11.【トライアル】カレーかシチューかは、運命の分かれ道
今日も俺は、寝そべりながらモニターを見ていた。視点は【第三者視点】。
お局ババアではない、別のおばさん社員が紙とパソコンの画面を交互に睨めっこする神崎に話しかけた。
『神崎さん!本当に申し訳ないんだけど今日18時から村本さんの代わりに交流会行ってくれない?』
『交流会…ですか?』
『そうそう、ちょっと食べ物つまみながら、来ている人の名刺交換をするの。交換時に簡単に自分たちの事業内容喋って、興味あればアポ取りするの。もちろん残業代は出るわ!』
『お~、なるほど…大丈夫ですよ!私でよければ!』
『ありがと~~~~!!!やり方、15時ごろに名刺と内容教えるわね!!!』
予想通り、神崎は屈託のない笑みで快諾。神崎は、行けなくなった女性社員(村本さん)の代わりにこの交流会に行く。
そうなるようにジェーンは、村本さんが今日取引先に提出しないといけない資料に、ちょちょいと魔法をかけて文字化けさせ、その修正作業のために村本さんの手を離せなくしたのだ。
「しっかり確認したのにミスが発覚した」「システムエラーで仕事ができない」みたいなミスや手違いは守護霊たちが人生を調整する際によく使う手法の1つらしい。この世の中のケアレスミスで悲しむ人が救われる情報だと思うぜこれ。
「神崎、交流会行くって言いました。」
近くにいるジェーンに俺は寝そべったまま手を挙げて力なく声かける。オオタさんの作業を見ていたジェーンは俺の方を向いた。
「退勤まで見届けろ。」
「うっ~す」
俺は疲れた。
今日、このイエスを取るまでず~~~っとパソコンの前にいないといけなかった。いつもは1日1,2時間くらいしかここにいないジェーンも今日はず~~っと事務所をウロウロしていた。なので、休む暇すらない。
ちなみに、なんで交流会に行かないといけないかは当然俺には知らされていない。
しばらくすると、画面の中の神崎はおばさんに名刺交換の仕方や事業内容の説明の仕方まで伝授されて、そしてサクッと退勤になった。
「退勤しやした。え~~っと、JR山手線、10分?実際20分くらい遅延してるけど、問題なさそうで~す。」
しばらく砂嵐ののち、夜、会場となるホテルの一室に画面が切り替わった瞬間、俺はのそっと身を起こした。シャンデリア、白いテーブルクロス、グラス片手に談笑する大人たち。大体30~40代くらいの男女。
対してまだ18歳の神崎、完全に浮いてる。安っぽいオフィスカジュアルのまま突っ立って、名刺入れをギューッと両手で握りしめている。
まあ、そりゃそうだよな。こんな中で年上の大人に話しかけろって、無理な話だ。
今だって七三分けのおじさんに話しかけようとして邪険に扱われた。お局ババアによってスルースキルを身に着けている神崎も、これは堪える。
邪険に扱われた後はすっかり落ち込んでしまって、壁際の高級感あふれる壁紙と観葉植物と仲良くなりかけている。
「この中で一番若くて可愛いから大丈夫だ、愛嬌ふりまいとけ。」
俺が独り言をこぼしたその時だった。会場の奥から、キラキラ光る金色の照明を背負う男が1人入ってきた。
「…ん?」
いや、違う。照明を背負っているわけじゃない。その光は男から放たれていた。
すらりと高い長身、シャツの袖からのぞく骨ばった手首。塩顔と呼ぶには少し目つきが鋭くて、切れ長の目の奥がやたら涼しい。片方の口角だけ上げて誰かと喋っている横顔は、笑ってるというより「口説いてる」に近い角度だった。
隙のない三つ揃えを着崩し気味に着て、ネクタイは少し緩めてある。あの緩め方、絶対計算してる。オーラが違う。周りの空気だけ薄くなってる気さえする。
「う~~~~~~~わ、かっこいい自覚があるやつだなこいつ。」
交流会の中で、いい意味で浮いていた。オーラある人って、よく言うけど、この世界からだとマジでこんな感じで見えてるんだな。
