43.犯人の狙い
ひょっとしたら、姉も鬼事件について調べているのかもしれない。
椿は考えた末、そう結論付けた。
よく考えたら元の歴史でも椿はこの事件を調査していた。
本人の性格が変わらない上に鉄太まで巻き込まれたとなれば、恵が一人でこの事件を調査していたとしてもおかしくない。
椿がそんなことを考えていると、暁臣は椿を安心させるように優しい口調で言った。
「だがまだ取り調べを受けているだけで容疑者と決まったわけじゃないからその点は安心してほしい」
「そうよね。お姉様がそんなことするはずないもの」
椿は自分に言い聞かせるように口に出し、うなずいた。
そんなはずはない。姉は心が綺麗で優しい人間だ。
鬼に人を襲わせるだなんてできるはずはない。
――そうに決まってる。
暁臣は静かにうなずいた。
「ああ、俺もそう思う。恵さんはそんな人ではない。だが過去の文献から鬼爪神社に祀られている鬼がこの事件に関わっているのではないかというのが特呪の大半の見方だ」
暁臣の声は落ち着いていたが、その言葉に、椿の胸がドクンと音を立てた。
さすがは特呪。もう崩鬼にたどり着いているだなんて。
自分たちが薄々感じていた存在へ、専門家の視線もまた届いている。
それを思うと椿は背筋にぴりりと緊張感が走るのを感じた。
椿が息を飲んでいると、暁臣が静かな声で続ける。
「それで――恵さんはその鬼爪神社のお膝元にある黒百合家の令嬢だ。それに、恵さんが薫子さんに学園で酷いことを言われているのを見たことがあるという目撃証言もあって、恵さんに疑いの目が向けられているんだ」
なるほど、恵には薫子を襲う理由があると特呪は考えていいるというわけだ。
椿はきつく拳を握りしめた。
「で、でも、鉄太さんは恵お姉様の婚約者なのに?」
困惑が混じった声。信じたくない気持ちと、疑惑を突きつけられた現実の狭間で声が震える。
「それが、週末に鉄太くんと椿さんが仲良く歩いているのを見たという目撃証言もあって、それで二人の浮気を疑った恵さんが鉄太くんを襲ったのではないか、という疑いをもたれているんだ」
「ええっ」
確かに恵は自分と鉄太がいるところを目撃していた。
しかし――誤解はもう解けたはずだ。
恵には鉄太を襲う動機など、あるはずがない。
「じゃあ、雄一さんやほかの被害者は? 恵お姉様との間に接点はないはずよ」
「実を言うと、僕と椿さんの結婚が決まったあと、雄一は恵さんと結婚しようと密かに文を送っていたらしいんだ」
「そうなの?」
よく考えたら、恵は美人だし気立もよく、黒百合家も名門だ。
他にも恵を嫁に欲しいという人がいてもおかしくない。
「でも、恵さんは鉄太くんとの結婚も決まっていたし、雄一には断りの手紙を送ったそうなのだが、それからも雄一はしつこく文を送っていたらしい」
まさか、恵と雄一の間にそんな接点があっただなんて。
「そうなの? じゃあ、その他の被害者は?」
まさか、全ての被害者に恵との接点があるわけでもあるまい。
「上の連中は本命が誰なのか隠すために襲われたのではないかと言っている」
「そんな馬鹿な!」
椿は唇をぎりりと噛んだ。乾ききった口の中で血の味が微かにする。
そんな理由で証拠も無いのに恵が疑われるだなんて、あっていいはずがない。
(私が真犯人を見つけて、恵お姉様の無実を証明しなくちゃ)
椿は再び拳を握りしめた。
「ねえ、恵お姉様とは面会できないの?」
椿が尋ねると、暁臣が首を横に振る。
「いや、今はできない。証拠隠滅をしたりする恐れがあるから許可されていないんだ」
「そう」
その一言が椿の心を深く沈ませる。
うつむいた椿の肩に、暁臣はそっと手を置いた。
「とにかく、この件に関してはこちらが何とかする。お姉さんの無実は俺たちがきっと証明するから、君にはくれぐれも無茶はしないでほしい」
「ええ」
半ば放心状態で返事をした椿は、暁臣が去ったのを見届けて部屋のドアを閉めた。
静まり返った部屋に残された椿は、静かに深呼吸をした。
(暁臣さんはそう言っていたけれど……ここは私が何とかするしかない)
恵を幸せにすると決めた。
これが私の生きる道だ。
恵の無実を何としてでも証明しないと。
それに――私のせいで現れた鬼は、私の手で葬り去ってみせる。
「よしっ、やるわよ!」
そう決意した椿は、今まで集めたメモや借りてきた本を片っ端から机の上に広げ、腕組みをして考えた。
乱雑に積まれた紙の山をじっと見つめる。
恐らく重要な鬼の手がかりになるであろう『崩鬼録』の中巻は犯人の手の中にあるのだろう。
それ以外に、鬼の居場所や犯人の正体、犯人の狙いの手がかりとなるものは……。
椿の目に留まったのは、これまで事件が起きた場所に赤い点を打った地図だった。
暗い室内でその赤い点だけが妖しく、まるで血の滴のように浮かび上がる。
(この点……つないでいくと何かの形になりそう)
椿は慎重に今まで事件が起きた場所の点と点を赤い線でつないでみた。
鉛筆が紙を滑る音が、心臓の鼓動と重なる。
すると地図の上には綺麗に均整の取れた呪術陣のようなものが現れた。
「これは」
背筋に冷たい震えが走る。偶然ではない。いや、偶然にしては整いすぎている。
もしかして、犯人の狙いはこの陣?
そしてその中央にあるのは――。
「……煌月女学園」
低く、震える声で椿は呟いた。




