変わらないもの
十歳の誕生日を迎え、自分の魔法の限界を知ってから、少しずつ周囲の景色が変わっていった。
それまで心のどこかで抱いていた疑問。
どうして自分だけが中級魔法を使えないのか。
どうして、どれだけ練習を重ねても階級が上がらないのか。
その答えは、能力鑑定によって明らかになった。
自分は、どれほど努力を重ねても初級魔法までしか使えない。
それは一時的なものでも、努力が足りないからでもなかった。
主人公は、その事実を受け入れるしかなかった。
そして、その結果を知った貴族たちの態度も、以前とは少しずつ変わり始めていた。
「名門貴族の跡取りが、初級魔法しか使えないとはな」
「八属性すべてに適性があるというのに、実に惜しい話だ」
「次期当主として、本当にふさわしいのだろうか」
人前では丁寧に接してくる者もいた。
しかし、その目には以前のような期待はない。
同年代の貴族の子どもたちからも、距離を置かれることが増えていた。
以前は珍しい才能として興味を持たれていた八属性の適性も、今では期待外れの証拠のように扱われることがあった。
主人公は気づいていた。
自分を見る目が変わったことも、自分のいないところで何を言われているのかも。
それでも、誰かに怒りをぶつけることはなかった。
ただ、時折ひとりになると、自分の手を見つめることがあった。
「……僕には、これ以上は無理なのかな」
小さくつぶやいた言葉は、誰にも届かず消えていった。
そんなある日の夕食。
主人公が少し元気のない様子で食卓についていると、母親がそっと声をかけた。
「今日は少し疲れているの?」
「ううん、大丈夫だよ」
そう答えたものの、母親には隠しきれなかった。
「無理に元気を出さなくてもいいのよ。あなたが何をできても、できなくても、私たちにとって大切な子どもであることに変わりはないんだから」
父親も静かにうなずいた。
「魔法の階級だけで人の価値が決まるわけではない。お前がこれまで努力してきたことを、私は知っている。胸を張りなさい」
その言葉に、主人公はうつむいていた顔を少し上げた。
すると、隣に座っていた弟が小さな手で主人公の服を引っ張った。
「お兄ちゃん、あとで魔法見せて!」
妹も笑顔で続ける。
「わたしも! お兄ちゃんの魔法、好き!」
二人にとって、兄が初級魔法しか使えないことなど関係なかった。
兄がどんな魔法を使えるのかよりも、一緒に遊んでくれることのほうが大切だった。
「……うん。あとで見せてあげるよ」
主人公は久しぶりに自然な笑顔を浮かべた。
自分を取り巻く環境は、確かに変わってしまった。
貴族たちの期待は失われ、冷たい視線を向けられることも増えた。名門の跡取りとしての立場も、以前より厳しいものになっていくだろう。
それでも、家族だけは違った。
父も母も、弟も妹も、何ひとつ変わらず自分を愛してくれている。
そのことが、今の主人公にとって何よりも大きな支えだった。
食事を終えたあと、主人公は庭へ出た。
夜風に吹かれながら、手のひらに小さな炎を灯す。
次に水を生み出し、風を起こす。
土を動かし、雷を走らせる。
光と闇も、以前よりずっと正確に扱えるようになっていた。
どれも初級魔法。
それ以上には届かない。
それでも、これまで積み重ねてきた努力まで消えたわけではない。
「……できることを、やっていこう」
主人公は小さく息を吐き、手のひらの炎を消した。
いつか自分の力が、誰かの役に立つ日が来るかもしれない。
今はまだ、その方法も未来も分からない。
けれど、帰る場所には自分を愛してくれる家族がいる。
その温もりを胸に、主人公は再び前を向いた。




