偽り人
青い空が急速に色を失い、再び夜空となった。
ハイドラットは目の前で起こったことに驚かずにはいられなかった。
「どうじゃ、これがわしの力じゃ!!」
背中から落ちそうなくらいに踏ん反り返ったルラ誇らしげに言う。
その姿にイラッとした。
ハイドラットは自分の両肩に通している紐に指をかける。
この紐は背中の幼女の腋下を通してある背負い紐だ。
それを勢い良く前に引く。
ゴンッ!
「「ぃっツーーー!!」」
勢いよく戻ってきた幼女の頭がハイドラットの後頭部にぶつかり二人して頭を抱える。
「何をするのじゃ!」
「あっ!いっつー、ん、まぁ…」
ルラは、額を押さえ抗議するが、ハイドラットは言葉を濁し答えない。
「イラついたから」とは正直に言えない。
そんなことをするほど自分は大人気なくはないのだ。
少し落ち着いた。
だが、冷静に考えるほどにイライラが沸々と込上げる。
「お前のせいで問題が…」
ハイドラットが文句を言いかけたちょうどその向こうで、
「カーカッカッカッカ!!どーだ、お前ら!!
これがこの俺様、トリアス・トリスタン・トリニティの実力!!
俺様のクード級魔法、エンシェントフレアによって、あの怪物を跡形もなく消し去ってくれたわ!!」
転がっている石に片足を立て、親指で自分を指し、そう高らかにトリアス・トリスタン・トリニティが周囲に宣言した。
周囲から歓声が上がる。
「問題がなんじゃ?」
「…解決した、ありがとう」
改めてのルラの問いに先程までと真逆の答えを返す。
苛立ちは消えていた。
模造人形を消し去った術は間違いなくルラが使った。
それは、ハイドラットは確信している。
問題なのは、その威力と現象だ。
魔法耐性のあるはずの模造人形を一瞬で跡形もなく消し去り、真夜中に昼を呼び寄せた。
とんでもない魔法だ。
ここルブラスカだけじゃない。
天蓋を染め上げたあの魔法は多くの場所から目撃できたはずである。
空すら塗り替えてしまう魔法。
そして、その威力。
それを知って放っておく者がいるはずない。
術者は、多くの者から追われることになるに違いない。
そもそも、模造人形の命令権はルラにあり、彼女の「止まれ」の一言でで終わるはずのだったのだ。
それをまさか、こんなとんでもない魔法を使うとは予想すらしていなかった。
問題を解決しようと奔走した先で新たな問題を起こされ、しかもそれが自分の手には余る大事だった。
事態の収拾をどうするべきか解らず、ハイドラットは先程まで苛立っていた。
しかし、その問題を率先して肩代わりしてくれるバカがいたのだ。
トリアス・トリスタン・トリニティ
ヤツが放とうとした魔法は明らかに不発に終わった。
失敗して愕然しているトリアスの姿をハイドラットは目撃している。
そこに丁度、ルラの放った魔法が重なった。
あの場でルラが術を行使していたのを知っているのはハイドラットだけだろう。
それにあのバカは、事前にクード級を行使する宣言をしていた。
傍から見れば、あの魔法はトリアスが放ったように見えたのだろう。
トリアスは、魔法使いを名乗っている。
自分の魔法の成否は自覚しているはず。
保身の為か。
それとも、名誉の為か。
いずれかは知らぬがヤツは乗ったのだ。
自分こそが、あの魔法の使い手なのだと。
ならば、それに乗ってやるのは悪いことじゃない。
自分は『逃げのハイドラット』
彼が用意してくれた逃げ道を逃げるとしよう。
「うっし、目的も達したし、休むとするか」
「うむ、そうじゃの!」
礼を言われて、少ばかり上機嫌のルラを背にハイドラットは、その場をあとにした。
後ろからは、湧き上がる冒険者たちの声がした。
この日、トリアス・トリスタン・トリニティは、正門爆破の容疑で王都騎士団に捕まったのだった。




