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乙女椿は悪令嬢~大正時代の悪役令嬢と入れ替わっちゃったけど、破滅の運命を回避したい!~  作者: 深水えいな@10/15『後宮炎巫伝』発売!
第七章 大正の紅き椿

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48.恵の能力

 そこへ土を踏みしめる足音が押し寄せ、特呪が利一を取り囲んだ。


「皆の者ー! いたぞ!」

「大罪人だ、捕らえろ!」

「黒百合利一、貴様を逮捕する!」


 (良かった。どうやら間に合ったようね)


 椿がほっと息を吐いていると、利一はかつての同僚たちに体を押さえつけられながらも不敵に笑った。


「ふん、だがもう遅い!」


 地面に顔を擦りつけられたまま、利一は叫んだ。


「崩鬼復活の呪文はもう唱えてある。鬼が復活するのも時間の問題だ! そうなったらお前たちなど一人残らず片付けてやる!」


 その瞬間――椿の手の中で、ドクンと脈打つように爪が熱を帯びた。


 まるで心臓を持つ生き物かのようだ。


 爪の中に、眠っていた「何か」が目を覚まそうとしている。


「なるほど。確かにまずいわね」


 椿は屋根からふわりと舞い降りると、恵のそばへと着地した。


 月光を背に、椿の艶やかな黒髪がゆっくりと揺れる。


「――だけど、お姉様なら問題ないはずよ」


 椿の言葉に、恵は青くなって下を向いた。


 椿と恵、二人が鬼の爪を挟みやりとりをしていると、そこは暁臣が駆け寄ってきた。


「椿さん、早くそれをこちらへ!」


 その声はいつになく切迫していた。


「その爪は危険だ、特呪で封印する必要がある。このままでは椿さんまで鬼に取り込まれてしまう――!」


 暁臣の伸ばす手と、恵の揺れる瞳。


 椿は手の中で熱を帯びる爪を見下ろした。


「封印……ね」


 椿はゆっくりと視線を落とし、掌に乗せた黒ずんだ爪を見つめた。


 触れているだけで、脈を打つような奇妙な熱を感じる。


 まるで誰かの意志が宿っているかのように。


 それと同時に言いようもない高揚感と万能感が体の中を駆け巡るのを椿は感じた。


 なるほど、この力を手にしては、狂ってしまうのも仕方ないのかもしれない。だけど――。


 ひと呼吸置いて、椿は顔を上げた。


「ところで暁臣さん、利一兄さんはこの爪を媒介に鬼を蘇らせようとしたみたいだけど――肝心の鬼はどこに封印されたのだと思う?」


 淡々とした声で、椿は利一に尋ねた。


「どこ……って、それはこの爪ではないのか?」


 暁臣は目を瞬かせた。


 「いいえ、違うわ」


 椿は首を横に振った。


「鬼は過去に送られたのよ。廻の“時間を操る能力”を使ってね。この爪だけが、それを逃れて現代にも残ってしまったの」


 その言葉に、暁臣の喉がごくりと小さな音を立てる。


 椿はゆっくりと恵のほうへ視線を向けた。


 恵は青ざめた顔で、震える両手を胸の前で握りしめていた。


 風が吹くたびに、その髪が顔を隠すように揺れる。


「……そうよね? お姉様」


 呼びかけに、恵はしばらく答えなかった。


 夜風が、ざざりと芝生を揺らす。


 やがて恵は、観念したように小さくうなずいた。


「ええ……そうよ」


 消え入りそうな声。


 そう、恵の能力は治癒ではなかった。


 ――時間を操る力。


 それは死者の蘇生と同じくらい禁忌とされている術だ。


 だから恵は人目を忍んで術を使い、『崩鬼録』の中巻を持ち去り、周囲の人々が恵の能力に気づくのを防いでいたのだ。


 そして凛音の魂がこの時代に来て椿の体に入ってしまったのも、実は恵の力のせいだったのだ。


 鏡が落ちてきて怪我をしそうになった椿を助けようと、恵が咄嗟に術を使った。


 その時に、力が暴走してしまい、二人の魂は時を超えてしまったのだ。


 椿は静かに鬼の爪を恵に差し出した。


「お姉様。この爪に廻と同じ呪術をかけて。この爪を崩鬼本体が送られたのと同じ、遥か過去に送るのよ」


「でも、私じゃとてもじゃないけどそんな力は――」


「いえ、あなたならできるわ」


 椿は恵の目を真っすぐに見つめた。


 その視線は揺らぎも疑いもなかった。


 何せ恵はずっと、彼女にとって憧れのヒロインで——本来の歴史では、近代呪術を確立させた祖でもある。


 恵になら、できるはずだ。


 それは願望ではなく、確信だった。


 椿は恵の手を取り、強く握りしめた。


「大丈夫。私が付いているわ」


 恵は驚いたように目を見開いた。


 その瞳に、小さな火が灯る。


 やがて恵はおずおずと——けれど強い意志を持ってうなずいた。


「ええ、やってみる」


 椿は恵と手を繋いだまま、ゆっくりと目を閉じた。


 体の中に呪力が駆け巡るのを感じる。


 全身の血流が燃えるように熱い。


 心臓が刻む鼓動すら術式のリズムと同調していく。


 できる。


 椿がそう確信した瞬間だった。


 恵が小さな声で囁いた。


「――廻《かい》」


 瞬間、真っ白な光が辺りを包んだ。


 影すら焼き尽くすような激しい閃光。


 耳鳴りが世界の音を飲み込む。


 椿は必死で目を開けた。


 すると、真っ黒な爪はボロボロと崩れ落ち、まるで星屑のような粉となって宙に舞っていた。


 呪われた爪であるはずなのに、塵となったそれはまるで聖なる夜に振る星のように、きらきらと煌めいて見えた。


 最後に一陣の風が吹き抜け、手の上に残った塵を吹き飛ばす。


 舞い上がった塵は夜空に溶け、存在ごと消えていった。


 風が止むと同時に、音のない静寂が訪れる。


「終わったのね」


 椿は力が抜け、その場にぺたりと座り込んだ。


 夜の冷たさが背中から染み込んでくる。


 ただ、その冷たさが妙に心地よかった。


 終わった。


 確かに何かが終わり、そして始まる気配がした。


 



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