囮の胸中
レイナはおもう。自分は何をやっているのだろうと。
彼女が、ハイドラットから頼まれたことは一つ。
「オークの気を長めに引いて欲しい。」
あの外道であるはずのハイドラットの様子がおかしいのはこの妹の存在によるものなのだろうか?
普段は魔物を嗾けても姿を現さないのに昨日に限って現れたり。
いつもは利用したことない自分の店にやってきて布生地を選んだり。
声をかけたのだって、あいつが絶対使うことのないような色の生地を見て回っていたからだ。
その挙句、自分にダストンについて警告までしてきた。
(一緒にいると碌な目に会わないってあんたも同じでしょうが!!)
レイナは、口に出さず心の中で叫ぶ。
全く以て調子が狂う。
人に警告したあとに自己嫌悪に落ちていたようだが、それなら善人振るなというものだ。
外道は外道を貫いてくれた方が接し易い。
(真剣に人の心配をしてくれたと思ったら自己嫌悪とかありえない…)
本当にありえない。
自分を説得しようと必死な彼の姿にドキッとした途端の話だ。
なんであんなヤツにドキッとしたのだろうか…。
その答えは出ない。
今、自分がやらなければないことはオークの気を引くこと。
ハイドラットが相手だったので強気に『協力してあげる』なんて答えたが、単独で魔物に挑むのは初めだ。
しかも、相手は普通のオークではない。
パニックになりそうだった。
しかし、引き受けてしまった以上やらないわけにはいかない。
ハイドラットは「自分から手を出さなければ、オークは攻撃してこない」と言った。
助言のつもりなのだろうか。
観察していればわかることだし、自分の身を案じてくれているのではと勘違いしそうだから辞めて欲しい。
息を深く吸うと意を決してレイナは叫んだ。
「わ、わたひがハイドラットです!!」
見事なまでに緊張した声だった。
騒ぎが始まって以来、初めての女の名乗りだ。
注目が集まるのを感じ緊張が増す。
「あなたは、ハイドラットさんじゃありませんよね」
オークが話しかけてきた。
自分がオークの標的になったことを自覚しレイナは震えた。
逃げだしたくなったが、ここで逃げてしまってはハイドラットに笑われてしまう。
それは嫌だ。
発作的に攻撃しようと構えたところに
「とりあえず落ち着いてください。
私も女性を殴るような真似をしたくはないんで」
オークから静止が掛かった。
見れば両手を掲げ攻撃の意図がないことをアピールしている。
緊張しすぎて助言も役目も飛んでいたが自分がしなければならないことを思い出す。
長く子供から意識を逸らせる上で、話し合いというならこれ以上のものはないだろう。
レイナは深い呼吸を繰り返し冷静になろうと努める。
「私が武器を持っていると落ち着けないというなら、これは置きましょう」
オークが肩口から腰にかかっている帯紐解くと背中の大剣が物凄い音を立てて地面に落ちた。
「落ち着きましたか?いや、皆さん血気盛んで。
自分の見てくれがアレなのは理解してますが、事実を突きつけられると結構ショックですね。
ようやく話ができそうですが、大丈夫ですか?」
なんと表せばいいのか、厳つい見た目に反して随分を気さくに話しかけてくる。
言葉も丁寧でオークとは思えないほどに。
「大丈夫です。落ち着きました」
こちらも構えを解き、改めてオークと対峙する。
「改めましてお嬢さん、あなたはハイドラットさんですか?
「いいえ、わたしはレイナといいます。あなたは?」
「私はナナシと申します」
問われてつい聞き返してしまったが、オークは名を名乗った。
普通に会話が成立していることにレイナは驚きを隠せない。
どこまで通じるか踏み込んだことを尋ねる。
「ナナシさんはなぜこの街に?」
「有り体にいい答えますと観光ですかね。世界を旅しているのです」
「なぜ子供を人質に?」
「人質というわけではないんですが結果的にそう見えてしまったようですね。理由としては保護ですかね」
「保護ですか。とてもそうとは見えないんですが…」
レイナは、つい子供の方を見てしまう。
自分の失敗に気がつき焦るが既にそこには子供の姿はなかった。
どうやら、ハイドラットは上手くやったようだ。
役目を果たしたことにた安堵したが、保護したというにしても首から下を袋詰めにする理由とはなんだろうか?
オークも子供が消えたことに気がついたようだが焦る気配がない。
気になるので会話を続ける。
「彼女の現状はハイドラットさんのせいでもあります。
それについて私は当人に直接言ってやりたいのです」
「どういうことですか?」
「それには彼の名誉もありますので直接申し上げることはできません」
オークが人の名誉を気にするとはおかしな話だ。
「つまり、保護した子供のことでハイドラットに文句があるので呼んでいるということですか?」
「そうなりますね」
いったいどういうことであろうか?
ナナシは、遠い目をしている。
そして、再びレイナを見据えると
「彼女を連れて行ったのがハイドラットさんで間違いないですね?」
突然の質問にレイナが状況が読めないで困惑していると
「ナナシ、アンタ油断しすぎ。
盗まれているわよ」
声とともに人だかりを割って現れたのは、耳の長い少女だった。
片手には、袋を抱えており、もう方手には何かを引き摺っている。
引き摺られていたのは、ハイドラットだった。