「…イケメンとお近づきになろうぜ神崎。」
俺はチラッとジェーンを見た。意外と反抗的なミキさんとほぼ口論になってる。今ならバレない。
「イケメンと仲良くなることで人生に悪いことなんか起きねーよな。うん、話すだけ、話すだけ。」
言った瞬間、頭の中でキーさんの声が蘇った。
『ゲームのように、五感を操作してね。彼が外をうろついているときに、僕は食べ物の匂いに注意を向かせる…』
俺は、あのおびただしいほど本数のある【動画マニュアル】を開いた。【正しく対象者を導くコツ(初級者編)】、一時停止していたところから見様見真似で操作パネルをカチカチいじる。ものすごい量のボタンが画面いっぱいに表示された。
「よし、神崎、お前は食べるのが大好きだ。お前もチャンドラみたいに…」
ボタンをクリック。
「あははははは!!!」
画面の向こうで神崎が急にビクッと肩を震わせ、遠くの集団の笑い声に驚いた顔をした。
「ちげえ、これじゃねえ。これは音を拾っちまうのか。」
慌てて戻し、隣のボタンを押す。ポチッと押した瞬間、神崎がクンと鼻を動かした。
画面の中で神崎は誘われるようにビュッフェ台へふらふらと近づいていく。ちょうどそのタイミングで、金色オーラの男もグラスを置いて同じ方向へ歩き出した。
「よし、来い来い来い…!」
俺は前のめりでパソコンにかじりつく。神崎はシチューとカレー、二つの鍋の前でピタリと止まった。イケメンはほかの人と談笑をしていて、もう少ししたら近づいてくる気配。
「え~っと、多分、ここで止まらせればイケメンに遭遇する。立ち止まらせたい。え~~~っと?」
俺は動画マニュアルを早送りにしたり、戻したりした。くそ、パソコンの質が悪すぎてマジで1つの動作に時間がかかる。
「お!これか?」
―――――
冥啓機能:対象者に言葉を伝えたいときはshiftを押しながら、ヘッドセットのマイクに語りかけましょう。彼らの感情に合わせて語り掛けるのがコツです。
―――――
俺は勢いよく、shiftを押す。
「神崎、おーい、神崎、悩むよな。スパイスの効いた濃厚欧州カレーにクリーミーなこの季節に最適なシチュー。今腹の調子が良くないからな、シチューがベストかもしれない。いやでも、せっかくこんなホテルに来たなら、カレーも捨てがたい、いや、でも今朝カレーパンを食べたばかり。悩むよな、悩むよな。」
『う~~~~~~…』
シチューを見て、カレーを見て、またシチューを見る。眉根がぎゅっと寄って、口が「う」の形になったり「あ」の形になったり。忙しい七変化。
『悩みますよね。』
すぐ隣から男性の低い、でも甘い声がした。
金色オーラの男だ。塩顔、涼しい目元、笑うと片方だけできる小さいえくぼ。近くで見ると、一昔前の映画スターみたいだ。
『あ、えっと、はい…!どっちも悩ましくて…!』
神崎が驚き振り向いて、変な高い声を出した。
『僕はいつも両方少しずつ端に寄せてもらうんですよ。ここだけの話、シェフに聞いたらそれが一番おすすめらしくて。』
『そ、そうなんですね!じゃあ、両方端に寄せて……あ、こぼれた。』
慌てる神崎に、男は声を出して笑った。柔らかい笑い方だった。
『大丈夫ですか?お皿、もう一枚持ってきますね。』
『あ、す、すみません……!』
『いいですよ、お気になさらず。それにしてもずいぶんお若いですね。』
『本日は代理でここまで来まして…』
『代理ですか?あ、良ければ僕の名刺いります?』
神崎と男は名刺交換に流れていく。細長い名刺を受け取った神崎の目が、みるみる丸くなった。
『ニューヨーク支社長、ですか?』
『はい、向こうで小さい会社をやってて。日本にはたまにしか帰ってこないんですけど、今日は運が良かったです。』
『うわ~すごいですね、海の向こうで仕事をしているだなんて。』
