新しい家族
主人公が六歳になった年、新しい家族が増えることになった。
弟と妹。
母親が双子を身ごもったと聞かされた日、主人公は目を丸くした。
「お母様のお腹の中に、二人もいるの?」
「あら、そうよ」
母親は優しくお腹を撫でながら微笑んだ。
「あなたはお兄ちゃんになるのよ」
「お兄ちゃん……!」
その言葉を聞いた主人公は、しばらく考え込んでいた。
今まで自分より小さな子どもと接する機会は、ほとんどなかった。ましてや、自分の弟と妹ができるなど、想像したこともなかったのだ。
「ぼく、お兄ちゃんになったら何をすればいいの?」
「そうね。二人が大きくなったら、一緒に遊んであげてちょうだい」
「うん! ぼく、いっぱい遊んであげる!」
少年は胸を張った。
その姿を見て、母親は楽しそうに笑った。
◇
それから数か月後。
屋敷は、いつもとは違う慌ただしさに包まれていた。
母親の出産が近づき、父親や使用人たちが忙しく動き回っている。
主人公も何か手伝おうとしたが、五歳の頃より少し成長したとはいえ、まだ六歳の子どもである。
「坊ちゃまは、こちらでお待ちください」
「でも、ぼくも何かしたいよ」
「お気持ちだけで十分ですよ」
使用人にそう言われ、主人公は渋々引き下がった。
落ち着かない時間が続いた。
そして、しばらくして。
屋敷に二人の赤ん坊の泣き声が響いた。
「生まれたぞ」
父親が部屋から出てきた。
その顔には、疲れと喜びが入り混じっていた。
「お父様!」
主人公は父親のもとへ駆け寄った。
「お母様は? 赤ちゃんは?」
「母さんも無事だ。弟と妹もな」
「弟と妹……!」
主人公の顔がぱっと明るくなった。
父親に連れられて部屋に入ると、ベッドの上で母親が二人の赤ん坊を抱いていた。
「いらっしゃい」
母親は穏やかな声で主人公を呼んだ。
「この子たちが、あなたの弟と妹よ」
主人公は恐る恐る近づいた。
小さな身体。
小さな手。
すやすやと眠る二人の顔。
それまで見たことのない小さな命に、主人公は目を奪われた。
「……ちっちゃい」
「ふふっ。そうね」
「触ってもいい?」
「優しくならね」
主人公は、おそるおそる弟の手に指を近づけた。
すると、赤ん坊の小さな指が主人公の指をぎゅっと握った。
「わっ……!」
主人公は驚いたあと、満面の笑みを浮かべた。
「お父様! つかまれた!」
「ああ。お前の指が気に入ったのかもしれないな」
「すごい……!」
主人公は今度は妹の顔を覗き込んだ。
「ぼく、お兄ちゃんだよ。よろしくね!」
もちろん、二人から返事はない。
それでも主人公は嬉しかった。
自分に弟と妹ができた。
それだけで、心がいっぱいになった。
◇
双子が生まれてからも、主人公の生活は大きく変わらなかった。
朝は起きて、食事をし、魔法の勉強をする。午後には身体を動かし、空いた時間には弟と妹の様子を見に行く。
変わったことといえば、以前よりも赤ん坊のいる部屋へ足を運ぶ回数が増えたくらいだった。
弟が眠っていれば、そっと顔を覗き込む。
妹が泣いていれば、どうしたらいいのかわからず慌てる。
「お、お母様! 妹が泣いてる!」
「あらあら、お腹が空いたのかしら」
「ぼくが何かしちゃった?」
「いいえ。あなたのせいじゃないわ」
母親はそう言って、主人公の頭を撫でた。
「あなたも、まだまだ甘えていいのよ」
「……うん!」
主人公は安心したように頷いた。
父親も、母親も、主人公への接し方を変えることはなかった。
能力鑑定で全属性への適性が判明しながら、初級魔法しか使えないとわかった後も、二人は以前と同じように息子を愛していた。
主人公にとって、それは当たり前のことだった。
だからこそ、彼は今日も屈託なく笑うことができた。
◇
「先生、今日は何をするの?」
午後の魔法の授業。
主人公は家庭教師の前に座り、目を輝かせていた。
「今日は水魔法の復習をしましょう」
「水魔法かあ……」
主人公は手のひらを前に向ける。
その上に、澄んだ水の球が浮かび上がった。
以前は水を浮かせることさえ難しかった。だが、今では以前よりも安定して水を操れるようになっている。
「おお、ずいぶん上達しましたね」
「ほんと!?」
「ええ。魔力の制御も少しずつよくなっています」
主人公は得意げに胸を張った。
「じゃあ、次はこれ!」
水の球を少しずつ冷やしていく。
表面が白く曇り、やがて小さな氷の塊へと変わった。
「できた!」
主人公は飛び上がって喜んだ。
水を操るだけではない。水を凍らせて氷を作ることも、初級魔法の応用として少しずつできるようになっていた。
「これは水魔法の応用ですね。よく工夫しました」
「えへへ!」
褒められると、主人公は嬉しそうに笑った。
しかし、その笑顔も長くは続かなかった。
「先生、そろそろ中級魔法も使えるようになるかな?」
家庭教師は少し考えてから答えた。
「今はまだ難しいでしょう。まずは、使える魔法を確実に扱えるようにすることが大切です」
「そっかあ……」
主人公は肩を落とした。
能力鑑定を受けてから一年近くが経とうとしている。
使える魔法の種類は少しずつ増えていた。以前よりも魔力の制御が上達し、初級魔法の応用も覚え始めている。
それでも、魔法の階級だけは変わらなかった。
中級魔法を使おうとしても、発動しない。
家庭教師に教わった方法を試しても、結果は同じだった。
なぜなのか。
主人公自身にも、家庭教師にも、まだ答えは見つかっていなかった。
「でも、ぼく、もっと練習する!」
主人公は顔を上げた。
「いつか、もっとすごい魔法を使えるようになりたいから!」
家庭教師は、その言葉に微笑んだ。
「その気持ちを忘れないでください」
主人公は再び手のひらを前に向けた。
小さな水の球が浮かび上がる。
それは、まだ誰も驚かせるような魔法ではない。
けれど、少年は昨日より少しだけ多くのことができるようになっていた。
◇
その夜。
屋敷の一室では、父親と母親が眠る双子を見守っていた。
「二人とも、元気に育ってくれるといいな」
父親が静かに言った。
「ええ。あの子たちにも、いろいろな道があるでしょうね」
母親は微笑んだ。
二人は、まだ知らない。
この双子が成長したとき、名門貴族の血筋にふさわしい、優れた才能を示すことになるのを。
そして、その才能が明らかになったとき、長男である主人公の存在が、周囲の人々にどのように見られることになるのかも。
今はただ、三人の子どもが健やかに成長してくれることを願っていた。
弟と妹が生まれた、主人公六歳の一年。
それは、家族が増えた喜びと、小さな成長が積み重なっていく日々だった。




