警備
マーティスは、今宵、神殿区の正門警備に当たっていた。
ここを警備する兵は四人。
王都管理の神殿区から派遣された神殿兵が二人。
冒険ギルドから派遣されたギルド兵が二人。
配置としては、神官などの顔が分かる神殿兵が街側。
魔物と戦闘経験があり、対処に慣れているギルド兵が神殿側。
正門の中にはの管理者三人と荒事対処のための傭兵が二人。
深夜といえど、そこそこの人通りがある。
冒険者は、朝方に迷宮に潜り夕方になる前に引き上げるのが他の場所では普通だが、ここは迷宮都市ルブラスカ。
大迷宮のある街だ。
潜ったいいが帰還が何時になるかは潜った当人でさえ分からない。
特にここ数年は比較的浅い層の一階層・二階層の探索がほぼ終わったようで、新たな通路、部屋の発見のためには、より深く潜らなくてはならなくなった。
その分、懸賞もあがっている。
マーティスがここにいるのはこの警備が仕事の割りに報酬がいいからだ。
探索をするわけでもなく朝まで立っていればいい。
終わりの時間が決まっている。
かつては、魔物退治の為なんて理由もあったが、今ではそんなことは殆ど無い。
ここ数年は0回である。
故に元は十数人派遣されていた警備兵も今では、半分はギルド派遣。
しかも、四人。
門の反対側にいるベテランの冒険者ヘーデルなんかは座りこんで大きな欠伸をしている。
「おい、若造。おるぇは少し寝る、ふぁんかはったら起こすぇ。」
ヘーデルは欠伸をしながら、そう言うと壁にもたれかかり寝息をたて始めた。
実に楽な仕事だ。
問題があるとすれば季節が夏に差し掛かり着ている鎧が蒸して暑いというところだろう。
脱ごうかとも思ったが、サボっているヘーデルさえ着たままなのだから脱がないほうが無難なのであろう。
大聖堂の背後に見える二つの月を見上げながらマーティスは考える。
(叡智の秘法ね…、そんなもの本当にあるのかね)
確かに迷宮は広大でいまだに全貌が掴めない。
迷宮の攻略も探索型より、魔物狩りを専門とする戦闘型の方が主流に為りつつある。
その理由は、迷宮の魔物が落とすアイテムにある。
通常、霧となって消えてしまう魔物たちだがマナ結晶を落とすことが稀にある。
これは高価なアイテムで持ち帰るとそれなりの収入になる。
遺産と違い国からも回収がかからない。
当初は、全て回収されていたが、入手量が多く高価であり加工しなくては使えないため国からの許可が下りている。
現在では、ルブラスカの名産になりつつある。
(まあ、その日過ごせる金があればいいんだけどな)
戦うのは面倒だ。
命をかけるが割に合っていない。
そんな風な事を考えしばらくして、今日の日雇いで貰える金を何に使うかに考えを巡らせた。
どれくらい時間が経ったのか時間を確認しようと月を見上げる。
端にあった赤い月は大聖堂の中央を通り過ぎようとしていた。
かなり時間が経っていた。
珍しいことに迷宮から出てくる者がほとんど居ない夜だ。
(おい…、この時間に冒険者が少ないにしても来ないにしても少なすぎじゃないか?)
マーティスは、不安に駆られる。
単にやることがなさすぎて、いつもは気にしないことを気にしてしまったようだ。
気の迷いだとその不安を振り払おうとした。
そのとき、遠くに今までに聴いたことの無い音が聞こえる。
近づいてくるその音に今度こそ本当の不安を覚える。
そして、その音が止んだかと思うと
ドオォン!!
何かを叩きつけるような凄まじい音が響いた。
そして、
「助けてくれーーーーーーーーーーーーーー!!」
男の声が響いた。
迷宮の方に視線を向ける。
階段を下ったところに入り口があるはずだがここからは、遠くて確認できない。
暫くすると階段で途切れた平線に人が姿を表した。
助けを求め崩れた顔が無様だ。
だが、ここに魔物が現れたのはここ数年は、無かった異常事態。
慌てて腰に下げた剣を引き抜き構える。
そして、それが姿を現した。
黒いそれは、二階層に現れる彷徨う鎧だろうか?
