#24 私達とミリーゼ・ミスティーフ
「……幽香。なんというか、そんな目で写真を見ないでやってやれ。写真の本人が今頃くしゃみしてそうだぞ」
「……死神さん嫌い」
「なんでだっ!?」
特段何も言わずに私は写真を見ていたのに、何故「そんな目で」などと言うのだ。これではまるで私が写真の彼女の、生まれ持った天分を如何なく発揮したボディラインを羨ましがっているようじゃないか。
……羨ましいけど。
「結局男の人は胸と顔とスタイルばっかり見てるのね。よーくわかったわ」
「うーん、俺は違うと思うけどなー」
「火に油を注ぐなよ……」
「火に油がなんだって?」
「ナンデモナイデス」
これ以上成長しないモノへの羨望と、彼らの趣味嗜好と性癖には付き合っていると、私のスタイルに自信を失ってきそうだ。私は極めて理性的に、客観的視点でミリーゼの写真に目を向ける。
長く艶やかな金髪と大粒のルビーを連想させる灼眼(燃え盛る炎の意を込めてこう形容しておこう)、白い絹のような肌は、年若くもあり大人びた雰囲気を彼女に与えている。身体の発達と精神の発達、著しいのがどちらか判別が難しい。
中でも目を引いたのは、何よりもその服装と装備。
細いところは細く、大きいところは大きく。そんな抜群のスタイルを強調する服装は、ゴシックロリータ風味であり、どことなくミリタリールックな……横文字を並べるのにも意味はある。
言ってしまえば、「軍服」と「ゴスロリ」が調和を崩さず融合を果たした服装だった。
丈が短い白のスカートにちらと見える黒のガーターベルト。それが白のニーソックスに合わさり、犯罪的絶対領域を生み出していた。
上着の軍服は白基調のジャケット風。ゴスロリ服をイメージしているのか、中に着込んだ白シャツが胸の部分だけ見えるデザインになっている。彼女の天分たる豊満な双丘が強調され、まさしくそれは至高なる聖地――こうしてまじまじと見ると、女の私も飛びつきたくなるなぁこれ。
「すごい服装ね。軍服、かしら?」
「デフォルメしたんだろうが、これも「三眼」の趣味か。生前の年齢とか、『権能』が分かれば対策が取りやすいんだが、ミリーゼ・ミスティーフについて話せるか?」
「概要程度しか俺も話せないけどな。ずけずけと死因を聞けるほど俺もデリカシーがねぇわけじゃねえし」
そうであってほしいが。
会うや否や「君、どうやって死んだの?」って聞いてきたら、霊体ながらもデリカシーの欠片も無い。狂ってるというよりサイコパスだろう。
「まず出身はアメリカのワシントン州。年は生前は十九歳で、死後十二年『時狩の死神』として過ごしている」
「十二年……死後年齢は三十一か。私達より年上とは、年季の入った死神だな」
「そもそもそんな昔から『時狩の死神』を創り出していたのね。「三眼」とやらは」
謎だらけな人物……人なのかどうかも不明だが。
私が年齢の判別がつきにくいと思ったのも、死後年齢が生前年齢と大きく乖離していたためか。
「『誓約』・『権能』は共に不明。使われる前にのされちまった」
「使っていたが察知できなかったという可能性もあるがな」
「『死神の時計』すらも取り出さなかったからそれはない。あと、一対一で戦っていて気付かねぇこともまずないぞ」
『死神の時計』、とは。私が首をかしげると、隣で思いついたのか大鎌を手に取り、鎌の腹に埋め込まれた時計を取り出す。
それで私もピンとくる。なるほど、所有者が『時狩の死神』だから『死神の時計』か。
「この時計の事だな。確かにどんな名前かは知らなかったが……」
「造語だけどな。面倒だから一つ一つ俺たちが名前付けて広めちまおうぜ」
「そうだな」
