#23 私達の情報共有
マントを外してハンガーラックに引っ掛けて座った仁大さんに、死神さんはコーヒーを淹れてあげる。
「サンキュ、死神先輩」
「その呼び方は気持ち悪いから止めろ」
「本名を言っていいならそれで呼ぶけど?」
「……チッ」
仮面の底で仁大さんに聴こえない程度の舌打ちをしていた。
私と死神さんはベッドに腰かけ、仁大さんは対面で胡坐をかいている。
「……お前、髪染め直したのか?」
「んぁぁ。よーく気付いたってくれて。どういう心境の変化か、真面目ちゃんな髪色にしたくなったんだよ」
少し細かく仁大さんの顔を見てみる。
短く乱雑に切った黒髪とペアピアスを右耳にしている。確かにいつの間にか茶髪が黒髪に染まっている。地毛ならわざわざ染める必要も無いと思うが、なにがしの覚悟なのだろう。狂気的だったりヤンチャな言動をするには不釣り合いな、意外にも整った塩顔で、余計な装飾を外せば十分真面目な好青年だ。
細身の中背で、良くも悪くも一般人だが、何があって『時狩の死神』に至ったのか。
「んじゃあ、幽香ちゃんもいるから改めて自己紹介だ。名前は仁大丹治、年は生前二十の今は二十二歳。『時を狩る死神』になったのは、死んでから一年くらいか。死因は、お恥ずかしいが自殺だ」
「自殺……か」
「ああ、敵だらけになった会社も潰れて、生きる価値を失った気がしてな」
前置きをはさみ、彼は自分がどうしてそうなったか経緯を語りだす。
「「…………」」
「――てなわけで……って、そんなにしんみりしないでくれよ。今でも思い出しちまうことなんだからよ」
絶句、とまではいかなかったが、中々に凄絶な自問自答を繰り返して生きていたのだと思った。
仁大さんの苦悩は計り知れないものだったろう。常に人の顔色を気にしながら、自分に定着したイメージを演じ、それでもなお払拭しようと努力を続けた。だが、ついぞ叶うことなく、挽回の機会もなく全ては無に消えた。
「自業自得も少しは混じっているがな」
「辛口評価、とは言えねぇや。アタリなんだからよ」
あくまでも突き放すスタイルを崩さない死神さんに、仁大さん自身はえらく自分の評価を下げている。
自暴自棄の末の死を遂げた自分の社会的・道徳的評価を客観的に論評できるのは成長したと言えるが、謙虚すぎるのも返って卑屈っぽく聞こえる。
自虐気味の仁大さんの顔を、表情が窺えない仮面に隠して死神さんは問いかける。
「で、お前は剣を取り戻して、私達を討つ、か?」
「なんでそうなるかねぇ、だから生前も上から疎まれてたんだろーに。協力したいのさ。嘘偽りなく、な」
ほらね、やっぱりそう言うと思った。
私自身、この言葉は予想通りのものであったが、死神さんは意外だったようだ。驚いて次の言葉を紡げずにいた。
「お前がまさか、そんな発言をするとは思わなかったものでな」
「……アンタにとやかく言う気は無かったが、アンタが知っている仁大丹治の姿が全てってワケじゃないんだぜ?」
楽観的で他人の事を全く考えてない――そんな周りのイメージをいつも気にして、逆に敢えてそう演じていた。
人の心の奥底は、真の意味では到底分かりえない。私は必ずどこかでブレーキをかけてしまうと思っている。今、仁大さんの言葉を信じることも、あくまで私たちの裁量に過ぎない。
それでも、仁大さんは私たちに接触を試みて、自分の死んだ理由というナイーブなことを曝け出した。
生前はできなかった自分の表出を、ようやくできるようになっていた……と、私は勝手にそう思っているだけだが。
まあ、なんというか、もうここまで来たら信じるほかあるまい。これで全てが嘘だったら、演技派どころか逆に彼の評価を良い方向で見直してしまうだろう――稀代のペテン師だと。
「俺がアンタの正体まで至ってるってことは、幽香ちゃんの素性も粗方知っているってことだ」
「……なるほど、そういうことか」
「そう、俺はアンタと仲良しこよしするんじゃない。俺も、恩人のために協力しようとしているだけさ」
元先輩後輩の間柄の二人には、國光おじさんという共通の恩人がいる。
先ほどの死因語りでもおじさんと飲みに行ったと言っていたが、その時も泥酔して私や死神さんの事を話していたらしい。それで私の事も知ったのだろう。
「とあらば、協定を結ぶべきだろ? アンタは自分の事を全て自分で解明したつもりかもしれんが、俺の情報でアンタらが知らないことを提供できる自信がある」
私たちが知らない事、それは確かに興味もある。……というより、この流れは断ってもってものだろう。
根は純真な仁大さんの事だ。なんかピンチに見舞われたら「借りを返しに来たぜッ!」とか言ってサッと登場してきそうな気もする。
あとこの機会を逃したら、死神さんは確実に損をするだろう。今のところ、対等と言える存在で話せるのは私以外はいないのだから。
私としては即決で協定を結んでも良かったのだが、本人には譲れない何かがあるらしく、しばし熟考した後に決断を下した。
「……いいだろう」
「すげぇ長かったけど、オッケーってことだな。よし、協定成立だ」
差し出した手を、死神さんは軽く嫌そうに握る。
それに私も手を被せて、これで『時狩の死神』同士の平和協定の成立だ。
「まず、アンタはどれだけの『時を狩る』……いや、アンタらは『時狩の死神』って言ってるんだったか? ……話は逸れるけど、由来はなんだ?」
初っ端から話題が大きく逸れたが、何故か死神さんは饒舌になって説明する。
