13.【アクセス権限無し】類は友を呼び、クズはクズを呼ぶ
今日は特に何もない日、のはずだった。
画面の中の神崎は、おしゃれなカフェで女友達3人とパンケーキをつついていた。「高校の同級生」らしいんだが、正直、俺の記憶には欠片も残っていない。神崎の存在ははっきり覚えてるのに、こいつらの顔は本当に真っ白だ。同じ高校にいたはずなのに、縁ってやつは残酷だな。
『このあとみんなで飲み行くっしょ?』
『行く行く!』
食後の予定まで決まってる。平和で、退屈で、生産性のない女子会。俺はモニターの前で頬杖をついていた。
『そういえばさ、実那、最近誰かいい人いないの?会社とかでさ!』
1人がニヤニヤしながら聞いた。神崎、途端に頬を染める。
『え、えっと、実は会社ではないんだけど、最近、東雲さんっていう人と知り合って……。』
『イケメン?イケメン?』
『うん、かっこいい。』
『え~~!ずるい!』
『ニューヨークで会社やってる人で、忙しいはずなのに毎日ちゃんとLINE返してくれて。この間なんて、朝の6時に『おはよう』って送ってくれたんだよ。』
『え~~!どこまでいったの?』
『いや、全然、そんな、ただやり取りしてるだけで…あ、まあ今度またご飯食べにはいくけど。英語学習の相談乗ってくれるって。』
『英語?』
『うん、英語勉強頑張りたいって言ったらおすすめの単語帳選んで買ってもらったの!そこからまたご飯行きましょうって。』
嬉しそうに話す神崎に、1人は『わ~素敵!いいなあ!』と目を輝かせた。
だが、残りの2人の反応が違った。
『……既婚者じゃない?それ。』
『ね、思った!忙しいのにマメとか、逆に怪しくない?』
『実那、昔から騙されやすいからさ、心配なんだよね、私たち。』
神崎は『別にカップルになりたいとかじゃないから、いいんだけど、』と笑って流す。2人は絶対そうだよ~!と言った後、そこから話題は、あっさり2人の大学生活自慢に切り替わった。
飲み会でどれだけやらかしたか、サークルの後輩の女の子がいかにイタいか、イケメンの先輩(彼女持ち)にどれだけ気に入られてるか。神崎は相槌を打つだけで、話す隙がない。1人だけ味方だった子も、いつの間にか大学トークに飲み込まれていった。
非常に不快、俺は顔をしかめる。
「う~~~~~~~ん。」
「問題か?」
いつの間にか隣に立っていたジェーンに聞かれた、俺は反射的に「いや」と答えた。
が、少し考えて「あの、」と去ろうとするジェーンを呼び止めた。
「…聞きたいんすけど。なんで神崎の周りって、こんなクソみたいなやつが多いんすか。母親も、友達も。」
ジェーンは俺と画面を交互に見る。
「神崎の過去見ると、マジなんで神崎いまだにこいつらと付き合ってるのかわかんないレベルのいじりをされてる。神崎がぽっちゃりしてた時の写真を加工して、グループに流したりとか。それに母親も…神崎のファイルに『状況:経済支援のため、大学進学を断念』って書いてあったけど、母親の浪費じゃん?いろいろ見たけど、俺は神崎が原因じゃないと思うんです。神崎はどんなに嫌なことされても、今みたいにニコニコして笑って耐えてるだけ…こんなのおかしい。」
イライラしているのを隠さずに言ってしまった。
誰よりも頑張り屋で優しくて、気遣いの塊みたいな神崎を誰も…俺の知る限り誰も大切にしてくれていないのが本当に腹立たしかった。
「そうだな。」
少し考えたあと、ジェーンは俺のパソコンに手を伸ばして、キーボードを叩き始めた。
「簡単に言えば、対象者が自分をそれ相応の人物だと思っているから、だな。」
言いながら、ジェーンは見たこともない画面を開いた。【潜在意識】と書かれたフォルダに鍵マークがかかっている。
「これはメイン担当以外はアクセスできない領域だ。」
ジェーンが指を滑らせると、鍵が一つずつ外れていく音がした。カチ、カチ、カチ。最後の鍵が外れた瞬間、画面が切り替わった。
「これ、」
液晶画面に展開されたのは、俺が見たことないものすごい、複雑なレーダーチャートと文字と、映像のカオスな画面だった。
画面中央で脈打つ黄色いレーダーチャートは、毎秒ごとに上下へ激しく数値を刻んでいる…ニュースで見たことのある株のチャートみたいだ。
そのレーダーの後ろでは、いろんな言葉がゆったりと、クラゲみたいに浮かんでは消えていく――「私は愛されている」「男は敵だ」「私は許されない」「他人ごとではない」「あなたは私」「私には価値がない」――何かの歌詞か?