冷めた声だが死神さんも似たようなものだろう。
というよりも、そこら辺りの設定、というべきか。それを教えない「三眼」も何を考えているのか。「三眼」の思想も行動理念も何もかもが想像できない。唯一分かっていることは、服装だけは生前を鑑みて意匠を凝らそうとしているってことだけだ。
「私たち『時狩の死神』の服装は、生前の本人のイメージから描いたものらしいが、『死神』のイメージを『自分が為りたかったもの』に置き換えているようだ。私は『時を司る死神』で、仁大は……なんだろうな、これは」
「俺は『主人公』。剣と魔法の世界の住人だったら楽しかっただろうな」
「なら、ミリーゼさんのイメージは……『軍人』?」
戦闘狂と彼女を評した仁大さんだったが、風体からは荒事に好んで関わるとは思えない。これがお世辞になるのかは彼女に聞いてみたいものだ。
それにしても、生前の本人が為りたかったもの、か。確かに死神さんたちも、いい意味で現実には存在しえない格好をしている。見た目が奇抜すぎる死神に、顔を隠せば正体不明の剣士だ。仁大さんの言う通り、剣と魔法の世界の住人に極近い。
だからこそ大衆がネット上で囃し立てる要因の一つにもなった。
神格存在は得てして幻想的な、非現実的な風貌・服装をしているものだ。
虚像を造る仮面も当てはまるし、身を覆い情報量を減らすマントも、隠された姿に想像を巡らすきっかけになる。
「軍隊がどうたらとか、そんな話もしなかったのか?」
「残念ながら、俺が知っているのはさっきので全てだ。あんにゃろう……「私より弱い奴にこれ以上話す事はない」って言ったきりだ。それ以上は俺が戦って勝たねぇ限りは話さないらしい」
仁大さんは盛大に舌打ちをする。
その時を思い出してよっぽどイラついているのだろう、貧乏ゆすりをし始めた。
「……なのに電話番号やアドレスを交換しているのか?」
「俺は会った『時狩の死神』とは一応交換しているんだよ。『誓約』と『権能』は本人の了承の上で聞くが、基本は皆の生前の経緯とかも教えてもらってる」
「教えてもらえないから、余計に曲者ってことね。貴方の中では」
「そそ。セキュリティ固いのなんのってな」
謎めいた人物ばかりの『時狩の死神』達。
恐らくだが、今までも彼らは、相互共通の一死神を介してコミュニケーションをとっていたのだろう。
ミリーゼさんが死神嫌いの変わり者かどうかはさておき、他の死神に極力遭遇したくない死神も当然いるはずだ。そんな中で仲間とまではいかずとも、協定という体で仮の協力関係を取っておけば、何かしらの利点はあるだろう。
ただ、聞く限りでは「彼女と戦って勝利しなければ」、情報というか、事情もろもろを聞かしてもらえないのだ。それにいくら電話番号やアドレスを知っていたところで、負けた相手の誘いに気を惹かれるものなのか。下手したら罠を張られる可能性を私は疑うだろう。
「今更ながら悪いけど、そんな相手に電話一本で会えるのかしら?」
私の疑問に対して、予想外の答えが返ってくる。
「会えるさ。ほぼ百パー確実に」
「お、おぉ……自信満々じゃないか。しかしなぜ――いや、待てよ……?」
言い切った仁大さんに、死神さんも軽く引くほど驚いているが、何かに感づいたようだ。
仮面の額に手を当ててしばし考え込むと、ふと舌打ちをしたのが聴こえた。憎々し気なオーラを漂わせ、首をゆーっくりと仁大さんの方へと向ける。
「さっすが、察しの良い死神先輩だこって」
「あ……私も分かった」
「貴様……私をダシにする気だな?」
ニンマリと笑う――してやったり再び、そんな顔だ。
……この二人はお互いを貶め合わなければ死んでしまう病にでも罹患しているのだろうか?
