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15/15

15.【現地調査】ゾロ目で朗報、玄関で悲報

東雲と付き合い始めて、数ヶ月が経った。世間はそろそろ新学期、というタイミングだった。


俺は頬杖をついて、ぼんやりと画面を眺めていた。最近の俺の主な仕事は、正直かなり地味だ。神崎は自室で参考書を広げて、真面目に勉強している。時計の表示が「11:11」に切り替わった瞬間、俺は神崎の視界をそっと動かして、時計に注意を向けさせた。


『あ、11時11分だ。』


神崎はふと手を止めて、なんとなく嬉しそうに時計を見つめた。

今日はもう5回目のゾロ目仕込みだった。


その直後、ジェーンの携帯にオセロから電話が入った。俺のスマホにも転送されてくる、謎の同時通話システム。


「オセロさん、お疲れっす。」

『お疲れ様です、本当にお疲れですね。大丈夫ですか?』

「最近、ジェーンに頼まれて、時計やら車のナンバーやらにゾロ目の1を見せて注意を向けさせる、っていう死ぬほど退屈な仕事させられてるんすよ。今日だけで5回っすよ、5回。」

『なんと、それはすごいですね。それは人生が変わる前兆です。』

「前兆?」

『レベルが上がってくると、守護霊はゾロ目や、その人にとって必要なメッセージを届けます。現世の方々は気づいたり気づかなかったりです。あなたの対象者は、ちゃんとそれを受け取れているようで羨ましいですよ。』

「あ?それだけ?ジェーンに言ったら今の説明の1000倍くらいの量で解説されたぜ。」


電話越しにオセロの乾いた笑いが聞こえた。


『対象者があなたからのメッセージを受け取るのに慣れると、より守護霊と対象者の心が繋がれるようになります。』


あのメキシコ守護霊3人組の中で一番冷静なオセロ。一応3人ともメインの守護霊だけど、リーダーはオセロらしい。オセロは、それに比べて…と話し始める。


『うちの対象者は、何度送っても受け取ってくれなくて。ビジネスの勘だけは、やたら鋭く受け取るんですけどね。他のことには本当に疎いんです。まあそれが普通なんですが。』


オセロの声、なんかいつもより疲れてる気がする。


『…トモ様、実は今日電話したのは、その件でお話が。』


トーンが変わった。俺は姿勢を正す。


『我々の対象者が、ミナ様との関係が深まるにつれて、心が不安定になってきています。』

「不安定?」

『愛が深まるほど、彼の潜在意識に眠っていた、女性への不信感や、自分は無価値だという思い込みが表に出てきているんです…彼がここまで誰かに心を揺さぶられるのは初めてで、正直、この先どうなるか私たちにも分かりません…サポート、お願いできますか。』

「サポートってなにすりゃいいんですか。」

『そうですね、簡単に言えば彼の言動には理由がある、と分かってもらうことです。』

「お~…け~?ジェーンにも言っておく。」


オセロが感謝します、とお礼を言って電話を切った。別の日。神崎は会社の飲み会に行った帰り、部屋で東雲に電話した。


『楽しそうだね。』

『うん、今日の飲み会、思ったより楽しかったんだ!上司の息子さんがイギリスの学校に行ってて、本人も帰国子女なんだって!』


弾んだ声に対してしばらくの沈黙。


『…そう。』


それきり、何を話しかけても不機嫌そうな生返事。


『えっと、心配かけてごめんね。今度からちゃんと連絡入れるから。』


母親をなだめる時と同じトーンで、神崎は謝った。


『別に。ただ、仕事の愚痴ばっかり聞いてたから、心配して損したなって思っただけ。』

『え、あ、ごめん。』

『あんなに話聞いてたら、普通やばい会社に実那ちゃんが勤めてるって思わない?俺だって忙しい中実那ちゃんに会って、その数少ない時間でこれ?』

『え~っと、私も、今日初めて飲み会行って感じたことだから。』

『本当に時間の無駄だから、そういう話しないでくれないかな。』

『ごめん?』


神崎は様子が違うことには気づいていたが、動揺していなかった。

考えてみれば、お局ババアの嫌味も全く気にしてねえもんな。母親のヒステリックもあるし、東雲が不機嫌になっても、「人って急に機嫌悪くなるものだよね」ぐらいにしか思ってない可能性ある。


が、それから、東雲の様子がおかしくなっていった。


『今日さ、仕事関係で元CAの人に食事誘われたんだよね。まあ、断ったけど。』


なんてことないように、東雲はそんな話を挟む。神崎が『そ、そうなんだ…』と少し表情を曇らせると、東雲はそれを見逃さず、満足そうに話を続ける。


『あ、誰に似てるかなって思ったけど今思い出した。アメリカにいた頃付き合ってた子、スタイルすごくてさ。モデルみたいな子だったんだ。』


明らかに、神崎がどう反応するか試している。

俺には、東雲の目の奥にある冷めた観察の色が、はっきり見えた。神崎の心が揺れていることを確認すると、ま、メンヘラだからすぐに別れたんだけどね、と言ってその話を終わらせた。


また気に入らないことがあると、理詰めで神崎を追い詰めて、謝罪を引き出す。そんなことが増えていった。


いいのか悪いのか分からないけれど神崎は、この手のやり取りにそこまで神経をすり減らしていないみたいだった。女の話をされれば嫉妬もするし、ノイズだって入る。


でも、感情的に泣いたり怒ったりはせず、どっしり構えて東雲の理詰めには素直に自分の思いを伝え、時には謝りつつ、『でも、今回はどういう反応すれば正解なの?謝って満足しているわけでもなさそうじゃない?』と嫌味でもなんでもなく、純粋さ100%でド直球に聞く図太さも持ち合わせていた。それで逆に東雲を戸惑わせることもしばしばだった。