逃げまわっている男には見覚えがある。
自分より、弱冠若く冒険ギルドの探索部門に置いて功績を残している男、ハイドラットだ。
功績は多いがその実、戦闘に置いては、からきしだという噂だ。
そんな男が逃げ回っている。
これは、臨時収入のチャンスだ。
助けたことを理由にこの男から金をせしめればいい。
彷徨う鎧なら何度かやりあった事がある。
硬いが倒せない相手ではない。
にたりと片頬を吊り上げ笑う。
しかし、その笑いは凍てつく事になる。
ハイドラットを追って階段の影から現れたそれは優に3mを超えている。
高々と持ち上げられた斧はそれだけで2mはあろう巨大さだ。
彷徨う鎧なんて優しい代物ではない。
それとは倍以上の差がある。
腕の長さも相俟って高さ6mほどから繰り出される一撃は受ければ必殺に違いない。
掲げた斧と全身覆う漆黒の鎧の間から赤い月が照らし不気味さを一層引き上げていた。
まるで死神のようである。
「ヘーデルさん!ヘデールさん!!ヤバい!起きて、起きて!!」
マーティスは、ヘーデルを叩き起こすが、起きない。
近づいて肩を激しく揺する。
「ぐごぉ、うっせーな。まだ、くれぇーじゃねーか、ふぁははで起こふんじゃねー」
鼾で鼻を鳴らしながら腕を払い再び寝入るヘーデル。
その口からは酒の匂いがした。
いつの間に飲んでいたのか横には瓶が転がっている。
(まずい、まずい、まずい)
マーティスは焦る。
応援はない。
通常であれば対処はできるだろうがアレは、無理。
すでに心が折れてしまっている。
そもそも、マーティスは命を懸ける人間ではない。
この仕事だって安全で稼ぎがいいからやっていたに過ぎない。
こんな状況想定していない。
「おい、助けてくれ!!」
ハイドラットの叫びが届く。
そのとき、
「なんだ騒がしい」
正門の鉄扉が中に開き屈強そうな男が現れた。
マーティスは、すかさずそこへ飛び込み男を押しのけ扉を閉める。
「かか、っか、閂を。閂を下さい。」
「何の騒ぎだ。」
「ばば、ばっ、化け物が!!」
「それを何とかするのがお前の仕事だろう」
冷静な男の返しに苛立つ。
全力で扉が開かないように押さえつける。
「やばいんですって。
俺なんかじゃ話になりませんよ!!」
ブチャッっと何かが潰れる様な音とともに「ふがっ」という空気の抜けるような呻き声。
ドオォォンという地を揺らすような凄まじい振動が駆け抜ける。
そして、扉を叩く音が続く。
「開けてくれ!!おっさんが殺られた。死にたくない!!」
「死にたくない!!」
扉の向こうからハイドラットともう一人、子供のような声がする。
マーティスは青ざめながら必死に扉を抑える。
ドンと重い衝撃がかかる。
見上げれば鉄の扉の一部がこちらに凸んでいる
開けば死ぬ。
自分が生きるためなら、この向こうがどうなろうと構わない。
腰を落とし踏ん張りを利かせる。
「手伝ってください!!」
マーティスは、筋肉質な男に扉を押さえるように助けを求めた。
ようやく異常に気づいた男が扉を押さえ中のもう一人に指示を飛ばす。
「閂持って来い!!」
ズォォォォンと二度目の衝撃。
マーティスは、歯を食いしばり必死に耐える。
冷汗とまらない。
呼吸が荒く音を立てる。
全てが夢であって欲しい。
そう願った。
そして、三度目の衝撃が走り、気がつけばマーティスは、中を舞っていた。
今まで聴いたことの無いような警報がけたたましく鳴り響く中、マーティスの意識は闇へと沈んだのであった。