さらに画面左端には、壊れたテレビに流れる映画みたいに不規則な映像が飛び飛び、砂嵐を混ぜながら流れていた。夕焼けの映像、変顔する男、赤ちゃんを抱っこするおじいちゃん、「ガス爆発」「男子生徒1名死亡」と書かれた新聞ニュース記事、東雲の顔らしき映像に、お局ババアの醜悪な顔も出てきた。
見ているだけで、頭がおかしくなりそうな情報量だった。
「これは、対象者が言語化されていない意識の中だ。過去の記憶や本人の思い込みが五感に沿ってこの中でうごめいている。言語認識層…言葉が否定的なものばかりなのは見えるか?」
ジェーンは浮かんでは消える言葉を指さした。
「あ…はい。」
ジェーンは淡々と続けた。
「自分は母親にひどい扱いをされても仕方がない、友人たちの態度も相応しいものだと、信じ込んでいるんだ。そして、そんな出来事が実際に起こると、また信じて、潜在意識にそれを刻む。」
「え~…と、つまり、神崎の潜在意識がクソだから、クソな人間が集まってくるってことっすか?」
「そうだ。」
「どうしたら抜けられます?」
今度は、ものすごいスピードで動く黄色いレーダーチャートを指さす。
「このレーダーチャートをなるべく高い位置に持っていく。そしてそこに被る周波数の人間と深く関わらせる。そして自分の環境が酷いことだと自覚させ、その潜在意識を塗り替える。」
分かるような、分からないような。
「えっと、周波数を上げるには?」
「気分のいいことをする。なんでもいい。」
「そこで周波数の高い人とうまく関わらせるには?」
「お前が今取り組んでいることだ。」
「東雲との関わり…か、で、神崎をいいって思っている人に大切にされて自分の環境が酷いことは自覚させて…潜在意識の塗り替えは?」
「いろいろあるが、潜在意識を作り出した原因を捨てることだ。別に本当に人じゃなくても構わない、記憶でも言葉でも固執しているものだ。」
「捨てさせるには?」
「人生の様々な過程を経ること。精神に癒着したものを取るには痛みが伴う。」
「痛みもってほしくな~~~~い!俺は神崎に幸せになってほしいんです!東雲とハッピーライフを謳歌してほしい!」
「一切皆苦だ。」
「お菓子の名前っすか?」
「違う、現世の現実や人生の本質はすべて苦しみという意味だ。」
ジェーンは、少しあきれたように首を振り、俺のデスクから去って行く。そしてバタンと事務所の扉が閉まる音がすると、待ってましたと言わんばかりにオオタさんとミキさんが俺の周りに集まってきた。
「出た出た、仏教名言!」
「小難しい話ばっかりしてさ~~~~そんなことうちら興味ないです~~~!!それでお金もらえるならともかく!」
「オオタさんもミキさんも、あの人が近くにいる時はいい子ちゃんなんだから。」
香水おじさんが苦笑しながら混ざってきた。さっきまでの緊張感はどこへやら、いつものサボりトークが再開する。画面から目を離さなかった。
『…だって!ほんとさ、真里の最近のインスタ投稿の海外マウントきもいわ~あ、そうだ、さっき実那も英語勉強してるとか言ってたよね。』
『え、あ、うん。』
『実那、本当にポカホンタスかなんかにならないでよ!』
『ポカホンタス?』
『海外かぶれのイタい女のこと!』
『私たちに英語交じりで話しかけてきたら無視するわ、マジで。』
3人揃って笑っている。神崎だけが、愛想笑いのまま固まっていた。くそ、また固まった。
俺はヘッドセットをぎゅっと握りしめた。その時。
