正門前
ハイドラットは叫び声を上げながら逃げ回る。
「おぬし、どうしたのじゃ。騒がしいぞい」
背中から幼女の声がする。
どうやら、騒いでるうちに起きてしまったようだ。
「いや、これから難関を突破しようと思ってな。
その為にはコイツに襲われたことにしないとマズいのよ」
「そういうことかの。わしの認めた男が、
こやつを相手に情けない姿を晒しているのではないかと不安になったぞ」
ルラが鼻息を漏らしながら首に掛かる手に力を入れる。
どうやら、ルラにずいぶんと信用を置かれているようだ。
背中に微妙な膨らみを感じながら駆け上がる。
階段を駆け上がった先には、この迷宮一帯を囲む壁と正門が見える。
そして、その正門の警備に当たっている人がいつも通り二人。
一応それなりに実力のある者が配置されているはずなのだが、模造人形を目にした途端、もう一人の方にすがり始めた。
そのもう一人なのだが、地面に座り込んだままぐったりとしており動く様子がない。
(もしかして寝てんのか?)
日中は開け放たれている正門も夜は安全のために閉められている。
警備している者は、中との連絡を担ってもいるのだが気が動転しているのかここでの応援を呼ぶ様子はない。
なんにせよ好都合だ。
これから背中の幼女を担いで正門を通り抜けるには、模造人形を利用しなくてはならない。
それを邪魔する者がいないのに越したことはない。
迷宮の中、遠回りしてこの時間を選んだのも人が少ないからだ。
日のあるうちであれば数いる冒険者や大聖堂の神官たちによって正門に辿り着く前に模造人形を止められてしまう可能性もあった。
それに正門の向こうには王都騎士兵団の駐屯地だ。
昼間は開いていて素通りできる門も閉じている。
騎士団が駆けつける前に正門内に飛び込んでしまえばハイドラットの目的は達成できるはずだ。
模造人形の攻撃を避けつつ、正門へ近づく。
模造人形攻撃は威力は恐るべきものだか、所詮はゴーレムの上位種。
自分で考えることのないその攻撃は単調なものである。
斧を振りかぶった腕が止まったら、振り下ろす。
このタイミングが変わることはない。
厄介なのは、防御力が桁違いであり、ここに来る間にあった冒険者では止められなかった。
その巨躯と鎧の放つ威圧感に圧されなければ避け続けることは容易い。
「おい、助けてくれ!!」
ハイドラットは、警備の者に叫ぶ。
目撃者には証人になってもらわなければならない。
ハイドラットが警備に助けを求めた結果、追ってきた模造人形に正門への侵入を許したと。
その警備だが、模造人形に恐れをなしたのか寝ている一人を残して正門の中へと逃げ込んでしまった。
おっさんが一人残されている。
「おい、おっさん。起きろ。そこにいると死ぬぞ」
警備らしきおっさんに声をかける。この状況で寝ていられることに驚きだ。
胸倉を掴んで立ち上がらせ前後に揺する。
進路上に寝ていられても邪魔でしかない。
見捨てるという選択も無くは無いがハイドラットだって、そこまで非道ではない。
「あぁん?うっせーな。まだ朝じゃねーだろ」
おっさんは、しかめっ面で態度はでかいが、ハイドラットが掴んでいる腕に両手を入れると一瞬で振りほどいた。
「誰だ。てめー?」
おっさんの吐く息から酒の匂いがする。
どうやら酔っ払っているようだ。
動作は鋭いものの状況判断ができていない。
「魔物が迷宮から出てきた、勝てないから逃げてくれ」
さすがに、助けてくれとは言わない。
状況判断のできない酔っ払いを戦わせても死人を増やすだけだ。
だが、ハイドラットのこの言葉はこのおっさんの琴線に触れるものがあったらしい。
「はぁ?魔物だぁ。ほんなの相手にならん。おれ~の力をみへてやる~。」
そう言って酔っ払いは、ハイドラットを押しのけるとふらふらと模造人形の方へ進んでゆく。
「おい!!」
声を掛けるがすでに遅し。
「おれさぁまは…」
酔っ払いは抜刀しようとしたのか途中でその動きが止まる。
当然だ。
おそらく抜こうとしたその剣は、先程まで酔っ払いのいた場所に鞘ごと置いてある。
その隙を横薙ぎの一閃が酔っ払いを襲う。
酔っ払いは一撃をその身に受け外壁に吹き飛ばされた。
ブチャッと潰れるような音がしたが、かろうじて生きているようだ。
運が良い。
これが縦の一撃であれば、力の逃げどころがなく、その身は二つに分かれていたに違いない。
邪魔者がいなくなり、今度こそ模造人形はハイドラット目掛けてその一撃を振り下ろす。
地を揺らす一撃を避けハイドラットは正門に辿り着いた。
門を押す。
少し内側に動くが中から圧力が加わっているのか押し返される。
気配を探ってみると扉のすぐ向こうに人の気配が一つ。
どうやら開かないように押さえつけているようだ。
「開けてくれ!!おっさんがやられた。死にたくない!!」
扉を叩きながら中に居る者に聞こえるように叫ぶ。
魔物がすぐそこに迫っているというアピールだ。
これで対応準備くらいはできるだろう。
「死にたくない!!」
耳元で叫び声がした。
叫び声のしたほうの耳を手で押さえ後ろの幼女に問う。
「お前は、何をしてんだ?」
「わしだって騒ぎたいのじゃ」
しれっとそんなことを言った。
この幼女、肝が太いうというかなんというべきか…。
起きてから、背中でハイドラットが避けているのを見ていたのにはずなのに余裕そうである。
自身が死ぬかもしれないという気は毛頭ないようである。
「お前の出番はもうちょっと後だからな。
ここ抜けるまでは静かにしていてくれないか?」
「出番があるのじゃな!」
そう言って顔を輝かせると「ん」と口を噤んだ。
元はといえば、今やっている一連の騒動は、この幼女を迷宮から秘密裏に連れ出すための作業だ。
ここで幼女が騒いで見つかってしまっては元も子もない。
通り抜けるまでは黙っていてもらう。
ハイドラットは扉のギリギリまで近寄ると模造人形の攻撃を待った。
避けた攻撃はその勢いのまま扉へぶつかり激しい音を立てる。
三度目に横薙ぎの一閃が扉を叩いたとき、その衝撃で正門の扉が勢いよく開いた。
その中にハイドラットは飛び込んだ。
それを追って模造人形が正門へと進入してゆく。
同時に、けたたましい音が鳴り響いた。




