12.【協業】恋の偶然、守護霊の必然
事務所の奥、普段誰も使わない小さな机と折り畳み椅子のスペースに通された俺の前で、3人の部族は、なぜか正座に近い体勢で肩を組んでいた。
「テクパトルと申します!」
「シワコアトルです!」
「オセロトルでございます!」
「......覚えらんねえ。テック、コアラ、オセロで。」
「「「はい!!」」」
謎の即採用。良い返事。
「いいんかい。」
「細かいことは気にしません!我々、心が広いので!」
テックが胸をドンと叩いた。埃が舞った。
「で、あなたたちどこから来たんすか?」
「我々はメシカ族…中央メキシコの民族でございます。日本人の方はアステカといえばわかりやすいでしょうか?」
「あ~~~~~~まあ?」
テックと名付けた一番デカい男が、胸を張って答えた。声もデカい。
「それより聞いてください!886番様!我々がどれだけ、どれだけ、今日という日を待ちわびていたか!」
今度はコアラが目を潤ませながら詰め寄ってくる。距離、近い。
「私たちの担当、東雲ケン。生まれてこのかた、本当の意味で心を許せる人と出会ったことがなかったんです。」
急にトーンが落ちた。これ真面目な話パートに入る?俺は慌てて姿勢を正した。
「ケンの母親は、情緒不安定な方でしてね。」
今度はオセロが淡々と語り始めた。
「友人関係には過剰に口を出す。誰と遊ぶな、あの子とは付き合うな、成績が下がるからその友達とは距離を置け。かと思えば、ケン本人の気持ちには一切興味がない。今日学校で何があったか聞かれたことは、一度もありません。」
「父親も、家庭には無関心でしてね。会社を持ってはいたんですが、経営に失敗して多額の借金を作りました。ケンは大学を出てすぐ、その借金の返済のために働き始めたんです。傲慢な父親のもとで働いていた彼は誰にも本音を言えないまま、大人になりました。商才はありますので借金はほとんど片がつきましたが、心は育たぬまま現在に至ります。」
コアラの目から、ついに涙がツーッと流れた。
「それが、それがですよ886番様。ミナ様と出会ったあの瞬間、ケンの目、輝いてたじゃないですか。あんな顔、何十年ぶりに見たか。」
「あの純粋さ。あの、裏表のない笑い方。それでいて、芯が強い。あんな方、なかなかいません。」
3人がそろって「うんうん」と頷き合った。テック、コアラ、オセロの順で頷くタイミングまで揃っている。
「ケンの心の中にいる純粋な少年が、ミナ様に出会ったことで喜んでいるのを我々は感じ取りました。ノイズとバグばかりのパソコンがミナ様と話し始めたら徐々にクリアになったんです。」
「ミナ様のかける言葉1つ1つが、ケンの努力を肯定し心を救ったんです。」
「めちゃくちゃいい話じゃないっすか。」
俺の目頭も、気づいたら熱くなっていた。
神崎が、そのままそこに存在するだけで誰かの人生が誰かに救われた。神崎、お前マジですげーやつだよ。
考えてみれば、俺は自分の生前のことを何一つ覚えていない。誰かに救われたことがあったのかも、誰かを傷つけたことがあったのかも分からない。
でも、神崎ってこんなすげーやつなんだよって周りの奴らに叫んで回りてえ!!
そんな俺の隣で、ジェーンだけが眉ひとつ動かさず、いつも通りの声で言った。
「感動話は結構だ。こちらとそちらの対象者はこれからどう動いていく?こちらの目標に向かってそちらの対象者は動いてくれるのか?」
おいこいつまじか。
3人は一瞬固まったが、すぐにニコッと笑顔を作り直した。プロだ。
俺なんかいまだに涙引っ込んで呆然としてるのに。
「もちろんです。ミナ様が海外に興味を持つよう、私たちも尽力させていただきます。協業しましょう。」
なんだかんだテック、コアラ、オセロとはすぐに意気投合した。解散する頃には、メルアドと電話番号(あるのかよ?)まで交換してお互いの対象者の人生を高めあうために協力し合おうと語り合った。
「これから、シンクロニシティを作りましょう。2人の絆を深めあう大切なステップです。」
「しんくろ?」
「ええ。2人の対象者に同時に別々の刺激を与えて、心理的な接点を増やすことです。縁が深い人間たちは必ずこのシンクロニシティを起こして、絆を深めるんです。」
「そんな高度なこと、俺できるんすか。」
「大丈夫です、我々がフォローします!一緒に頑張りましょう!」
少し後、俺はジェーンから、テックの協力を仰ぎながら神崎の五感操作を行う許可を得た。
俺はパソコン前で再び動画マニュアルを開く。まずは神崎の視覚を操作する。退勤途中、道端の看板の【新しい本屋オープン】の文字だけをキラッと光らせた。
相変わらず、ノイズは多いけれど神崎の心の声を聞くコマンドを知ることができた。
『(本屋さんできたんだ。最近寄ってないな~今日お母さん帰るの遅いらしいし、仕事の帰りに寄ろうかな。)』
よし、食いついた。
次に、おびただしい数の【記憶動画ファイル】を開き、東雲の映像を引っ張り出す。
ただし、ちょっと補正した。輪郭くっきり、目キラキラ、後光さえ差してるレベルに盛った東雲を再生する。ちなみに補正の名前は【染心フィルター】。
調べたところ「染心」っていうのは、仏教用語で性欲、利欲などの煩悩にけがれた心って意味らしい。
『(東雲さん……かっこよかったな。あんなにかっこよくて、海外で仕事してて、しかも3か国語話せるなんて……英語、勉強してみようかな。)』
まあ、確かに煩悩かこれ。
神崎の足は、迷わず【英語学習教材】の棚へ向かった。よし、着弾。俺はジェーンが貸してくれた携帯でテックに電話。
「おっつかれっす!神崎、本屋来ましたよ。はい、英語学習教材のコーナーで悩んでます。好きなタイミングでどうぞ!うす、うす!あざーっす!」
そして10分後、同じ棚に、英語教材を探しに来た東雲がいた。今日は交流会とは違い、ラフなスウェットにジーンズ。もちろん、これはテックたちの仕込みである。彼も近々受ける英語試験の教材を探しに来ている。
くそ~、またかっこいいなおい!!