「大アタリだ――って痛い痛い痛い! ピアスは引っ張んな!」
「貴様が『権能』を出し渋って勝てないからって、人の『時間』を消耗させる腹とはいい度胸をしているな、えぇ?」
仁大さんの耳のピアスを、制止の声が聞こえているにも拘らず無慈悲に引っ張る。
「アンタの『権能』なら勝ち確みてぇなモンだろ!? 俺の〈遅延〉の『燃費』の悪さ、アンタの比じゃねえからな!?」
「だから私に戦えというのか! 『時間』が『命』ということは貴様も周知の事だろうが!」
もっともな正論に、仁大さんは反論ができない。
「……第一、メリットがあるように思えないのだが。ミリーゼ・ミスティーフが私たちに何をもたらしてくれるというのだ。変に恨みを買われて、私たちの元に来られるのが一番困るぞ」
「それは……そうだけどよ。なんか……放っておけねぇっつーか、俺らは皆、問題や悩みを抱えて死んだ連中だろ?」
問題や悩みを抱えて死んだ。私はその言葉にもやもやとしたものを心の内に感じる。
これまでに出会った『時狩の死神』というか、死後の世界に暮らす者は非業の死を遂げた者の比率が多い。
人によっては受け取る重みが違う理由でも、本人達の中では楔のように深く心に食い込む。大した事の重みは自分自身が決める物なのだ。
「仁大さんは、ミリーゼさんを救済したいの?」
「……救済なんてご大層なモンじゃねぇけど、力になれるんならなりてぇだろ? お前らが今度蘇る世界は、きっと楽しい事がたくさんあるって思ってほしくて、な」
ああ、やっぱり。仁大さんは優しいんだ。
最初に会った時は失礼ながら信じられなかったが、優しすぎるくらいだ。
人の心を理解して振る舞う器用さも持ち合わせているし、そのせいで他者から永遠に剥がれないレッテルを貼られたのだ。
その優しさは時として彼を大きく苦しめる。今も苦しんでいるんだと思う。時には忘れたいんじゃないかとも私は思う。それでももう、彼は逃げたくないんだろう――自分がやりたい事から。
「彼らの居場所を作る。それが、仁大さんのやりたいことってワケね」
「……作れてんのかなぁ。実はな、半数は音信不通になってんだよ。たぶん、自分たちの行動を邪魔されないためにな」
「でも、今は四人もいるんでしょ? なら良い方よ。四人は狩りの熱に酔わずに自我を保ち続けているのよ。『誓約』に従わずに『時間』すら狩らず、人殺しの快楽を味わう連中になっていたら、それはただの獣よ」
「けど、なぁ……」
「そうなったのは仕方ないことよ。少なくとも、貴方が努力しなかったからじゃないわ。やりたいからやる――人って結局そんな物じゃない?」
いつも通りの自分ルール全開の擁護だ。だが、彼はきっと正しい事をしていると私は言える。
ルールが一切無い世界に放り込まれて困惑する死者に手を差し伸べるのは、きっと仁大さん自身も不安があったはずだ。何せ、ルール外のイレギュラーやチートまでいる可能性はあるのだから。
「仁大さんは『主人公』、なんでしょ? なら『主人公』らしく振る舞えばいいのよ」
「……そだな! 俺は俺の世界での『主人公』なんだからよっ!」
親指を勢いよく突き立てた仁大さんは快晴の笑みだ。
私は後押しをしたに過ぎない。彼の信じる事を貫いてもらうことに。それだけで人はどうとでもなれるのだろう。
「……いいだろう。今回は仁大、お前に乗ってやる」
三流の芝居みたいなやり取りを見て、死神さんも仁大さんに協力する気になったようだ。
「サンキュ、死神先輩」
「だからその呼び方はやめろと……」
照れくさそうに顔を逸らす死神さん。仮面が邪魔でやっぱり表情は読めない。
「……さて、そろそろかな」
「「何がだ?」」
「そろそろ、死神さんも本名とかを言う頃だと思うのよ」
そっと死神さんの仮面に手を伸ばしてさりげなく上げると、呆気にとられた死神さんの顔が露わになった。
私の暴挙に、『時狩の死神』二名は揃って硬直したのだった。
ご拝読ありがとうございました。
自分の世界の主人公は、変わることなく自分なんだというお話です。
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