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*64*アレクシスとミゼリカのuntrue love story XIV

「……なるほどね」

「……。知らせるべきか迷ったのだが、彼の想いも届けてやりたくてな」


 兄上は「ふー」と一度大きく息を吐き、眉間に皺を寄せながら厳しい表情を浮かべた。


「……ええ、兄上のお気持ちも分かりますよ。気にしないで下さい」

「悪いなアレクシス。それに……ミゼリカも」


 突然声を掛けられたミゼリカは、ハッと目を丸くさせながら、びくりと大きく肩を震わせた。そして、弱々しく兄を見上げる。


「あっ、いえ……いいのです。気にされないで……下さいませ」


 そう言って僅かに口角を上げた。それはミゼリカにとって”笑顔”のつもりだったのだろうが、俺はそこに白々しさを感じてしまった。

 両の目から溢れてくるものを隠そうともしない。そんな状態で無理矢理に笑みを浮かべさせている彼女は、消えてしまいそうなくらい儚い存在として自分の目に映った。


「じゃあ、また後でな」

「はい」


 兄は踵を返し、この場を後にした。コツコツと数人の足音が玄関(エントランス)に響く。しかし、最後に扉を閉めた兵士の姿も見えなくなると、途端にしん……と静寂が包んだ。




 文の差出人は、クロフォード伯爵であった。彼はミゼリカの元婚約者、ヴェルナーの父である。

 

 クロフォード伯爵によれば、ヴェルナーが婚約を破棄したのは本意では無かったのだという。ヴェルナーは心の底からミゼリカを愛していた。それは父である伯爵の目から見ても疑い無いもので、彼や彼の夫人もミゼリカを実の娘のように迎える準備をしていたらしい。


 しかし、それはヴェルナーを蝕む病によって儚い夢となる。


 ある時、数日もの間、ヴェルナーは原因不明の高熱に襲われてしまう。おかしいと思い、医師を呼び診察を受けたが、医師から返って来た応えは「定期的に受診しながら服薬を続け、もってあと数年」という絶望的なものであった。


 そんな、あまりにも辛い現実を突き付けられたヴェルナーにとって、一番の心残りはミゼリカだった。


 「死ぬことが分かっている者と結婚したところで、果たして彼女は幸せなのだろうか?」「もっと彼女を幸せに出来る男がいるんじゃないのか?」――そんな事を連日連夜考えるようになった。

 だが、幼い頃からヴェルナーの婚約者として、ずっと傍にいたミゼリカ。同じものを見て、同じものを食べ、同じ場所で生きて来た彼女を、そう簡単に手放す事など出来る筈も無かった。

 しかし、こんな想いとは裏腹に、刻一刻と時は流れていってしまう。ならば直ぐにでも式を挙げてしまおうかとも考えたらしいのだが、彼が没した後、経歴に傷が付いてしまったが為に、ミゼリカの嫁ぎ先がなくなってしまうのではないかと身を焦がす思いで諦めたそうだ。


 そうして悩み、苦しみ、葛藤のなか決断したのだ――ミゼリカとの婚約を破談にしようと……。


 それはクロフォード伯爵にとっても、非常に辛い決断だった。けれど、そこに行くまでヴェルナーがどれ程苦しんでいたのかも知っている。だからこそ、後ろ髪を引かれながらも全てを彼に委ねる事にしたのだ。

 そうして最もらしい嘘をつき、一方的にミゼリカの父であるウィンザー伯爵へと婚約破棄を言い渡した。結局、ヴェルナーとミゼリカは一度も顔を合わせる事無く、今生の別れとなったのだ。


