謝れよ
「やっと来たのね」
目の前にいるのはエルフの少女だ。
「お待ちしておりましたよ、同志」
その少女の横面に座るのは異色の組み合わせであるオークだ。
ギルドの酒場は、まばらに人が座っているがこの卓の周りには誰も座っていない。
偶然ではなく、皆、この二人を警戒して避けているのであろう
「聞きたいことがあるんだがその前に」
ハイドラットは息を吸って溜をつくる。
そして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「何でお前らここにいるんだ?」
ここは、冒険者ギルドにある酒場だ。
元は、メンバー募集や探索前の打ち合わせなどの為に使われていた待合室だったが、冒険者に金を落とさせる為に数年前に改築された。
主にギルドに登録された者が利用する酒場である。
そんな場所に、この二人がいる理由が分からない。
「あれ、聞いてないんですか?
てっきりマクシミアさんが伝えているものだと思ったんですが・・・」
そういえば、ヤツが部屋を出て行く際、酒場で誰かが待っているようなことを言っていたがコイツらだったのか。
「まず座んなさいよ、いつまでも突っ立ているとこっちも落ち着かないでしょ」
エルフの少女は座ったまま卓の対面にある椅子をハイドラットに向かって蹴って寄越した。
なんとなく、このエルフの性格が窺える。
ハイドラットとしても争うつもりもない。
このエルフとは戦闘の途中で記憶が途絶えており、どうも手酷い敗北を喫したようなのだから二の舞は御免である。
「じゃあ、遠慮なく」
相手が自分より強いからといって媚びるつもりはない。
ハイドラットは受け取った椅子に躊躇いなく座る。
相手が優れているのは戦闘においてだ。
その他が自分より優れているかはわからない状態で諂うのは阿呆だ。
これらから、こいつらが何の話をするかわからない状態で主導権を持っていかれたくない。
互いが対等であることを態度で示す。
自身が座ってルラを座らせようすると、ルラはハイドラットの背に隠れてルラがエルフの少女をジーと見つめていた。
「やっだ、可愛い」
両手を頬にルラに微笑みかけるエルフ。
それに対して、ルラが威嚇するようにエルフの少女を睨んでいるのだが、いったい何があったのだろうか?
「あ~、メイムさん。めっちゃ警戒されてますよ。
ハイドラットさんを目の前で殺しかけたのは、やっぱりまずかったですね」
どうやら、自分が殺しかけたのは本当のことらしい。
しかし、本人を目の前に堂々と言ってしまうのはどうなのだろうか?
「誘拐犯は死んで当然。自由を奪うものは殺されて当然ね。
勘違いだったみたいだけど生きてんだから問題ないわよね」
にっこりとハイドラットを見つめるエルフ。
その笑顔は語っている。「生きていて幸運だったね」と。
イラッとした。
マクシミアの冗談だと思ってたが、確信した。ハイドラットが死にかけたのは事実だと。
このままでは拙い。
待っていたからには話があるのだろうと思っていた。
侘びでも入るのであれば受けようとも思っていた。
しかし、エルフの態度を見るにそれはなさそうだ。
雑談?何のために?冒険者は周りにいくらでもいる。
わざわざ、ハイドラットを呼びつける必要はない。
エルフの傲慢な態度からすると、一度殺しかけた相手を再び命をタネに強請るつもりなのだろう。
だが、一度負けているからといってこのまま屈するつもりはハイドラットには無い。
「冗談だろ?お前ら、人を殺しかけておいてそれで済ませる気か?」
ハイドラットは、気圧されずに返す。
ここで下手に出ればいいカモだ。
「謝罪しろよ。俺に謝れ」
「何でアンタなんかに」
「同志、それなら私が」
「あんたの土下座は見たからいいや」
エルフの代わりに謝罪しようとしたオークを止める。
頭の低い豚の謝罪は既に見ている。
それに、このオークが謝罪したところで意味は無い。
二人のうち主権を握っているのはエルフの方だ。
少なくともハイドラットは、この高慢な少女を対等な立場まで引き摺り下ろさねばならない。
「まずはエルフのあんた、俺に謝罪しろよ」
ハイドラットは、椅子に踏ん反り腕を組む。
確かにこの二人は強い。
だが、この場においてハイドラットは負けるつもりは無い。
「アンタ何様のつもり」
椅子を跳ね除け今にも飛び掛ってきそうなエルフだったがオークが後ろから肩を抑えを邪魔する。
「放しなさい、ナナシ。」
「メイムさん、数刻前ならともかく今の我々には立場があります。
それを蔑ろにする事はできませんよ」
抑える手を振り払おうとするエルフにオークが諭すように言う。
「お前らが、ここに居るのってマクシミアが関係しているんだろ?」
世界に多くの亜人が居るといえ、ここは、都市ルブラスカ。
人間の住まう領域だ。
彼らが過ごすには障害が多い。
目の前にオークがいる。
これは、人間域においておかしな状態だ。
オークは亜人種の中でも知性の低さから、人ではなく魔物のカテゴリーに分類されている。
見つけ次第、即、討伐の対象なのだ。
それが、この酒場。
よりによって、討伐を請け負う冒険者たちの拠点にあるはずの酒場にいる。
そんなおかしな状態だというのに周りの連中にそれを咎める様子は一切ない。
それどころか、戸惑いはあるものの容認しているようだ。
なぜか?