先に気付いた東雲、ヘッドフォンを外してまっすぐ神崎に向かいー。
『お~い。』
『え、あ、東雲さん!?え、こんな偶然……!こ、こんにちは!』
『すっごい偶然だね。なにしてるの?』
この間は敬語で話していたが、まさかの今回はため口!!!こいつ、できおる…!!!
『じっ実は、この間東雲さんがお話ししてたのを思い出して。英語教材、探しに来たんです。』
『俺の話?』
『はい、海外でお仕事頑張ってるって聞いて本当に素敵だなって思って…でも、教材が多くて困っちゃいますね。』
『はは、英語学習あるあるだね。』
『え、東雲さん、帰国子女なのに…?』
『日本にいると、忘れちゃうんだよ。そうだな~これは割と好きかな~。』
神崎の声、ちょっと上ずってる。俺のパソコンにピロンとメールが届いた。
トモ様
コアラです。
いい感じです!対象者のラブレベル上がりました!こちらでうまく話しできるように誘導します♡
コアラ
東雲はいくつか教材をすすめたあと、ちょっと待っててね、と言って立ち去った。
5分後、最初にすすめた赤い表紙の単語帳を、神崎に差し出した。
『え?』
『頑張る若者にプレゼント、しっかり勉強するんだよ。』
『え……!』
『(きゃーーーーーー!!!)』
「きゃーーーーーー!!!」
神崎の心の声と、俺の実際の叫び声が、見事にシンクロした。
『い、いいんですか……!?あ、でも……ありがとうございます!大切にします!ちゃんとこれで英語学習します!』
早口。噛みそうな早口。可愛い。
『あはは、そんな気合入れなくても。でも、頑張ってるとこ見せてもらえたら、おつりもらえちゃうね。』
東雲、余裕の笑み。神崎が東雲のことを救ってる、とは聞いてるけど、心の余裕が違う気がする。分かってても、良かったなあって思っちゃう俺がいる。
連絡先を交換して、神崎はホクホク顔で帰路についた。
単語帳を胸に抱えて、鼻歌まで歌っている。
「…よし、勝った。今日の俺、完全に勝った。」
家に着くと、珍しく母親が先に帰っていた。母親もオフィスカジュアルの服装で今しがた帰ってきたようだ。神崎より華奢で細く、目鼻立ちがはっきりしていて美人だが神崎より性格がキツそうな顔をしている。
『ただいまー!』
『おかえり、遅かったね。』
いつもならこの辺でザザッとノイズが入るんだが、今日は違った。妙にクリアに、母親の声が聞こえる。東雲効果か?
『なにそれ?』
『あ、えっと、英単語帳!』
『英単語帳?』
『うん、最近英語勉強しようかな~って。』
『なんで?』
『う~ん、ほら、勉強したいなって思ったの。最近ずっと仕事続きだったからさ。なんとなく。』
一瞬、間があった。
『…頭良くなりたいの?』
『え?う、うん、まあ、そういうわけじゃないけど…』
『は~ん。急に意識高くなっちゃって。なんか、気取っちゃってさ。』
『う~ん、そういうわけじゃないけど。』
母親はジャケットを脱いで、ハンガーにかけながら話し続ける。
『ま、あんた、そういうのすぐ飽きるじゃん。前もダイエットとか資格とか言って、続いたことないでしょ。』
『ま~ね、ほら、英語できたほうがかっこいいでしょ?』
神崎はそう言って笑う、母親も笑う。ただ、母親の笑いは嘲笑だ。
『あんたそうやって、いつも自分のことしか考えてないよね。英語だ、資格だって、結局全部自分のためでしょ。家族のこと、一回でも本気で考えたことある?』
神崎の表情から、笑顔がすっと消えた。
――ザーーーーーーッ!!
その瞬間、画面が真っ白な砂嵐に飲まれた。耳をつんざくようなノイズが、ヘッドセットの中で響き渡り、俺は飛び上がった。
「うわっ!」
慌ててヘッドセットのボリュームをいじっても、砂嵐はびくともしない。画面には、何も映らなかった。しばらく粘ったが、無駄だった。俺はヘッドセットを乱暴に外し、悔しそうに髪をかきむしった。
「…くそ。」
俺はキーさんの言葉を思い出した。
『ノイズは仏教でいうところの五濁といってね。対象者の精神が乱れてるから起こってるんだ。』
ああ、そうか。これだったんだ。神崎の”ノイズ”の原因は…せっかく神崎は運命の人に会って、人生好転してきてるのに。
「神崎の過去ファイルを見れば、どうすればいいのか分かるか?」
俺はもう一度、パソコンに向き合った。
守護霊業務日報:第23日目
作成者: トモ
担当対象の状態:恋に落ちてる
質問:
・過去ファイル多すぎません?




