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時狩の死神 ‐タイム・リーパー‐  作者: いざなぎみこと
第一章 幽霊少女と時狩の死神
26/29

#25 仁大さんは苦労人

「なっ――」

「あぁー! やっぱりかよぉーっ!!」


 仮面を剥ぎ取った死神さんの間の抜けた表情を見て、仁大さんは顔を歪める。

 それは喜びか、それとも人違いをしていた自分への恥ずかしさか。二つが入り混じっているのか。


「アンタは――ととっ……口走りそうになっちまったぜ」


 名前を咄嗟に叫びそうになったのか、仁大さんが口を押える。


「口走ってくれてもよかったのに」

「いやいや、こういうのは自分で言ってもらうから価値があるんだって! そうだろう、先輩――っておい!?」


 一瞬視線を仁大さんに逸らして文句を言った。

 困った表情で死神さんのいる方へ目線を向けると、急にいなくなる何かを制止するようなポーズをとった。首をかしげて手の方を見ると――。


「あっ……!」


 いなくなっていた――影も形も無くなっていた。


 確かにそこにいたはずの死神さんが、霧のように消えてなくなっていたのだ。


「あんのバカ先輩……ガキじゃあるめぇしなんで逃げんだよ!?」


 死神さんの突然の逃走に仁大さんも声色に疑問を含める。

 それは私も同じである。……なんで逃げたんだろうか。

 如何な理由があれば、私に名前を明かさない理由になりえるのか。


 なぜか涙が出てきそうだった。拒まれたというには些細かもしれないが、いくらなんでも過敏すぎる。

 すると仁大さんがばっと立ち上がり、私の頭を乱暴にたたく。


「まあまあまあ、そんな怒らないでって! 俺ならあのヘタレを追尾できるから!」

「え……? でも死神さんは『匂い』がしないんじゃないの?」

「久々に会ったらなんか『匂い』が漂ってんだよ。理由は俺にもわからんが、近くなら捉えることもできる。『座標転移』も、それほど遠くまでは使えないからいけるさ」

「……『座標転移』?」


 またこの超常存在共は後付け甚だしい特殊能力を明かしてくれた。

 恐らくは死神さんや仁大さんが使用していた『空間から削除される移動方法』のことだろう。ここ最近何度も目にしてついぞ力の実態を聞きそびれていたが……こんなタイミングで教えてもらう必要はないのだ。


「つーわけで探してくるからちっと待っててくれなー!」

「あ、ちょっ……もうっ!」


 結局みんな自分勝手にどこかへ去っていく。

 消えた仁大さんにも憤慨しながら、彼らが残したコップを洗いに台所へと向かうのだった。





「さーて、手間かけさせてくれるよ。このまんまじゃ家に戻れねぇかもしれんが……お節介だったか?」

「……礼を言う。あの場にこれ以上居たら、白状せざるをなかったよ」


 暗い面持ちの死神、いや――ここに居るのは俺と元先輩だ。

 北海道某都市の路地裏に、『霊体』となっている俺らは顔も合わせず佇んでいた。

 自腹切って俺が買った、と胸張って言うには額は低い缶コーヒー。ブラックと微糖の内、ブラックが苦手なのでブラックを投げ渡す。


「ガキじゃねぇんだから、逃げるのはどうかと思うんだがなぁ……」

「……咄嗟に身体が動いていた」

「探すのも苦労するんだ。今度からは居場所を教えてから消えてくれよ」


 仮面が外れたから『匂い』がするようになったのかは不明だが、いまだ漂う範囲は非常に狭い。犬の鼻ほど感度が良くはないから、探知にかなりの時間を費やしたのだ。


「なんで幽香ちゃんに名前を明かそうとしないんだ? 甕星(みかぼし)時夜(ときや)センパイよ」

「――覚えていたのか。私の名前を」

「そこまで薄情者じゃねぇよ。罪悪感覚えるくらいには、迷惑かけたんだからな」


 缶コーヒーを勢いよく開けた音が鳴る。遠くで物音に気付いた通行人が覗き込んでいたのが見えたが、当然そいつには何も見えていないだろう。『霊体化』の状態では、持っている物や着ている服すら透明化させてしまうからな。


