忍び寄る影
弟と妹の能力鑑定が終わってから、数日が過ぎた。
二人の優れた才能は、屋敷の中だけでなく、貴族たちの間でも大きな話題となっていた。
人間族が得意とする火と雷の上位魔法に適性を持つ弟。
同じく火と雷に加え、風と光にも適性を持つ妹。
二人の結果は、名門貴族の血筋にふさわしいものとして、多くの人々から称賛されていた。
一方で、その話題には必ずといっていいほど、もう一人の名前が並べられた。
兄である主人公のことだ。
「弟君と妹君は、まさに素晴らしい才能をお持ちですね」
「それに比べて、長男は……」
「八属性すべてに適性があるという話でしたが、結局は初級魔法までなのでしょう?」
「名門貴族の跡取りとしては、少々問題がありますな」
そんな会話が、貴族たちの集まりで聞かれるようになっていた。
主人公に対する評価は、弟妹の鑑定結果を境に、さらに厳しくなっていた。
そして、その状況を利用しようとする者たちがいた。
***
ある夜。
屋敷から離れた場所にある貴族の邸宅。
外からは明かりが漏れているものの、窓には厚いカーテンが掛けられ、室内の様子をうかがうことはできなかった。
そこには、主人公の能力を以前から問題視していた貴族たちが集まっていた。
「弟と妹の鑑定結果は、聞いているな?」
「ああ。二人とも、将来が楽しみな才能だそうだ」
「火と雷の上位魔法に適性がある弟。妹も同じ二属性に加えて風と光か。実に見事な結果だ」
一人の貴族が、手元の書類を机に置いた。
そこには、主人公のこれまでの能力鑑定の結果が記されていた。
「だが、長男はどうだ。八属性に適性があるという珍しい才能を持ちながら、使用できるのは初級魔法まで。十歳の再鑑定でも結果は変わらなかった」
「努力によって魔力の制御は上達したそうだが、魔法の階級は上がらない。これでは将来も期待できないだろう」
「本人に悪意があるわけではない。それは分かっている。しかし、名門貴族の家を背負う者として考えれば、話は別だ」
部屋にいた者たちは、静かにうなずいた。
彼らにとって、主人公の存在は以前から目障りだった。
そして今回、弟と妹が優れた才能を示したことで、状況は変わり始めていた。
「弟君と妹君が成長すれば、家の将来を任せるにふさわしい存在になるかもしれない」
「だが、現在の跡取りは長男だ。家の者たちがそれを変えるつもりがなければ、我々にはどうすることもできない」
「だからこそ、周囲の評価を変えていく必要がある」
年長の貴族が、ゆっくりと口を開いた。
「まずは、長男が跡取りとしてふさわしいのか、疑問を持つ者を増やす。弟妹の才能を称賛しながら、長男の限界を話題にする。それだけでも十分に意味がある」
「家の中でも、次第に意見が分かれるようになるかもしれませんな」
「焦る必要はない。今すぐ何かをする必要もない。機会が訪れるまで、情報を集めておくのだ」
誰も大きな声を上げることはなかった。
しかし、その場にいた全員が同じ方向を向いていた。
主人公を、跡取りの座にふさわしくない存在として扱うこと。
そして、いずれはその立場を揺るがすこと。
それが、彼らの狙いだった。
***
一方、その頃。
主人公は屋敷の庭で弟と妹の魔法の練習に付き合っていた。
「お兄ちゃん、見て! 火が出たよ!」
弟の手のひらに、小さな炎が灯る。
「上手になったね。昨日より安定しているよ」
「本当?」
「ああ、すごいよ」
妹も負けじと手を伸ばし、そよ風を起こした。
「わたしもできた!」
「うん。二人とも毎日頑張っているね」
主人公は笑顔で二人を褒めた。
弟と妹が魔法を使えるようになることは、彼にとっても嬉しいことだった。
自分が初級魔法しか使えないことを、忘れたわけではない。
けれど、だからといって二人の才能を妬む気持ちはなかった。
「お兄ちゃんは、どんな魔法でも使えるの?」
弟が無邪気に尋ねた。
主人公は少し考えてから答えた。
「どんな魔法でも、というわけじゃないよ。でも、基本的な魔法なら八つの属性を使えるんだ」
「すごい!」
妹が目を輝かせる。
その言葉を聞いて、主人公は少しだけ嬉しくなった。
周囲の貴族たちは自分のことをどう評価しているのか。
それは分かっている。
それでも、弟と妹にとっては、自分は変わらず大好きな兄なのだ。
その事実が、主人公の心を支えていた。
***
その日の夜。
父親は、一通の手紙に目を通していた。
差出人は、先日集まりに参加していた貴族の一人だった。
内容は弟と妹の才能を称賛するものだったが、最後に書かれた一文が父親の目に留まった。
『今後の家の将来を考え、後継者についても改めて検討されてはいかがでしょうか』
父親は手紙を机に置いた。
「……もう動き始めたか」
隣にいた母親が、心配そうに父親を見る。
「やはり、あの子のことを……?」
「まだ確かなことは分からない。だが、今回の鑑定結果を利用しようとしている者がいるのは間違いないだろう」
父親は窓の外に目を向けた。
主人公はまだ幼い。
そして、魔法の階級を変えられないという事実を、誰よりも本人が理解している。
それでも父親は、息子を守るという考えを変えるつもりはなかった。
「どんなことがあっても、あの子は私たちの息子だ。誰にも、その価値を決めさせるつもりはない」
母親も静かにうなずいた。
屋敷の外では、少しずつ何かが動き始めていた。
主人公はまだ、その影の正体を知らない。
しかし、穏やかだった日々の裏側で、彼の立場を揺るがそうとする動きが、確実に始まっていた。




