14.【キックオフ】交際スタートでパソコンアップデート
『もう日本とか無理なんだけど!海外最高!』
パソコンの向こうで叫んでいるのは、金髪に日焼けした肌、キャミソール一枚のギャルだった。神崎とオンライン電話中の彼女は、画面いっぱいに顔を近づけて熱弁している。
『英語さえ喋れれば、マジでどこでも生きていけるからね!実那もこっち来たら分かるよ!こっちの人ってみんなフレンドリーだしさ、日本の窮屈な空気、マジ無理になっちゃった。』
見た目も話し方も典型的な「海外かぶれになった元同級生」の完成形がそこにいた。こりゃ確かに言われるわ。しょうがない。俺でも馬鹿にするわ。とはいえ、神崎は目をキラキラしながら話を聞いている。
『やっぱり、海外のほうが生きやすい?』
『ダントツぶっちぎりよ!本当、日本の空気はpollutionって感じ?』
『pollution…汚染だっけ?』
『そうだそうだ!ごめん、日本語も完全に忘れてきててさ~!』
俺の隣では、ジェーンがパカパカと年代物の折り畳み携帯を開いて、真里の担当守護霊と何やら話し込んでいた。
「…ああ、頼む。そちらの対象者と、うちの対象者は5、6年後にアメリカで再会できるように…そちらの対象者は、シリコンバレーの大手企業に勤める予定になっていたな。そのつてで、うちの対象者もそちらの企業に採用してもらえれば嬉しいんだが。」
しりこんばれー。
電話越しに何か言われたのか、ジェーンは頷きながら続ける。
「いや、対象者をニューヨークに移住させたい。そちらでニューヨークのつては作れるか?…セント・パトリックのところには、もう話を通してある。」
セント・パトリックだれ?
「そうだ。マンハッタン周辺が望ましい。対象者は牡牛座だ。牡牛座はニューヨークのほうが運気に合う。」
「牡牛座?」
「星座の持つエネルギーと土地の持つ相性によって、その人の運が決まる。マニュアルの第十二章にあるよ。」
お茶を運んでいたキーさんが通り掛けに補足してくれる。
「第十二章って神崎と東雲の相性を見るときに読んだ気がするんですけど…そんなこと書いてあったか?」
「君のことだから難しくて、読み飛ばしちゃったんじゃない?」
「それだ。」
ハハハ、とキーさんはから笑いしながら俺の机に煎茶を置いた。
「ああ、そうだそうだ東雲の件もよろしく頼んだ…ここが山場だ。え?いや、それは条件が合ったからよかっただけで。ご存じの通り社会奉仕の企業家として動き出すには、ニューヨークがいいんだ。」
「…え?」
思わず声が出た。社会奉仕。企業家。それ、まさか。ジェーンがこっちを向いた。しばらくして電話を切ると、俺をまっすぐ見据えて言った。
「本来の目的を忘れたわけではないな?」
俺は思わずオオタさんたちの方をチラッと見た。全員、見事なタイミングで必死に仕事をしているふりをしていた。絶対聞こえてただろお前ら。
「覚えてますけど。」
俺は正直に言った。
「いけるんですか、それ。神崎が、社会貢献企業のCEOに。」
「当然だ。」
ジェーンは即答した。そして少しだけ声を大きくして、まるで周囲に言い聞かせるようにこう言った。
「この場所での大前提、嘘をつくことはできない。資料に嘘偽りはない。そこに対象者がたどり着けない…嘘だと思うなら、その人間の技量…つまり我々守護霊の技量の問題だ。」
俺はもう一度オオタさんたちを見た。今度は非難がましく。
「ほ~ん。」
お前らずっと「あの煽り文句が当たった試しがない」とか笑ってたな。
それ、単にお前らが頑張ってなかっただけなんじゃないの。
その日から、俺はオオタさん、ミキさん、香水おじさんと、なんとなく距離を置くようになった。誘われても「今忙しいんで」で流すようになった。
「トモくんつれないねえ。」とオオタさんに拗ねられても、正直あまり心が動かなかった。だってお前ら、神崎が本当に成功する未来を、笑い話にしてただけじゃねえか。
代わりに、キーさんがたまに俺のパソコンを覗きに来るようになった。
「うん、うん。順調だねえ。」
うなずいて去っていくだけの日もあれば、俺の質問に丁寧に答えてくれる日もあった。
「キーさん、なんで神崎のパソコン、東雲との出来事だけでこんなにサクサク変わるんすか。」
「愛情って、エネルギー周波数を上げるからねえ。人を大切に思う気持ちほど、濁りを溶かすのに向いてるものはない。特に君の対象者の愛情純度は高そうだし。」
「わかりやす、ジェーンに聞いたらめっちゃ複雑な回答されたわ。」
キーさんがクスッと笑うので、俺もつられて笑ってしまった。