 『死神さん』こと甕星時夜は、缶コーヒーに口をつけて俺の前で今まで見せなかった微笑みを見せる。

 本当に俺が名前どころか、死んでから何もかもをきれいさっぱり忘れてると思われているようだ。さすがに苦笑ものだな。


「理由、か。……お前にも明かせんよ。黒歴史もの過ぎて、死んだこの身すら滅ぼしたくなるからな」

「アンタの黒歴史って……黒歴史あるんだな、アンタにも」

「三十満たない短い生涯は、恥の多い生涯でもあった。今なら知っているだろう? 私はお前――……仁大が思っているほど完璧な人間ではない」


 クールで冷静沈着の字面をそのまま具現した人だった甕星先輩が、会社ではきっと誰にも見せなかった親愛を込めた笑みを浮かべる。


「……私もお前の事を知っているつもりだった。それでいて、知らなかった。たぶんお前は、皆に歩み寄ってくれていたのだろうな。なのに私は、身勝手に心を閉ざして、お前の上辺だけで計っていた……実に愚かだったな」


 俺から目を逸らし、虚空に視線を漂わせて、在りし日の何かに思いを馳せている。こと寂しそうに。


「言い訳をするつもりもないが、互いに死んでいるから腹を割って話した訳ではない。生前から私はこういう人間だった。言いたいことは人の前ではっきりと言いたいもんでな」

「んなこたぁ今更言われなくとも分かってますよ。……俺もこの場でハッキリ言っときますけど、アンタ、めっっっちゃくちゃ、上の奴らに嫌われてましたからね。それも陰口の一部でしたし、その件に関しては俺もマジで生き急いでいると思ってましたよ」

「重ね重ね、それも私は知っていたよ……にしても、随分な言い方をするものだな。生き急いでいる、か。これでも今よりは慎重に生きているつもりだがね」

「……あれで今よりかよ」


 呆れたもんだ。北原白夜どころか、別の部署の上司とも事あるごとに衝突していたくせに。

 直接の死因に極めて近い事情だから口に出すことははばかられるから、さすがに言うことはしなかった。

 

「でだ、なんで名前を明かさないんだ?」


 話を本筋に戻すと、あからさまに嫌な顔をする。


「お前も粘着質だな」

「せめて幽香ちゃんとの接点くらいは聞かねぇとな。今のままじゃ変質者にしかみえねぇし、アンタの中身の確認を取るまではロリコンかと思ったぜ」


 どうやら俺の切り替えしが深く心にめり込んだようで、ぶつくさ呟きながら表情をみるみる落としていく。否定しない辺りが生真面目というかなんというか。それでもロリコンの変質者って評価は、今の甕星先輩にはあまりにも相応しすぎる。


 しばらくしたのち、ゆっくりと顔を上げて何を良しとしたか顔色は戻っていた。 


「これは幽香は当然覚えていないし、國光さんも知らないことだ。私だけが胸の内に秘める、國光さん以外の幽香との接点――言ってしまえば、『私が生きる気力』を取り戻した出会いだった」

「……生きる、気力」


 正直、予想だにしなかった単語をくれたものだ。


 どうやら俺も先輩の事を心の底から勘違い……というよりも、俺と似た状況に立っていたのだと思った。


「若い頃、それも中学高校のあたりだ。私は常人とは違うと、特別な能力を持っていると思い込んでいた」

「厨二病的なか?」


 悪戯っぽい俺の言葉に「それも多分に含まれているな」と返す。

 別次元の人間だと思っていたが、共通点を見出すと案外近い部類の人だったんだなと親近感がわく。


「浅はかな知識で未熟な理論の鎧を纏い、人と同じであることをとかく嫌った。まだ十代の、それも世間の荒波も知らないガキが、全てを悟りきっているフリをしていたんだ」

「皆そうだろ。俺もそうだったぜ」

「多分だった、そう言ったろ。私は人よりもそれが顕著だったのさ。一匹狼で居たがり、自身に向けられる世間の常識の束縛……それはありとあらゆる手段で私に牙をむいた」


 今では義手となった腕に目を落とし、力なく笑う。


「それに抗うために、私は力と知識をつけた。想定される非難と苦難、独りであり続けるために己を研鑽した」


 最後に「それも無駄だったんだがな」と付け加える。


「何故だ? 全然無駄じゃなかったろう。少なくとも、会社の中では勝ち組って思われてたんだぜ?」

「そこに到るまでが酷かったのさ。会社でやっていたことなんて、その前の研鑽が生きたようなものだ。それに、上場企業に入社して待ち受けていたのがブラックな職場だった時点で、私は軽く自分の見る目の無さに呆れていたがね」


