10.【ナレッジ共有】心の乱れはスペックの乱れ
「おや、不貞腐れてどうしたんだい?」
そこから現世時間で1日くらい後、白々しく聞いてきたキーさんをムスっと睨んだ。
「……動画、80,000本以上もありましたけど。」
「ははは。人間の人生を良くする方法なんて、たかが数本で理解できるわけないだろう?時代とともにアップデートされるからねえ。」
キーさんはあっけらかんとそう言った。
キーさんの愛のムチ(?)でちょっとだけ頑張ろうと思った俺だったが、【動画マニュアル】と書かれたファイルをクリックした先に現れたおびただしい動画の数々に頭痛がした。
モチベもガタ落ちだ。
「どれくらい視聴したんだい?」
「…1本と半分。」
俺が舌打ちしながら、正直に答えるとキーさんは全て分かっていたかのようにフフッと笑った。
「なんの動画を観たんだい?」
「【パソコンの交換について】という動画と…あとなんだっけ。あ、【正しく対象者を導くコツ(初級者編)】ってやつ。検索したら一番上に出てきた。」
「うんうん、いい動画を探し当てたね。」
「動画内ではなんだか小難しい四字熟語ばっかり言われて、それもイライラしたけど。」
「へえ、諸悪莫作・衆善奉行・自浄…」
「あ~~~~!」
俺は身を縮めて、さっさと自分の席に座ってパソコンに集中しているふりをした。
画面には自分の部屋ですやすや寝ている神崎と、一時停止している動画マニュアル。
ダサいフォントと古い映像で役者が棒読みしている動画。小学校の時に道徳の時間で観たやつにそっくりだ。
ただ、キーさんの言うとおりだった。
なんか10分くらいでゴチャゴチャ言われたが、要は神崎を映すパソコンが昭和の絶滅危惧種パソコンなのは、神崎の心が濁っているから。
心が澄んでいけばいくほど、パソコンは2000年代、2010年代、最新型...と上がっていく。
「心が濁ってる?神崎が?」
赤ちゃんみたいな神崎の寝顔を眺めながら、ボソッと呟く。みんなのどんな仕事も引き受けちゃう神崎。
嫌な異文化体験をしたのに、それでもなお駅構内で困っている人に声をかける神崎。
いつもニコニコ笑顔でみんなと接する神崎。
「う~~~~~ん。」
同じ動画で言っていた。逆にノイズはスペック問わず、どのパソコンでも起こる。
例えば「腹減った」「あいつムカつく」「頭痛い」とか、ちょっとした人間のネガティブな感情でノイズは入るらしい。
問題はノイズが続くと、パソコンのスペックが下がる。
いわゆる心の病気になると、パソコンがほとんどノイズと砂嵐状態になって守護霊はサポートができなくなる。
つまり、今の神崎は「心がめちゃくちゃ濁っていて」「ずっとネガティブな感情が続いている」状態ってことだ。
まあ、知ったところで、だよな。俺には何もどうしようもできね~よ。
「だって、俺死んでるし。頑張れ神崎、負けるな神崎~。フレフレ神崎。」
そうこうしていると、スタスタとジェーンが事務所に入って来た。
いつも通りのスーツ姿に、髪をかき上げながら事務所を大股で歩く様はまさに映画女優。
あ、お盆の時期にいるってことは、こいつ、一緒に過ごす家族いね~んだ。ざまあみろ、バーカ。
と、爆速で徳ポイントがゼロになって、閻魔様に舌を抜かれそうなことを考えていると、ジェーンは俺の方に行かずにキーさんに近づいた。
「調子はどうですか?」
「君の言っていた音に意識を向けさせる作戦で、あと数年はこのまま精神を保てるだろうね。ありがたかったよあのアドバイスは。」
ありがとうね、というキーさんに対しジェーンはノーリアクションだ。
ああ、トモくん、とキーさんは立ち上がり、俺のそばに近づいた。
「良ければ僕の対象者を見てみるかい?」
「え、あ、いいんですか?」
「うん、ナレッジ共有さ。」
俺はキーさんとジェーンを交互に見る。ジェーンも少し驚いたように眉を上げていた。
が、ジェーンに確認する前にさっさとキーさんは、少し分厚いタイプのノートパソコンを持って、香水おじさんの席に座った。
ちょっと待て、ノートパソコン?