『いやいや、親の仕事で海外にいたことがあって、そっちのほうが性に合ってただけですよ。』
『え、ってことは帰国子女ですか?』
そこから神崎、めちゃくちゃ質問攻め。
目をキラキラさせて、身振り手振りまで加わっている。そして…答えるイケメンも楽しそうだ。
男の俺には分かる、愛想笑いじゃない、本当に神崎との会話を心から楽しんでいる。
――ピロン。
それを見ている俺の画面の端に見慣れない表示が浮かんだ。ハートに似た朱色のマークが、点滅している。
【染心:反応あり】
「...染める、心?」
と同時に、画面いっぱいに柔らかい光が広がった。そこから数秒後、光が消えると再び神崎と塩顔イケメンとの映像に戻る。
ただ、さっきとは違い砂嵐みたいだった映像がスッと滑らかになった。心なしか色味まで良くなっている。
「画質……上がってる?」
呆然と画面を見つめていると、背後にふっと影が差した。
「何をした。」
振り返らずとも分かる、ジェーンの声。
が、俺を責める声ではない。珍しく、声のトーンに戸惑いが混じっていた。
「あ、えっと、キーさんに教わった五感操作ってやつ、動画マニュアル見ながらやってみたら、匂いで誘導できて…七面相してたら、そこにいた金色のオーラのイケメンが話しかけてくれて。」
俺は起きたことを、順番はぐちゃぐちゃなまま早口で説明した。ジェーンは黙って画面を見つめている。
「金色のオーラ…縁のある人間…この男、まさか東雲ケンか?」
カチカチっとジェーンが男をクリックすると、画面には「東雲ケン 31歳/ご縁レベル5」と書いてあった。
「ご縁レベル?」
「…人生を大きく変える人物、生涯を共にするレベルの人物がレベル5だ。」
「ってことは…まさか、この人、神崎の…運命の人…的な!?」
しばらくの沈黙のあと、ジェーンは静かに言った。
「ここではすれ違うだけで、まさかこうやって会えるとは思ってなかった…よくやった。」
「え?」
聞き返した俺に、ジェーンはもう答えなかった。
いつも通りの無表情で、キーボードを打つ音だけが響く事務所に戻っていく。
でも、確かに聞こえた。
今、褒められた。俺、褒められた。
生きてた頃、褒められて嬉しかった記憶なんて一つも残ってないくせに、全部消えちゃったのに、今のこの感じは分かる。
じわじわと、胸の奥から変な高揚感がこみ上げてくる。誰も見てないのに、俺は一人でガッツポーズを続け、shiftを押してマイクに叫んだ。
「神崎、おい、神崎!!お前、結婚相手見つけたってよ!!」
俺はパソコンの画面を両手でつかんで、興奮気味にガタガタと揺らした。
画面の中では、神崎が今まで見たことないくらい幸せそうに笑っていた。
ピンポーン。
「インターフォン?」
「初めて聞いたけど…」
誰かがつぶやく中、ジェーンだけが驚くことなく立ちあがり、スタスタと事務所の奥へと消えていった。
俺は、インターフォンなんか気にしなかった。神崎とともに結婚相手と出会った喜びを分かち合った。
しばらくして、ガチャリと扉が開く音が聞こえ、ガヤガヤと男性が喜ぶ声が聞こえた。
無表情なジェーンは、男性3人と戻ってきた。
「んえ?」
男たちの姿にさすがに、俺の注意が削がれた。
全員、頭には赤・青・黄色と鮮やかな羽根を何重にも重ねた大きな冠。
褐色の肌はテカテカと光沢があり、腕も胸も丸太みたいに太い。首には黄色やら青やらの石をびっしり連ねた首飾り、腰には金の装飾がついた布を巻き、片方の肩からは斑点模様の毛皮を羽織っている。
どっかの部族だ。多分、アマゾンとかそのへんの。
その3人は示し合わせたように、そろって真っ白な歯を見せる満面の笑みを浮かべると、俺の前にずいっと詰め寄ってきた。
「「「886番様!」」」
「......だれ?」
守護霊業務日報:第22日目
作成者: トモ
担当対象の状態:結婚相手と出会えました!!!
質問:ない