「はい、ダメよ張り詰めちゃ!休憩しなきゃ!」
後ろから突然ヘッドセットを取り上げられた。ミキさんだった。あろうことか、パソコンの電源まで落とされた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!!パソコン立ち上げてる間に神崎になんかあったらどうするんすか!」
「あんたね、根詰めすぎなの。この事務所で1人真面目な人いたら、私たちがサボってることバレちゃうじゃな~~い!」
「そうだぞ!前にも言っただろ?あの外国人の言うことなんて真に受けるな!別に対象者が死んでも病んでも、俺たちにペナルティないから!」
香水おじさんまで会話に加わってくる。
「トモくん、頑張るのはいいことだけど、たまには肩の力抜かないと。」
…気にかけてくれてるんだろうな、というのはなんとなく伝わってきた。頭では分かってる。
分かってる、けど。
「…いや~~~~、この後、神崎が飲み会で変な男に絡まれないか見る仕事があるんすよ。へへっ。」
適当な理由をつけて、俺は輪から抜け出した。3人の不服そうな顔を尻目に、パソコンを立ち上げ直すと、画面の中の神崎は――まさかの、もう自分の部屋にいた。
「え、飲み会は?」
慌てて記録を巻き戻すと、神崎はカフェを出たところで「今日は帰る」と友人たちに告げていた。理由を聞かれても「ちょっと疲れちゃって」とだけ答えて、そのまま電車に乗っていた。
「そうか。」
これまでは何を言われても愛想笑いで流していた神崎が、初めて、自分から「この場にいたくない」を選んだ瞬間だった。
電車の中、神崎は東雲にもらった単語帳を開いていた。イヤホンをつけて、小さな声でぶつぶつと発音練習をしている。周りの目なんか気にしてない、集中しきった顔だった。
お風呂の中でも、防水ケースに入れたスマホで音声だけ流していた。湯船に浸かりながら、ぶくぶく言いながら発音してるもんだから、シュールで笑ってしまった。この様子を東雲に見せられたらいいのに。
ベッドに入ってからも、豆電球の下で単語帳のページをめくっている。眠そうに目をこすりながらも、ページをめくる手だけは止めなかった。さっきまでの嫌な空気なんて、なかったことみたいに。
そして寝る前に、神崎は誰かに連絡していた。プロフィール名は「Mari:12月からアメリカ留学!」。
ーーーーー
真里ちゃん久しぶり!実那だけど覚えてるかな?
急にごめんね!最近インスタでアメリカ行ってるって聞いて思わず連絡しちゃって!
実は、今英語勉強を始めてて…でも全然単語覚えられないんだよね。
何かいい方法知ってる?
ーーーーー
そうだ…神崎は、今潜在意識に抗おうとしている。魂の成長、とやらに入り始めた。
事務所の隅では、まだオオタさんたちの愚痴大会が続いている。ジェーンの噂話も、もう3周目に突入していた。この状況だって、もしかして、俺の潜在意識が引き寄せたのか…あ、いや俺は死んでるから違うのか?わかんねえや。
俺はそっとshiftキーを押した。誰にも聞こえない声で、マイクに向かって呟く。
「…俺らは負けずに頑張ろうな、神崎。」
もちろん、返事はない。
ただ、神崎は静かに、単語帳のページをめくり続けていた。
守護霊業務日報:第72日目
作成者: トモ
担当対象の状態:心の成長始まった感。
質問:
・ジェーンに聞いたんで大丈夫です
【教官よりコメント】
業務日報が抽象的過ぎるのでもっと具体的に書くように。




