才能の限界
主人公が九歳になった。
八歳の頃、同年代の貴族たちとの交流を通じて、自分よりも高度な魔法を使う子どもたちがいることを知った。
それ以来、主人公は魔法の練習にこれまで以上に力を入れるようになった。
目標は、中級魔法を使えるようになること。
そのために、まずは自分が扱える初級魔法の基礎を完璧にすることを決めた。
火、水、雷、土、風、無、光、闇。
八つの属性を一つずつ練習し、マナの制御、魔法の発動、威力の調整を繰り返す。
失敗すれば原因を考え、成功するまで何度も挑戦する。
そんな日々を送っていた。
◇
季節は移り変わり、九歳から十歳へと近づいていく。
主人公の魔法は、少しずつ、しかし確実に上達していた。
以前は不安定だった光属性と闇属性も、今ではかなり安定して扱えるようになっている。
火球の大きさや水の形を自由に変え、雷の発生場所を調整し、土や風を自在に操る。
無属性によるマナの制御も、以前とは比べものにならないほど正確になっていた。
家庭教師も、その成長には驚いていた。
「坊ちゃま、素晴らしい上達ですね」
「本当?」
「ええ。八属性の初級魔法については、非常に高い精度で扱えるようになっています」
「やった!」
主人公は嬉しそうに笑った。
しかし、喜びも長くは続かなかった。
「先生、そろそろ中級魔法も使えるようになるかな?」
家庭教師は少し困ったような表情を浮かべた。
「一度、試してみましょうか」
「うん!」
主人公は教えられたとおりにマナを集め、中級魔法の術式を組み立てていく。
だが、魔法は発動しなかった。
何度試しても結果は同じだった。
「……また、だめかぁ」
主人公は小さく肩を落とした。
これだけ練習してきたのに、どうして中級魔法だけは使えないのだろう。
家庭教師にも、その理由はわからなかった。
◇
そして、主人公が十歳の誕生日を迎えた。
屋敷では誕生日を祝う準備が進められていた。
父親と母親、そして弟と妹。屋敷の使用人たちも、主人公の誕生日を祝ってくれている。
「お誕生日おめでとう」
「ありがとう、お母様!」
「もう十歳か。大きくなったな」
父親は息子の頭を優しく撫でた。
「えへへ」
主人公は嬉しそうに笑った。
しかし、父親は一つの提案をしていた。
「十歳になったことだ。もう一度、能力を詳しく調べてみよう」
「能力鑑定?」
「ああ。五歳のときから、どれほど成長したのか確認してみるのもいいだろう」
「ぼく、もっと強くなってるかな?」
「きっとな」
こうして、主人公は再び能力スクロールによる鑑定を受けることになった。
◇
鑑定の間には、父親と母親、家庭教師、そして鑑定を担当する魔法使いが集まっていた。
主人公は台座の前に立つ。
「それでは、始めましょう」
魔法使いの指示に従い、主人公は能力スクロールに手を添えた。
淡い光が広がり、スクロールに文字が浮かび上がる。
属性適性――全八属性。
マナ保有量――同年代の人間族と比較して、非常に高い。
魔法制御――優秀。
そして、魔法階級。
使用可能階級――初級。
その結果を見た主人公は、少しだけ表情を曇らせた。
「……やっぱり、初級なんだ」
魔法使いはスクロールを確認しながら、慎重に言葉を選んでいた。
「今回の鑑定では、魔法の制御能力やマナ保有量も詳しく確認しています」
「うん」
「坊ちゃまは、この二年間で非常に大きく成長されています。マナの保有量も、同年代の子どもたちと比較して、かなり多い数値です」
「じゃあ、どうして中級魔法が使えないの?」
少年の問いに、魔法使いは静かに答えた。
「今回の結果から判断すると、坊ちゃまが使用できる魔法階級の上限は、初級と考えられます」
「上限……?」
「はい。これは、単に練習が足りないという問題ではありません。マナの量や魔法の制御をどれだけ鍛えても、現在確認できる能力の範囲では、中級以上の魔法を使用することはできないということです」
主人公は黙ってスクロールを見つめた。
上限。
何度も練習した。
家庭教師に教わり、失敗しても諦めず、毎日魔法を使い続けてきた。
それでも、届かなかった。
「……ぼく、もう中級魔法は使えないの?」