おそらく、オークがここにいることをギルドの上位の者が許可したからだ。
一介の冒険者はギルドの意向に逆らうことはできない。
厳密には逆らうことはできるが、それを行えば冒険者ギルドから抹消される。
ギルドからの抹消は、冒険者にとって致命傷だ。
クエストの受理ができず、達成しても報酬を得ることができなくなる。
自らそんな状態を望む冒険者はそれほどいない。
だから、ここにいる連中は目の前にオークに手を出さない。
「ええ、そうですよ。マクシミアさんから許可を戴きました。
我々は、マクシミアさんの客人という扱いになりますね」
ハイドラットの質問にオークが答えた。
ビンゴだ。
ギルド上層部の客であるなら、冒険者は迂闊にこの二人に手を出すことはできない。
「そうか、そうか。それはなによりだ。
じゃあ、そこのエルフ、俺に謝れ」
「はぁ?アンタ何なの?」
だが、それはこの二人も同じ。
客人であろうと問題を起こせばどうなるか考えればわかる。
それはこいつらにとって望まない展開のはずだ。
のであれば、こちらの方が優勢のはず。
「おいおい、おまえ。
俺を誘拐犯と間違って半殺しにしちまったんだろ?
間違ったなら謝るのは当然だろ。
それともなんだ?エルフってのは間違って殺しかけた相手に謝るっていうこともできない種族なのか?」
「っ。そんなわけないでしょ?」
ハイドラットは、後ろに隠れていたルラを招き寄せると抱き上げ膝の上に座らせた。
ルラは、エルフと視線を合わせだが逃げるようにハイドラットの首元に抱きついた。
拒絶されたことにショックを受けたのか「あ」っという声がエルフから漏れた。
「あーあ、可愛そうに。
お前はこいつにトラウマになるような光景を作ってくれたわけだ。
どうしてくれんの?」
ハイドラットはルラの頭を撫でながら追撃をかける。
先程までの強気な態度から一変してエルフの少女は、苦虫でも噛み潰しような表情をしている。
「それについては、その子には謝るわ。
でも、アンタは別」
「は?」
意味がわからない。
こちらは被害者で、このエルフは加害者だ。
自身でその過ちを認めたというのにハイドラットには謝る事は拒否するという。
「わかってんだけどね。でも、アンタには無理」
そう言うとエルフはハイドラットから顔を逸らした。
なんだろうか、このエルフは。
わざわざこちらを煽る必要はないはずなのだが。
認めたなら謝ればいいだけのことであろう。
だが、謝らない。
なら、立場を利用して無理やり…。
「ナナシ」
エルフは、オークに助けを求めた。
「ハイドラットさん、そこまでにしていただけますか。
確かにあなたは、我々の立場を利用して謝罪を強要させることができます。
我々もせっかくのマクシミアさんという後ろ盾を失いたくは無い。
広場の件については我々が悪かったと謝罪いたします」
オークは立ち上がると深々と頭を下げた。
「ですが、彼女に強要するのは止めて頂きたい」
また、これだ。
頑なまでにエルフが謝罪するのを拒む。
自身の頭は軽々と下げることができるというのになぜだろうか?
「『やらない』じゃなくて『できない』てことか?」
「その通りです」
肯くオーク。
「それで俺が納得する思うか?もし、強要したら?」
「これ以上、彼女に謝罪を強要した場合。最悪、この街が滅びますね」
さらっととんでもない言葉が飛び出した。
この二人は、ギルド運営者の一人マクシミアの客人の立場にある。
彼らが問題を起こせば、マクシミアの責任となる。
責任を負ってマクシミアが失脚すれば彼らは後ろ盾を失うことになる。
先ほどのオークの発言からすると理解しているのだろう。
ハイドラットとしては、今の彼らの立場を利用して謝罪を強要するつもりであった。
一方的に負けたこととエルフの態度に対しての腹いせではあったが。
「おいおい、脅しにしては規模がでかすぎるだろ」
「冗談と思うなら構いませんよ。
私は、あなた方を想って忠告しているだけですから。
聞き入れないのも選択の一つでしょう。
選択の自由を束縛するつもりはありません」
淡々と述べるオーク。
感情の乗らないその喋り方は、真実味を醸している。
・・・これ以上は不用の展開だろう。
勝てると判断して踏み込んだものの、逆に脅しで返されてしまった。
しかも、脅しの規模が桁違いであり現状では判断しかねる。
相手が人であればひとえに笑い捨てたが相手は亜人、未知数だ。
「しょうがねー、これはここまでにしといてやる。
おい、エルフ。こいつの言うとおりにしてやらー」
「そう、命拾いしたわね」
傲慢な態度ではあるが、心なしかエルフの言葉には安堵が混じっているように思える。
「謝ることができない理由ってのは聞かせてもらえるんだろうな?」
ハイドラットは思ったことをそのまま口にした。
「強いて言うなら呪よ。親しくない者には無理」
「さっき言えよ」
「アタシが言ってもアンタ信じなかったでしょ」
そうかもしれない。
ハイドラットが折れたのは、オークを介することで信憑性があったからだ。
「こいつには、謝罪できるっていったよな?」
手元のルラを指しながら尋ねる。
「『強いて言うなら』って言ったでしょ。主観の問題ね。
アタシが親しくなりたい相手は別ってことよ」
「ずいぶんと都合のいい呪だな」
ハイドラットの皮肉にエルフが睨み返す。
「まぁまぁ、お二人とも。まずは食事でも頼みましょう。
ハイドラットさん、謝罪としてはなんですが、ここは奢りますよ。
折角、人間に会ったのに話ができる方が居なくって困ってたんですよ~」
エルフと険悪になりかけていたところにオークが割って入った。
「話の続きは注文してからにしましょう」
店員を呼びながらオークがそう微笑んだ。
手元の幼女からも食事を催促する音が鳴ったのだった。




