届かない魔法
主人公が八歳になった。
七歳の一年間で、魔法の基礎を学び、貴族としての振る舞いやノルゼアについての知識も身につけてきた。
弟と妹も順調に成長しており、屋敷での生活は相変わらず穏やかなものだった。
そんな八歳の春。
主人公は父親から、同年代の貴族の子どもたちが集まる交流の場に参加するよう告げられた。
「同じくらいの年齢の子どもたちと会う機会だ。いろいろな話をしてくるといい」
「同じ年の子がいるの?」
「ああ。お前と同じように魔法を学んでいる子どもたちだ」
「楽しみ!」
主人公は嬉しそうに返事をした。
これまで魔法の授業は家庭教師とのものが中心だったため、同年代の子どもたちがどのような魔法を使うのか、純粋に興味があった。
◇
交流の場には、数人の貴族の子どもたちが集まっていた。
年齢は主人公と同じ八歳前後。
皆、身なりが整っており、貴族らしい振る舞いを身につけている。
最初は少し緊張していた主人公だったが、魔法の話題になると、すぐに打ち解けることができた。
「君は何属性が得意なんだ?」
「ぼくは全部だよ!」
「全部?」
相手の少年は少し驚いた表情を浮かべた。
「八属性全部に適性があるんだ!」
「へえ、すごいな!」
主人公は少し照れくさそうに笑った。
能力鑑定で全属性への適性が判明したことは、主人公自身も覚えている。
しかし、話をしているうちに、ほかの子どもたちが使う魔法についても知ることになった。
「僕は火属性が得意なんだ。最近、中級魔法が使えるようになったんだよ」
「えっ、中級魔法!?」
「うん。まだ練習中だけどね」
少年はそう言うと、手のひらを前に向けた。
周囲のマナが集まり、赤い光が広がっていく。
次の瞬間、少年の前に大きな炎が現れた。
「すごい……!」
主人公は思わず声を漏らした。
ほかの子どもたちも、自分の得意な魔法について話し始めた。
中級魔法を使える者。
複数の魔法を組み合わせて練習している者。
特定の属性を得意とし、難しい魔法に挑戦している者。
皆、それぞれに成長していた。
主人公は楽しそうに話を聞いていたが、心の中では別の感情が芽生え始めていた。
――みんな、すごいな。
自分と同じ八歳なのに、もう中級魔法を使える。
それに比べて、自分はどうだろう。
火も水も雷も、土も風も無も使える。
光と闇も、まだ苦手ではあるが、少しずつ扱えるようになっている。
それなのに。
自分は、まだ初級魔法しか使えない。
◇
交流から帰った日の夜。
主人公は自室で一人、今日のことを思い返していた。
「どうして、ぼくは中級魔法が使えないんだろう……」
小さく呟き、両手を見つめる。
五歳の能力鑑定で、全八属性への適性があるとわかった。
六歳になってから魔法を学び始め、七歳では八属性の基礎を覚えた。
それでも、使える魔法は初級まで。
家庭教師に何度尋ねても、明確な答えは見つからなかった。
自分には才能がないのだろうか。
いや、全属性に適性があるのだから、才能がないというわけではないはずだ。
「うーん……」
主人公はしばらく考え込んだ。
そして、ひとつの考えにたどり着いた。
「……もっと練習すればいいのかな」
中級魔法が使えない理由はわからない。
ならば、今できることをもっと上手にできるようになればいい。
初級魔法を完璧に扱えるようになれば、何か変わるかもしれない。
そう考えた主人公は、翌日から魔法の練習にこれまで以上に力を入れることを決めた。
◇
翌朝。
「先生! 今日から魔法の練習をもっと増やしたい!」
いつもの授業が始まる前、主人公は家庭教師にそう告げた。
「急にどうしたのですか?」
「中級魔法を使えるようになりたいんだ!」
家庭教師は主人公の顔を見つめた。
「何かあったのですか?」
「昨日、同じくらいの年の子たちと会ったんだ。みんな中級魔法を使える子がいたんだよ」
「なるほど……」
「ぼくだって使えるようになりたい!」
家庭教師は少し考えたあと、静かに頷いた。
「わかりました。ただし、焦ってはいけません。まずは基礎を徹底的に身につけましょう」
「基礎?」
「ええ。魔法は、ただ発動できればよいというものではありません。マナの量、制御、発動の安定性。そのすべてが重要です」
「じゃあ、ぼく、全部できるようになる!」
「その意気です」
こうして、主人公の新しい魔法の練習が始まった。
◇
それからの日々。
主人公は八属性すべての初級魔法を、一から見直すことにした。
火属性では、火球の大きさや温度を細かく調整する。
水属性では、水の形や流れを自在に操る練習をする。さらに、水を凍らせて氷を作る応用にも取り組んだ。
雷属性では、雷の発生と制御を安定させる。
土属性では、地面や小石を動かし、防御に利用する練習をする。
風属性では、風の強さや方向を調整する。
無属性では、マナそのものの扱い方を繰り返し練習する。
光属性では、指先に灯す光を安定させることから始めた。
闇属性では、手のひらに発生させた黒い靄を、一定の形に保つ練習を続けた。
特に光と闇は難しく、思いどおりにいかないことも多かった。
それでも、主人公は諦めなかった。
「もう一回!」
失敗しても、何度でも挑戦する。
少しでも上手くできたら喜び、できなければ原因を考える。
その繰り返しだった。
家庭教師も、主人公の熱意に応えるように、授業の内容を工夫するようになった。
時には厳しく指導し、時には小さな成長を褒める。
主人公は毎日、少しずつ魔法の基礎を磨いていった。
◇
そんなある日の夕方。
庭で魔法の練習を終えた主人公は、屋敷の窓から弟と妹の姿を見つけた。
「二人とも、元気にしてるかな」
主人公は練習を切り上げ、二人のいる部屋へ向かった。
弟と妹は、母親のそばで楽しそうに遊んでいた。
「お兄ちゃん!」
まだ幼い妹が、主人公の姿を見て手を伸ばす。
「ただいま!」
主人公は二人のそばに座り、優しく頭を撫でた。
母親は、そんな主人公を穏やかな表情で見つめていた。
「今日も魔法の練習を頑張ったの?」
「うん! もっと上手になりたいんだ!」
「そう。頑張っているのね」
「ぼく、もっと強い魔法が使えるようになりたい!」
母親は微笑み、主人公の髪を優しく撫でた。
「焦らなくていいのよ。あなたの歩幅で進めばいいわ」
「うん!」
主人公は元気よく頷いた。
中級魔法が使えないことへの疑問は、まだ解決していない。
それでも、彼は前を向いていた。
昨日より少しでも上手になるために。
いつか、自分も中級魔法を使えるようになるために。
八歳になった少年は、八つの属性と向き合いながら、地道に基礎を磨き続けていた。