 否、”なる筈”だった。


 俺とミゼリカの婚姻の話は、当然クロフォード伯爵家へも伝わる事となる。そして、いつしか子を身籠ったという事も。


 ミゼリカと縁を切った後も、辛い闘病の中、ヴェルナーは彼女を想い続けていたそうだ。例えミゼリカの伴侶が別の男だったとしても、彼女の幸せをいつも祈っていた。

 広い空を眺めては遠い存在となってしまったミゼリカを想い、彼女の誕生日には共に過ごした部屋に雛罌粟(ポピー)を飾ってお祝いしたらしい。


 次第に体中を病に侵され、やせ衰え、昔のような生き生きとした姿ではなくなってしまっても、ヴェルナーのひたむきな気持ちは常に彼と共にあったのだ。


 クロフォード伯爵は、時折そんな彼の様子を目にしては、「神の使いがやって来るその時まで穏やかに生を全うしてくれれば」と願ったそうだ。そして、「きっと、そうなるだろう」とも。


 だから、ヴェルナーの”本当の想い”に気が付けなかったのだ。


 ミゼリカの懐妊が知らされた数か月後、俺とミゼリカがトマス・グロスター公爵邸へと居を移す事が貴族たちに伝えられた。当然、クロフォード伯爵家も例外では無かったのだ。

 多少は迷いもあったが、それ程気に留めもせず伯爵はそれをヴェルナーに伝えたらしい。それだけ安心しきっていたのだ。「ミゼリカへの想いは、別のものへと形を変えたのだろう」と。



 しかし、それは大きな間違えだった。

 あの日――俺とミゼリカがグロスター公爵邸へとやって来た日に、それに気付かされる事となる。


 ヴェルナーはミゼリカへ復縁を迫る為に公爵邸へと押しかけたが、言うまでもなく彼の目論見(もくろみ)は直ぐに失敗に終わったのだった。

 暫く公爵邸で拘束されていたヴェルナーだったが、その後、ミゼリカのお蔭で釈放された。家へ帰された彼はひどく落ち込んではいたが、どこか吹っ切れたような顔をしていたらしい。


 ヴェルナーは、「もしかしたら、ミゼリカの気持ちは未だ自分にあるのではないか?」という幻想に縋りつき、「ならば最期は彼女の傍で幸せなまま逝きたい」という願いが抑えきれなくなってしまっていた。

 周りからは心穏やかに見えていたヴェルナーだったが、逃れられない死への恐怖が爆発した結果、あのような行動を起こしてしまったらしい。


 そんな彼の目に映ったのは、多くの近衛兵に守られている”王子妃”となったミゼリカであった。

 あの時、手を伸ばしても届かなかったミゼリカ。物理的にという意味だけでなく、自分と彼女は離れ過ぎてしまった事をヴェルナーはようやく悟ったのだ。


 それから彼は、穏やかに、安らかに”その時”を迎える事にした。「ミゼリカと生きていたのは過去の自分」であり、「ミゼリカと今を生きているのはアレクシス王子」であると結論付けたのだ。


 そうして、つい先日、ヴェルナーは短い生涯を終えたという――

 


 

 これが、クロフォード伯爵が語った”彼の想い”だ。文の最後にはこう綴られている。 


 『ミゼリカ、あの時は息子が迷惑を掛けてしまったね。親として、とても申し訳なく思っているよ。こんな事実を知らされて、君は今ひどく戸惑っていることだろう。だが、息子の父親としてどうしても伝えたかった。君には私の我が儘に付き合せてしまって本当にすまないと思う。

 けれど、これだけは伝えたかったんだ。

 息子は命が尽きるその時まで、ずっと君の事を想っていた。君の事を愛していた。あの子の親だから分かる。

 それだけ言いたかったのさ。せめて息子の想いだけでも君に知って欲しかった。

 それと、最後にもう一つ。

 息子は君の幸せを一番に願っていた。私や妻も同じ気持ちだ。私たちは親子にはなれなかったが、君の事をずっと娘のように思ってきた。こんな結果になってしまい、正直神を恨むよ。

 だからお願いだ。息子が君を想って幸せなまま逝ったように、君もいつかやって来るその時に幸せだったと思える人生を歩んで欲しい。


 またいつか逢えることを願って   ロベルト・クロフォード』






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