『それがまた、あの子にとって安心でもあり、不安でもあるみたいなんですよね。』


コアラが電話越しに教えてくれた。


『揺さぶっても揺さぶっても、ミナ様は崩れない。ケンは、内心ではそれにすごく安心してるんです。でも同時に心をすり減らすか減らされるか、そんな恋愛しかしてこなかったので『自分のために心をすり減らさない、本当にこの人は自分のことを一番だと思っているんだろうか』って、不安にもなるみたいで。』

「…めんどくせえな、東雲。運命の相手なんだから、ドンと構えろよな。」


コアラも、力なく同意した。ジェーンから呼び出されたのはその少し後だった。


「対象者のレベルが、東雲との関係の影響で徐々に下がっている。このままいけば、パソコンの機器が以前の型に戻る可能性がある。」

「なんでですか?」

「少ない、わずかな瞋が対象者の心にどんどん蓄積されている。」

「ぢん?じん?」

「他人への怒り、自分を激しく責めたり傷つけたりする心をそう呼ぶ。心の毒だ。毒は対象者の心を蝕み潜在意識を侵食する。」

「…なにか、できることないですか?せっかく良くなったのに。」

「対象者に直接干渉できることは限られている…マニュアルを読め。」


いつもの突き放すような言い方、でも確信めいた言い方だ。そうだ、ジェーンは…守護霊は嘘をつかない。


本当に、対処法はいつだってマニュアルに載っている。


俺は必死にマニュアルをひっくり返した。8万本の動画にはもう手をつける気力もなかったから、分厚い文字マニュアルの方を、目が痛くなるまで読み込んだ。時間をかけて漁った末、ヒントになりそうな一文を見つけた。


すっげー難しい言い回しをされていたが、要は


『関係の深い人物であれば、いくつかの操作を行うことで、自分の対象者から一時的に離れ、その相手の様子を直接観察することができる。』


「そうだ、神崎を直接どうこうできないなら、東雲を見に行けばいいのか。」


あいつの闇、今現実の世界で起こっていることを理解すれば何か分かるかもしれない。もちろん、守護霊に聞けば分かるだろうけど…あくまで俺の目で確かめたい。

数日後、東雲は大きな仕事がまとまって上機嫌、神崎も英語資格に合格して仕事を辞める決意を固めていた。運気が上向いたおかげか、2人の空気は久しぶりに柔らかかった。


『ごめん。実は、少し忙しくて八つ当たりしてた。仕事がまとまったことで、少し落ち着いたよ。』


東雲が素直に言うと、神崎も『私も鈍感なとこあるから、ごめんね。』と謝った。すると、東雲は少し驚いたように目を開けて唇を少し噛み、脱力して神崎の肩に頭を委ねた。


『俺…もっといい人間になるように努力するよ。君に見合うように。』

『何言ってるの、こんなに頑張って、かっこよくて、優しくて、私に時間割いてくれてさ。私の方が、もっと頑張らないとな~って』

『…ん。』

『あのね、今の仕事辞めたら、もっと英語使えるような職場で頑張る。私が英語できるようになって、いつになるか分からないけど2人で海外移住しようよ。』

『…うん。』


「…丸く収まった…のか?」


俺はなんとなく釈然としないまま、2人が笑顔で別れるのを見届けた。救われたような顔の東雲と女神みたいな笑みを浮かべる神崎。


解散したあと、俺はマニュアル通りの操作で、東雲にチューニングを合わせて追いかけてみた。1人で夜道を歩く東雲。マンションのエントランスに入っていく。


そういえば、俺も神崎も、東雲の家を知らない。会うのはいつも外ばかりだった。東雲は自分の部屋らしき扉の前で、小さくため息をつく。神崎に一度も見せたことのない、酸素が薄い中で必死に呼吸をしているみたいに苦しそうだった。


「こんなに頑張って、かっこよくて、優しくて。」


さっき言われた神崎の言葉を繰り返す。額を扉に当て、まるで呪文みたいに唱えたら、意を決したように扉の鍵を鍵穴に入れて回しー。


「ただいま。」

「あ、パパ!おかえり!」


俺は、声も出なかった。


薄暗い玄関の明かりの下、東雲の足元にちょこんと立っているのは、小さな女の子だった。まだ小学生にもなってなさそうな年頃。ピンク色のパジャマ姿で、眠そうに目をこすっている。


「おいおい、もう遅いだろ、まだ起きてたのか…」

「え~」

「…ただいま。」

「おかえり、ちょうどよかった。この子、パパと寝るって聞かなかったの。」


その後ろから顔を出したのは、神崎でも、元CAの女性でも、モデル体型の元カノでもない、小柄な見たこともない女性だった。ゆったりとしたルームウェアを着て、当たり前のようにそこに立っている。


やわらかい雰囲気やショートヘアの髪は神崎にどことなく似ていた。


守護霊業務日報:第318日目

作成者:トモ

担当対象の状態:英語資格に合格したんで仕事辞めることになりました。東雲との関係も一時的に持ち直し。ノイズは1日あたり1〜2割。東雲とも持ち直してどうにかなりました。

それ以外:

・時計、車のナンバー等へのゾロ目誘導(計5回)

・東雲を観察することにして家まで追いかけました。東雲は神崎の言葉をしっかり受け止めて

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