魔法使いはすぐに答えられなかった。
「少なくとも、今回の鑑定ではそのような結果が出ています」
その瞬間、主人公は理解した。
これまで自分が抱えていた疑問。
なぜ練習しても中級魔法が使えないのか。
なぜマナが増えても、魔法の階級が変わらないのか。
その答えは、自分の持つ能力そのものに、初級という上限があるからだった。
「……そっか」
主人公は小さく呟いた。
その声には、いつものような明るさがなかった。
◇
「やはり、そういう結果か」
父親は静かに息を吐いた。
母親は息子のそばへ歩み寄り、その肩に手を置く。
「大丈夫よ」
「お母様……」
「あなたが今まで頑張ってきたことを、私たちは知っているわ」
母親は優しく微笑んだ。
「魔法の階級だけが、あなたの価値を決めるわけではないのよ」
父親も頷いた。
「お前は我が家の長男だ。それに変わりはない。どのような鑑定結果であろうと、私の息子であることに変わりはない」
主人公は二人の顔を見上げた。
「……うん」
その言葉を聞いて、少しだけ安心した。
両親は、五歳の能力鑑定のときと何も変わっていなかった。
初級魔法しか使えないとわかっても、二人の愛情は変わらない。
それが主人公にとって、何よりも嬉しいことだった。
◇
しかし、貴族社会の反応は違っていた。
主人公が十歳を迎えた頃には、彼の能力鑑定の結果は一部の貴族たちの間で知られるようになっていた。
全属性への適性を持ちながら、初級魔法しか使えない。
しかも、その階級が本人の能力上限である可能性が高い。
その事実は、貴族たちの関心を集めることになった。
「全属性の適性があるというのに、初級までとはな」
「名門の家の長男としては、少々厳しい結果だろう」
「いくらマナを持っていようと、使える魔法が初級ではな……」
社交の場で、そんな声が聞こえることも増えていった。
以前は珍しい才能として興味を持たれていた全属性の適性も、今では初級魔法しか使えないという事実によって、違った意味で受け取られるようになっていた。
中には、主人公のことを露骨に見下す者もいた。
名門貴族の長男が、将来を期待できない存在になった。
そう考える貴族たちも少なくなかった。
そして、その中には主人公を以前から名門貴族の恥と考えていた派閥の者たちもいた。
「これで、あの家の後継者としての問題は明らかになったな」
「全属性という見かけだけの才能では、家を背負うことなどできまい」
「当主も、そろそろ現実を見るべきではないか?」
彼らは主人公の能力を理由に、その家の後継者としての立場を疑問視するようになっていた。
表向きは友好的な態度を取りながら、裏では主人公の評価を下げる機会を探していた。
◇
そんな周囲の反応とは関係なく、屋敷の中では変わらない日常が続いていた。
「お兄ちゃん!」
弟が主人公の姿を見つけて、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「どうしたの?」
「遊ぼう!」
「あはは、いいよ!」
主人公は弟を抱き上げ、妹のいる場所へ向かった。
母親はそんな三人を見て微笑んでいる。
「お兄ちゃん、今日は何して遊ぶの?」
「そうだなあ。お庭で遊ぼうか!」
主人公は二人の手を取り、庭へと向かった。
その様子を、父親も少し離れた場所から見守っていた。
主人公はまだ、自分の能力について完全に納得できたわけではなかった。
努力しても初級魔法しか使えない。
同年代の貴族たちからも、以前のようには見てもらえなくなった。
それでも、自分を大切にしてくれる家族がいる。
それだけは、何も変わっていなかった。
父親も母親も、弟も妹も。
彼らにとって主人公は、特別な魔法使いであるかどうかなど関係なく、大切な家族だった。
十歳になった少年は、まだ自分の未来を知らない。
自分にできることは何なのか。
これからどのような道を歩むのか。
その答えは、まだ見つかっていなかった。
ただ、ひとつだけ変わらないものがあった。
どれほど周囲の評価が変わっても、家族から注がれる愛情だけは、決して変わらなかった。