「私個人の名付けだが、「死神」と私の『権能』の〈時間跳躍〉、そして「狩る」を死神の大鎌で「刈る」と見立てて、統合して『時狩の死神』だ」
「……生前のクールさの面影がねぇなぁ」
「ほっとけ。お前も言っただろう。社内の一面が私の全てでは無い」
厨二病特有の設定というのか、よくもまあいろいろと単語に共通項を見出してかけたものだ。
「っとまあ、その『時狩の死神』だが、何人か知り合いとか居たりするか?」
「何を馬鹿なことを……会えればお前に出会って歓喜などしなかった」
「だろうなぁ。アンタ、『匂い』が全くしねぇんだもんな」
「……意味合い次第では叩きのめすぞ?」
不覚にも少し笑いそうになった。
それにしても妙な単語だ。『匂い』というのは、今私が嗅いだ匂いとは違うのだろうか。
マントに鼻先をつけて匂いを嗅いでみたが、洗剤のフローラルな香りしかしない。仁大さんは「物理的な匂いとはちと違うなー」と、微笑ましい目で言った。
「その『匂い』ってのは、『狩った時間の残り香』のことだ。知らねぇってことはアンタ、『匂い』を嗅ぎ取れねぇのか」
「……そうみたいだな」
「具体的にどんな『匂い』か説明するのも難しいけどな。頭にビリッとクルっていうか、それを嗅いだ途端に近くに居るのが本能的に察知するような感じだ」
「つまり、センサーみたいなものね」
「そうそう! 幽香ちゃんわかってんじゃん!」
以前、死神さんが何のために『時狩の死神』を複数作っているのか、と言っていたことを思い出す。蘇りの権利をそうホイホイ渡す「三眼」もどうかしてるとは思っていたが、何かしらの目的があるなら話は別だ。
複数作る必要があり、且つ『権能』を渡す必要があり、『匂い』で巡り合わせることができるようにした理由はなんだというのだ。
『時狩の死神』同士が時を求めて争い合う事を見て楽しむため? はたまた結託して人界を荒らす様子を眺めるため?
前者後者にしても、ロクでもない奴だってことは確かだ。
さらに死神さんのような例外――『匂い』を嗅ぎ取れず、また本人も『匂い』を感知できない。
仁大さんは「近くに居れば感知できる」といったが、感知範囲は個人差があるそうで、生前勘が鋭かったりした者は比較的感知範囲が広いらしい。それでも、大元の発生源が完全な無臭である以上、感知範囲の広さは意味をなさない。
ゲームで例えるならPERKをつけて、マップにキャラアイコンが表示されないのと同義だ。わざわざ目視で探す必要が出てくる。
これはゲームの中なら大した問題ではないが、実際の戦闘に当てはめると大きな問題となる。
『匂い』を感知できる『時狩の死神』にこちらの存在を知らせることなく、奇襲をかけることもできる。見つかっていたとしても、精密感知ができないなら逃げ果せる可能性も高い。
元よりチート臭いとは思っていたが、死神さんにさらにチート臭が漂い始めてきた。
ちらっと死神さんの方を見てみると、『匂い』の単語がどうにも気になっているようで、小動物みたいに自分の匂いを確認していた。
「俺は今んところ四人知り合いがいるが、どいつもこいつも曲者っつーか、自分ルールで時狩をやっているから手は出していねぇ」
「自分ルール?」
「そもそもあまり蘇る気が無い奴らみたいでな。『誓約』も聞いた限りじゃ、自分の身を守る時にしか発動しなかったりするものばっかだった。例外はいるがな。だが、少なくとも無差別に時を狩るクズでもねぇ」
比較的安全な死神たちと思っていいのだろうか。
私は既に時をロストしている存在だから、直接攻撃によるダメージさえ受けなければ、時狩の影響を受けることはまずないだろう。いざとなれば死神さんも居るから、その死神たちとも対話が可能ならばしてみたいものだ。
「どうする? 直近で会えそうな奴は一人居るが……」
「……嫌そうだけど?」
曲者――その言葉が脳裏をよぎる。
現状この場で一番の曲者は仁大さんな気もするが、そんな仁大さんすらも嫌がる相手は中々いない気もするが。
それに対して死神さんは、何故か即決で首を縦に振った。そしてニヤリと笑う。
「……ちゃんとプランがあってゴーサイン出したのよね?」
「私たちが同じ死神仲間に邂逅できないのも『匂い』が無いからで、四年間一度も出会えなかった現状を鑑みるに、このまま手を拱いていたら仁大以外と二度と出会う事はないだろうからな。これには即決する他はないと思う。それに――」
立てた指を折りながら理由を説明し、最後に仁大さんを指さして一言――。
「さんざん突っかかってきたお礼もしなければならなかったしな」
「意趣返しかよ……ホント嫌みな先輩だこって……」
そう言いつつも悪い気はしてないようだ。……反応から察しただけだが、本当に北原白夜という上司が嫌いだったのだろうな。
仁大さんはズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、画像フォルダを開いて私たちにとある人物の写真を見せる。
「そいつの名は「ミリーゼ・ミスティーフ」――曲者な理由ってのは、所謂戦闘狂ってヤツだからだ」
写されていたのは――信じられなかった。
それはまるで小説の世界から飛び出たような、絵に描いたような、金髪ロングヘアに灼眼の美少女だった。あと胸もデカい、羨ましい。
ご拝読ありがとうございました。
実は『時狩の死神』は死神さんの造語だった話です。
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