ジェーンに聞いても、いつも回答が抽象的すぎて結局よく分からないのでキーさんの存在はありがたかった。
そうこうしているうちに、神崎と東雲は着実に距離を縮めていった。
東雲は神崎の優しい言葉ひとつひとつに、心を癒されているようだった。
逆に神崎も、東雲から「今日も一日お疲れ様。君はとても気を遣う子だから、土日くらいはゆっくりしているといいな。おいしいものでも食べてゆっくりしてね。」なんて言葉をもらうたび、ベッドの上でジタバタ悶えていた。
女がキュンとする言葉、東雲は知り尽くしてやがる。さすが元祖女たらし。
東雲のレベルも順調に上がっているらしく、パソコンが普通に机に収まるサイズになりました。と、テックたちが涙を流して喜んで電話をしてきた。
机に収まるサイズって、どんだけ心濁ってたんだよ東雲。
そんなこんなで出会って半年後の冬。小さなガラス瓶に入った蕾電球が、テーブルのあちこちで揺れて蛍がいっぱいいる感じのおしゃれなイタリアンのテラス席で、東雲はついに神崎の手を握り愛情を込めた目で、そしてこれ以上ない甘い声でこう言った。
『結婚を前提に、付き合ってください。』
『…え…はい…!はい!』
その瞬間、神崎のパソコンからチャペルのベルの音が高らかに鳴り響いた。
そして、画面から大きな光が出てきて、パソコン全体を包み込んだ。
「おお!なんだなんだ!」
光が消えると、あのオンボロ箱型の旧式パソコンが、分厚い辞書くらいのノートパソコンへと変化した。
「っし、よし!よし!」
俺は椅子から飛び上がってガッツポーズを決めた。キーさんがぱちぱちと軽く手を叩き「おめでとう~僕と同じ機種だねえ~」と一緒に喜んでくれた。
東雲との時間が増えるにつれ、神崎は「意地悪な同級生たち」からのグループLINEにも、だんだん返信しなくなっていった。「実那反応なくね?」みたいなメッセージはたまに届いていたけれど、神崎は気にも留めなかった。
順調すぎる展開に、俺は鼻歌交じりで画面を眺めていた。
「差し入れだ。」
不意にジェーンが、俺の机に缶コーヒーを一本置いた。ラベルには見たこともない文字で「極楽浄土」と書いてある。
「極楽浄土で余ってたやつだ。」
「へ~~~、極楽浄土に行けばやっぱ欲しいものもらえるんすね!」
「ああ。どうだ?」
「あ、すいません!俺、コーヒー飲めないんすよ!飲んじゃってください!」
ジェーンは少しだけ黙った。
「…そうか。」
てっきりそのまま去ると思ったのに、ジェーンは缶を持ったまま、俺の隣の空いた椅子にゆっくり腰を下ろした。
俺は若干気まずくて、神崎が文房具屋で東雲に贈るプレゼントを選んでいる様子を意味もなく眺めていた。なんてことない場面、別に監視しなくていいはず。
「お前、変わったな。」
ぽつりと、そう言った。いつもの断定口調とは、ちょっと違う響きだった。
「変わった?」
「ああ」
「どんなふうに?」
「…守護霊らしくなった。」
「…いい意味っすよね?」
「…」
「え~、そこはイエスって言ってくださいよ。」
ジェーンはそれには答えず、缶コーヒーのプルタブに指をかけた。プシュ、と小さな音が鳴る。
「対象者とクラスメイトだったんだろう。」
「はい。」
「対象者はお前の生前、どんな関係だった?」
「あ~~~~~~~~?」
すごく不思議な感覚だった。考えたこともなかった。
神崎と俺の席が近かったこと、神崎は成績優秀だったこと、そして卒業前に突然退学してしまったこと、情報としてそれは覚えている。でもそれに対してどう思ったとか、神崎と俺のエピソードとか、関係とかは全く覚えていない。
「クラスメイトということ以外は、あんまり覚えてないっす。」
「そうか。」
ジェーンはそれだけ言うと、コーヒーを一口飲んで、いつも通りの無表情で立ち上がる。そしてボソッと、本当に聞こえるか聞こえないかの声でこう言った。
「…”イエス”。」
…え!
「え、それって、俺が良くなってるってことですか?そうですか?ねえ?ねえ?そういうことですか?」
「うるさい、早く仕事戻れ。」
まとわりつく俺に、ジェーンは煩わしそうに速足で事務所を去って行く。
「ふ~~~~~~~ん。」
悪い気はしなかった。
守護霊業務日報:第205日目
作成者:トモ
担当対象の状態:東雲から交際を申し込まれ、OK、パソコンがノート型にアップグレード。英語の勉強も毎日続けてます。
質問:
・真里ちゃんの守護霊の連絡先って俺知っておいた方がいいやつですか?挨拶もしておきたいですし。
・ジェーンがくれた缶コーヒー、結局おいしかったですか?
【教官よりコメント】
動画マニュアルNo.12,048。連絡先は今はいい。




