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乙女椿は悪令嬢~大正時代の悪役令嬢と入れ替わっちゃったけど、破滅の運命を回避したい!~  作者: 深水えいな@10/15『後宮炎巫伝』発売!
第七章 大正の紅き椿

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46.絶体絶命

「さあ、今こそ二人で協力して、鬼を呼び出そう!」


 そう言って右手を差し出す利一。


 ぎらつく瞳が、薄闇に恐ろしく浮き上がって見える。


 椿は顔をしかめた。


「いいえ、無理よ。鬼の力は人間には制御できない。呼び出したところで鬼に喰われて死ぬのがせいぜいだわ」


 夜気が揺れ、利一はぎりりと歯を食いしばった。


「そんなの、やってみなければ分からないだろう!」


 激高する利一に、椿は黙って首を横に振った。


「いいえ、分かるわ」


 だって自分は、未来で何が起こるのか、すべての結末を知っているのだから。


 椿は強い視線で利一を睨んだ。


 だが利一は口元には薄い笑いを浮かべた。


「まあいい。邪魔をするのなら、お前も葬るまでだ。元々そのつもりだったしな」


 その言葉を聞き、椿は眉を寄せた。


「そのつもりだった?」


 その時、椿が思い出したのは、被害者の場所を赤い線でつないだ際、一か所だけ点が外れていたことだった。


 薫子が襲われた場所だ。


 初めは単なる犯人のミスかと思ったが――よく考えると、薫子は最近になり椿の真似をして髪を切っていた。


 背も椿と同じく長身だし、身に着けている小物も椿の真似をし、リボンや靴、鞄に至るまですべて同じだった。


 椿はそっと目を伏せた。


「そう、やはり薫子さんは私と間違われて襲われたのね」


 利一は肩をすくめた。


「ああ。記憶を失ったお前は邪魔でしかなかったから襲おうとしたのだが、後姿では見分けがつかなかったからな」


「何てこと」


 つまり、薫子が襲われたのはやはり自分のせいだったのだ。


 椿はぎりりと奥歯を噛みしめる。


 その拳は震え、胸元で固く握られている。


「若い女や優秀な呪術師の血には特別な力がある。この術式を完成させるにはお前の血はもってこいだ」


 利一は手に持っていた巨大な黒い爪を掲げた。


 血を啜る獣の牙のような黒い爪は、見る見るうちに伸びて黒いひと振りの刀となった。


 光を吸い込む漆黒が、見る者の心を犯していく。


「見ていろ、今すぐ鬼の養分にしてやろう」


 瞬間、黒い爪の周りに紫色に光る禍々しい気が集まって来る。


 空気が弾けるように震える。


 ――きぃん。


 耳鳴りがした。


 空間そのものが悲鳴を上げるかのようだ。


(どんな術を使う気なの!?)


 椿が身構えていると、急に視界がぐらついた。


 足元が崩れ落ちるような錯覚――。


(――えっ)


 腹部に鋭い痛み。


 時間が一瞬止まったかのように、何の予兆もなく。


 気が付くと、椿は腹部をぱっくりと斬られ、大量に血が噴き出していた。


 温かい液体がコートを濡らし、鉄錆の匂いが鼻を刺す。


「くっ……」


 椿は腹を抑え、その場に倒れこんだ。


 (まさか……こんなにも強いだなんて)


 地面に血がじわりとひろがっていく。


 椿は霞む視界の中、唇を噛んだ。


 目の前に、にやりと口をゆがめて笑う利一の顔が映る。


 その顔の背後に、黒い角の生えた影が重なった。


「ふふふ……この力、素晴らしい。もっとこの娘の血を鬼の爪に吸わせて、鬼の力を取り戻そう……」


(まさか利一……兄さん……鬼に魂まで乗っ取られて……)


 椿は必死でその場から逃れようとした。


 だが、痛みと出血がひどく、体が動かない。手足の感覚が遠ざかる。


 そうこうしているうちに、どんどん意識が遠くなっていく。


 視界の端がぼやけて、闇が滲んでくる。


「死ね……!」


 地面に横たわる椿へと、無情にも振り下ろされる鬼の爪。


 椿が死を覚悟し、目をつぶった。その時――。


 ――カキン。


 金属同士がこすれ合う鈍い音がした。


 暗闇に白い火花が散る。


 目を開けると、椿の目の前には暁臣が立っていた。


「暁臣……さん……」


 椿は目を見開いた。


 銀の刀身は月光を反射して輝き、降り下ろされた黒爪を受け止めている。


「椿!」

「椿様っ!」


 そこへ駆け寄ってきたのは、ミケと恵だ。


「お姉様……特呪に連れていかれたのでは」


 椿が尋ねると、恵は首を横に振った。


「ええ……でも証拠も足りないし、誤解が解けてすぐに解放されたの」


「そうだったの」


「それより早く、手当てをするにゃ」


 言うなり、ミケは空に浮かぶ満月を仰ぎ見た。


 ミケの瞳が赤く光ったかと思うと、その体は見る見るうちに膨れ上がる。


 毛皮が逆立ち、骨が軋む音がする。やがて猫の姿を超え、トラかと思うほどの大きさになる。


 椿はミケに背負われ、校舎の横まで運ばれた。


 夜風が頬を冷やす。遠くでざわざわと木々が鳴る。


「とりあえず、敦子様に連絡して病院を手配してもらうニャ」


 そう言うミケに、恵は首を横に振った。


「いえ、その必要はありません」


 恵はそう言うと、椿の傷口に手を当てた。


 白く温かい光が腹部を包む。


 まるで春の陽光が雪を融かすように、痛みが薄れていく。


 気が付くと椿の傷は綺麗さっぱり治っていた。


(そういえば、黒百合恵の能力は『治癒』だったわね)


「ありがとう、おかげで助かったわ」


 椿が恵に礼を言うと、恵は少し驚いたような顔をした。


 その頬がわずかに紅潮する。


「いえ……それにしても、椿は私が呪術を使えること、知っていたの? 家族にはこの力のことを隠していたし、驚くかなと思っていたけど」


「そ、それは――ほら、私の額の傷! あの傷、一生治らないかもって言われてたけど、ある日突然消えたでしょ? あの時、お姉様が何かしたような気がしたのよ」


 すると恵は口に少し笑みを作り、下を向いた。


 その黒髪が頬にかかり、夜風に揺れる。


「そう、あの時、椿に能力を使ったのを見られていたのね」


「そ、そうなの」


 椿は苦笑いを浮かべた。


 まさか未来から来たから知っているだなんて、言えやしなかった。

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