞いてくれ。その人物が話した内容は今でも鮮明に覚えている。それなのに、顔が鮮明に思い出せない。体格は細身で声も高めだった。女性とも男性ともとれる中性的な話し方だった。唯一覚えているのは、ぼやけた顔に、額に大きな瞳があったことだ」
「私が知っている限り、それはシヴァっていう破壊神じゃないかしら?」
「嘘偽りなく話してはいるぞ!?」
仮面に隠れていても「困り果てているのは私の方だ」と言いたいのが目に見えて分かった。
額に大きな瞳――私が言ったシヴァはヒンドゥー教の神であり、破壊と再生を司るとされる。付け加えると男女両性であり、今の彼の話にも合っているから言ったのもあり、私の好きなゲームのタロットアルカナの『塔』に属しているからでもある。今は関係ないのでその話はおいおいと。
「重要なのは人相じゃなくて話した内容でしょうに。早く聞かせて?」
「そ、そうだな。その三眼の者は私に向かってこう言った――「この世に未練はないかい」と。……不愉快だった、未練があるからここに居るのだと、口にしなかったが思ってはいた。それを三眼の者も理解していて言ったのだろうがな」
「……それで、貴方は言ったのね」
「当然だ。私に話しかけれるような者は死んだ後に誰一人として見なかった。テレビに出ていた霊能力者がインチキだと知ったのもそんな時だったな」
くくく、と短く笑う。
不意に大鎌の刃を持ち、埋め込まれた時計を触る。軽く力を入れて義手で押すと、時計は結構簡単そうにスポッと抜ける。
義手で時計を持ち、生身の左手で時計に触れると、蒼い炎――王林の『時間』だ――が手に灯る。
「奴は私の言葉を聞いて哄笑を上げた。同時に第三の瞳が煌々と輝いた。輝きを見た私の意識は霞んでいき、程なくして気を失った。次に目が覚めた時、私は生前自分が命を失った場所に、線路の上に立っていた。この姿でな」
第三の瞳を持つ謎の存在により、彼は『時狩の死神』となった、ということか。
軽くマントをひらひらさせながら、この姿で線路上に立っているのを想像して厨二臭いとか思ったりした。
時計の装飾を施した仮面と黒マント、マントに隠れて今の今まで分からなかったが、白のワイシャツに黒のジーンズと黒革のブーツと、派手な装いに隠れた中身はまあ普通だった。
「マントとかはともかく、中身は生前のままなのね」
「いや……流石にこんな服装では出社しないさ。私服で同じ物はあるが、何故これを着ているかは今一意味が分かっていない」
「……黒マントと仮面はなんで持っていたの……?」
「……言うな」
仮面で表面上に出る感情の一切が分からないはずなのに、なんでこうも分かり易いのか。そっぽ向いて仮面を両手で押さえて蹲るのを見て、一時の迷いがあったのがよく理解した。
こう、やっぱね、あるんでしょう。年をとっても男の子はファンタジックだもの。ついつい通販サイトでポチったんでしょう。
「……ただ、こんな過度な装飾は無かった。ま、マントと仮面は確かに私物だったが……だ、だが、ここまで悪趣味ではないぞ」
「…………」
「本当だ!」
無言の一瞥に、信じてくれと懇願するような語気で食い入る。
「えーっと、まとめると、ね、死神さん。電車に轢かれて地縛霊さんになってた所を、謎の存在に厨二全開にされて、おまけに『時狩の死神』さんになっていた、と」
「……皮肉込みで間違ってはいない」
「『時狩の死神』の語尾に(笑)ってつけたほうが良かった?」
「結構だ!」
これまでの話で一つだけ、『時狩の死神』だとか第三の瞳を持つ存在だとかを差し置いて分かったことがある。
私は基本的に人を信用してはいない。最も身近な肉親もその内だ。
唯一信じていたと思っている叔父も、一年前に連絡が途絶えた。月に一度、物資配給の中年の来訪時を避けて、私が生前好きだった本を家に供えて雑多な話をしていって帰るのだ。主に仕事の愚痴だが。
月の楽しみは物資配給と叔父の愚痴聞きだったのに、それは何時しか途絶えてしまった。
甚く傷ついた――楽しみにしていたのに、貴方だけは居なくならないと信じていたのに。
信頼しても裏切られ続けてきた。
いつもいつも――その内信じることも無くなっていった。
真偽を確かめる嗅覚は、人、もとい霊一倍自信はある。元々心理学にも興味はあったし。
だからこそ、『死神さん』の言動にちらちらと混じる嘘の気配が、彼が『時間』を強引に集めている訳では無い――罪のない子供や老人の『時間』を狩りはしないと確信めいたものを与えていた。
無慈悲に、冷酷に、白昼堂々カメラの前で時間を狩ったにしては、言葉の端々に生前を思わせる一文を隠しきれていない間抜けさ。厨二を堂々とカメラの前に晒したクセに、面と向かって言われると赤面(先ほど多分してたのだろう)したりと、人間臭さも抜けていない。
要は神に為り切れていないのだ――死を司る存在としては、到底不完全に見える。
生前はこと生真面目だったのだろう。社内で陰口を叩かれていたり、煙たがられていたりする様がなんとなく思い浮かぶ。
そんな者が、罪なき者の命を狩るのか――狩れるのか。
本心を言えば、それでもグレーゾーンだ。人が人を殺すのは、殺したくて殺したくて仕方ないから、その後どうなるかも理解していながらも、自分の手を血で染めるのだ。
裏を返せば、人は平時はもっと小賢しいのだ。殺害以外でも様々な殺し方はある。精神的に、社会的にと、手間暇かければなんだってできる。
人の『時間』を見境なく奪い取るほど、今の彼は切羽詰まってるようにも見えない。
――とはいえ、私も平時ならもっと小賢しい。
少しは未知の存在に高揚を覚えているのかもしれない。
失う物が無くなったにしろ、失う事に慣れてても、信じて裏切られたら悲しくなるのだろう。
「……再び信じれたってことは、まだ人の名残があるのかな?」
「え?」
「なんでもないわ。それで? その三眼の奴は貴方に何を課したのかしら。いろいろまだ聞きたいわ」
「む、はぐらかされた気がするが、気にしないでおこう。そうだな……」
どこから話すか、と思案している『時狩の死神』――いや、『死神さん』を見て、私は久方ぶりに心の底から笑う。
決して寂しいとは言わなかったが、やっぱり人肌恋しかったのか、この数年間――こと小さく、聴こえない程度に呟いた。
ご拝読ありがとうございました。
やっぱ#3が限界説。




