遠くで
迷宮都市ルブラスカから西へ2日程行った場所に険しく切立つ崖がある。
200m強にもなる断崖絶壁。
南北に数十kmと続くこの断崖は人間領の西側の果てでもある。
この断崖を越えたその向こうは獣人域とされている。
獣人とは人間の姿に獣の外見を合わせ持つ人の総称だ。
彼らは、皆、身体に獣の特徴を持ち、人間を遥かに凌ぐ身体能力を持ち合わせていた。
現れる特徴は個々それぞれであり、身体の一部だけの者もいれば全身に及ぶ者までいる。
一見バラバラではあるが、獣の耳をしており、尻尾が生えているのは全獣人に共通している。
人間領より高地に位置するこの場所から、空を眺めている者が二人。
「ねぇ、見た?、今の見た?」
はしゃぐ女の声がする。
その指は、夜に染まった地平線を指している。
「えぇ、見ましたとも。
遠くでしたが、あれだけの規模だと見逃すはずがないですね」
それに男は、ゆったりとした口調で答える。
顎に手を当て真夜中に起きた先程の出来事を思い返している。
今は、まだ夜明け前。
空は、まだ暗い。
そんな中、向こうの空が明るくなり、夜空に青空が覗き一際明るい光が中心に現れたかとおもったら消えた。
どうして、彼がこのような時間にこのような辺地にいるかというと、理由は単純。
隣にで興奮が冷めずに騒いでいる女が「朝日が昇るのが見たい」と言い出したからである。
彼女は好奇心旺盛でおもった事を決めたら、やらずにはいられない性分なのだ。
二人は旅人であり、世界を気ままに旅している最中だ。
今回も、立ち寄った宿で店主から、「山の向こうは、断崖絶壁があって、その先には、人間が住んでいる」という話を聞き、その絶壁を彼女がみたいということになったからだ。
着たら着たで、
「向こうから日が昇るんだよね?
じゃあ、ここから朝日を眺めたら綺麗に違いない!」
と、言い出し夜明け前から日が昇るのを待ち続けていた。
そしたら、先程の現象に遭遇したのだ。
「あんなの使うって、どんなやつかな?」
「年老いるまで独自に研究を続けた高齢の魔法使いじゃないんですかね」
女の問いに、男は適当に思い浮かんだことを答える。
「どんな状況かな?」
「戦争とかじゃないですか?
だとしたら、関わらない方が良いかと」
あれだけの現象を引き起こしたのだ。
その効果も計り知れない。
迂闊に近付けば無事では済まない可能性もある。
「でも、興味あるんでしょ?」
内心をくすぐるような一言。
男は答える。
「それは、勿論。
魔法を扱うのは夢でしたからね。
そして、今の私はそれができる。
扱えるなら極めたいと思うのが人でしょ」
「人かな~?」
女の含みのある言い方。
それについては男自身が一番に理解している。
「まぁ、亜人ですね。
それに獣人域では魔法はあまりありませんでしたからね」
女の気の向くままにとは違い、男には目的がある。
先も口にした通り魔法についての知識の収集だ。
前に居た地域と比べ、身体能力の高い獣人たちは、魔法を使わずとも生活に支障があまりない。
故に、独自の魔法などがなく男は知識に飢えていた。
「じゃあ、行って確かめよう!」
女のこの誘いに肯定を返そうとしたが、男はそこで新たな事実に気がついた。
「待ってください。
人間に接するのは初めてなんですよ。
あなたはともかく、獣人にすら驚かれた私が行ったらどうなることやら…」
この二人、性別だけでなく種族も違う。
女の種族は有名であり容姿も相俟って問題はないかもしれない。
しかし、男の方はどうであろうか?
種族としては、メジャーだが容姿も世間の評判も良いところを聞いたことがない。
それも自分では納得してはいるのだが…
「そんなときは、アタシがどうにかするって」
女は指を胸に当て言い切った。
「ホントですか?」
「なんとかなるって!!」
彼女が言い切ったのだからどうにかなるのだろう。
旅の支度や計画については、不安のある彼女だが、人との関係は、うまくやってきた。
「で、目的地までどのくらい?」
女の言葉に、男は目的地までの距離を計算する。
ここからは見えないので、先程の変化のあった空の場所を思い出しざっくりと答えを出す。
「地平線の向こうですから2日くらいですかね」
「逃げられたら、面倒だから半日で行こう!!」
清々しいほどに行き当たりばったりで無茶難題を振ってくる。
「物理的に無理ですって」
「大丈夫大丈夫。
あんたの身体とアタシの術があればあっという間。
今回は、アタシも本気出すからさ!!」
彼女の術。
それは少し変わっている。
確かに、組み合わせれば可能かもしれない。
「わかりました。
途中で尽きないでくださいよ」
「それじゃ行くよ!!」
そう言って女は男の手を掴むと、遥か下に見える人間の住む大地を目指し断崖絶壁から飛び降りた。
空は、ほんのりと明るく夜明けを迎えようとしていた。