「え、キーさんの対象者は俺らのより心がきれいってことっすか?」
「ああ、まあね。なんとか、頑張ったんだよ。」
「へ~~~~~。」
キーさんは画面を指差す。
俺のやつより圧倒的に画質が綺麗で、対象者の顔も様子もハッキリしている。
インド系の目も髪もクリクリの可愛い男の子。体育座りをしてぶかぶかなヘッドセットを押さえながらじっとしていた。
子供か。そりゃ心もきれいだわ。
「彼の名前はチャンドラ。イギリスに住んでいる。彼はとっても難しい対象者なんだよ。」
「なんでですか?」
と聞くと同時に、俺はその理由が分かった。
キーさんはカチカチっとズームアウトボタンをクリックした。
とんでもない量のゴミ…カップ麺の食いかけやらプラスチックごみやら、ペットボトルが散乱している部屋の隅の隅っこにチャンドラはちょこんと座っていた。
5歳の子がいるべきではない、ゴミ屋敷だった。
「彼の父親は彼の生後半年で母親を置いて消えた。母親はたまーに家に帰ってきては、食料を置いてどこかに消える。」
「…典型的な虐待家庭っすね。」
「そうなんだよ。でも、僕のパソコンは君のよりスペックが高い。なんでだと思う?」
気が付けばジェーンは俺の背後に立っていることに気づいた。
腕組みをして、俺の回答にじっと耳を傾けている。キーさんだけなら適当に答えるんだけど、こいつに後で詰められるの嫌だな。
「子供だから?」
「うんうん、それもあるね。ただもう1つ。この子にね、希望を与えたんだよ。ほら、彼が大きいヘッドセットを耳に着けているだろう?」
「そうっすね。」
「僕がね、道端に落ちていたこのヘッドセットを拾うように仕向けたんだ。」
「仕向けた?」
「うん、ゲームのように、五感を操作してね。この子が外をうろついているときに、僕は食べ物の匂いに注意を向かせる。匂いにつられてウロウロしていると、彼の足に何かが当たる。ふと下を見ると、大人サイズのヘッドセットと古い音楽プレイヤーが落ちていた。そして、私は彼の脳内に語るんだ。」
と言って、キーさんは俺の机の上にあるオンボロのヘッドセットをつけた。
「『これは一旦拾ってみよう。』そうして、彼は持って帰る。帰宅後、することのない彼に、また私は語り掛ける。『どうやっていじるのかな?再生してみよう。』...すると彼はピコピコいじり、音楽を再生できる...私は彼の聴覚を少し強くして、音楽に過敏に反応するようにする。その音楽は彼を癒し、この苦しい状況の中で一筋の光を見せる...すると魂が澄んで、この世界が晴れやかになるんだ。」
本当に嬉しそうに、まるで我が子の成長を見ているかのようにキーさんはニッコリ笑った。
「それで、キーさんのパソコンスペックが上がったってことっすね。」
キーさんは、チャンドラの顔にズームした。チャンドラはじっと、うずくまりヘッドセットをギューッと耳に押し当てている。まるで現実の音をかき消すように。
「そう。でもそれだけじゃない。この小さな男の子が将来音楽界に革命を起こすミュージシャンになる旅が、このゴミ屋敷で始まったんだよ。」
チャンドラは暗闇の中、その大きな目をきゅっと細めて、微笑んでいた。
守護霊業務日報:第21日目
作成者: トモ
担当対象の状態:心が濁ってるらしい。
質問:質問じゃないですけど、チャンドラかわいいです。