 俯き気味にそう言ったがすぐにかぶりを振る。


「……いや、見る目はあったか。現世で一番尊敬できる人物に出会えた。あの会社でなければ、決して出会えなかったであろう恩師を見つけた。自信を持って言えるな」

「そう、かい」


 過去に思いをはせるのは、先輩だけでなく俺もだった。

 破天荒で、世渡り上手で、面倒見が良くて……彼を表す形容詞はごまんとあるが、それでも足りない。


「ここまで思わせぶりに語っておいてなんだが、私が語るのはこれで終わりだ」

「えぇー……ここまで聞かせといてそれかよ……」

「墓の中に持ち込んでしまった秘匿だ、この身が滅ぶまで語るつもりは無い」


 そっぽを向いて話を切り上げる。なんだよ、結局全て明かさないのかよ。


「いずれ蘇ったら、二人にも話すさ。女々しい男と罵ってくれても構わない。それこそ、今のうちに言ってもらえると助かるがな」

「女々しい男だ」

「お前に言われたくはないな」

「なんだよそれ!」


 顔を見合わせて笑い合う。


 こんなコントみたいな掛け合いが生前できれば、ってのは今更叶わないものだが、それでも俺は満足だった。

 空き缶を投げてゴミ箱に放り込む。うっしゃ、ホールインワンだ。両腕を掲げて先輩に向き直る。


「帰ろうぜ。幽香ちゃんも気にしちゃいないだろうさ」

「……顔を合わせにくいな」


 同じく空き缶を一発でゴミ箱に投げ入れた先輩はその場から動こうとしない。うじうじとしゃがみこんでいる。怒っているとでも思っているんだろう。


「そんくらいじゃ怒っても嫌いにはならんって。俺の見立てじゃ――」


 彼女はアンタの事が――俺はそこまで口に出しかけて慌てて口を閉じる。


「っぶねぇ、また口が滑りそうだった」

「……なんだって?」

「んでもねぇよ。ほら、女々しいイケメン。帰るぞ」


 シャツの襟首を引っ掴んで地を踏み切って跳ぶ。ふわりと成人男性相当の体は跳び上がり、ビルの横壁を蹴ると反動でふわりふわりと浮かんでいく。

 『霊体』ながら抵抗はできるから、先輩がかたくなに動こうとしなければこうはならない。


 まったく、女々しいくせに無駄に素直だし。


 背反した性格の一片を見せられながら、十分な高度を確保したのち一気に滑空を始める。

 風を切る二人の黒マント――『霊体化』を解除すれば、一躍SNSでネットの海の晒し者になれるだろうな。


 滑空の勢いで体があっちこっちに振り回されている先輩だったが、まるで気にも留めずに何やら考え事に夢中であった。


 謝罪の語句をどれかどれかと並べ連ねる先輩。

 幽香ちゃん……君の恋に先輩が気付くか、俺は心配でならないぞ。蘇ればどうなるかわからんものかもしれんが、彼女が面と向かって言い切らねば、今のままでは少女の戯言とも取りかねない。


「俺も謝るからよ。いい加減腹くくってくれ。さっさと帰って本題だ」


 風切り音に声は届かないながらも、先輩は首を縦に振った。

 やれやれ、今後もこんなノロケというか、痴話喧嘩に巻き込まれるのか。


「……それでも昔の陰鬱な感情入り混じる喧嘩よりはずっとマシか」


 普段は物静かな幽香ちゃんが頬を膨らませて怒り、冷静沈着な先輩が慌てふためき平謝りする――見てて飽きない二人のやりとりを仲裁する。


 ああ、面白いったらねぇなあ。俺は口元を軽く緩める。

 居たくもなかった偽りの居場所じゃない、本当の自分の居場所を見つけられた気がしたから。


 穏やかな気持ちになりながら、俺は女々しい先輩と共に今の居場所に帰るのであった。



 帰った後は案の定、すねた幽香ちゃんのツーンとした態度が待ち構えていたのは言うまでもないだろう。

 最後までお読みいただきありがとうございました。


 一か月ほど期間が開きました……同時更新はなかなか難しい。


 ミリーゼ・ミスティーフとの邂逅の前に、ちょっとだけ先輩の過去を。

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