37.狙われた友人
クラスの全員で祈りを捧げ終わり、そのままホームルームを終えると、椿は教室を出て行こうとする担任の腕をつかんだ。
「あのっ、先生! 薫子さんと梅子さんが入院しているのは、どこの病院か教えていただけますか?」
担任は一瞬驚いた顔をしたが、椿の瞳に宿る光を見ると、ぐっと唇を引きうなずいた。
「そういえば、あなたは薫子さんたちと仲が良かったわね」
担任は薫子の両親から教えてもらったという病院名を椿に告げた。
「今日はショックで授業にならないでしょうから、早退してお見舞いに行くと良いわ。薫子さんたちも、貴女に来てもらえると嬉しいと思うわ」
「ありがとうございます」
冷たく震える指先を握りしめながら、椿は静かに息を吐いた。
胸の奥で、鋭い痛みがじわりと広がる。
(二人とも、どうか無事でいて)
椿は鞄を強く握りしめると、二人の入院する病院へと急いだ。
病院に到着すると、白衣の看護師たちが慌ただしく行き交い、受付前は騒然としている。
(これは――)
背筋にぞわりと寒気が走る。
病院内には、どこか血なまぐさいような、禍々しい異様な気配が漂っていた。
「あの……桧山薫子さんが入院なさっていると聞いてきたのですが、部屋はどちらでしょうか」
椿が震える声で問いかけると、看護師がすぐに顔を曇らせ、奥の廊下を指し示した。
「こちらへどうぞ」
廊下を進むにつれ、空気が重くなっていく。
間違いない。
この禍々しい気配は薫子の病室からしている。
(これが、鬼の気配なの!?)
椿はぶるりと背中を震わせた。
やがて遠くから聞こえる誰かのすすり泣きと、医師の低く抑えた声が聞こえてきた。
さらに歩みを進めると、見えてきたのは頭に包帯を巻いた梅子だった、
梅子は開け放たれた病室の前で、目元をハンカチで押さえながら立ちつくしていた。
(良かった、梅子さんは無事みたい)
椿はほっとしつつ梅子に声をかけた。
「梅子さん……!」
椿の声に、梅子は憔悴しきった顔を上げた。
椿は梅子に駆け寄ると、強くその体抱きしめた。
震える腕に強い不安が伝わって来る。
梅子は震える声で囁いた。
「薫子さん、まだ意識が戻らないの」
膝が崩れ落ちそうになった梅子を、椿は必死で支えた。
「大丈夫よ。薫子さんは強いもの。絶対に助かるわ」
椿の言葉に、梅子の目に光が戻り、小さくうなずく。
椿が病室の中に目をやると、白いシーツの上で眠る薫子の姿があった。
顔色は紙のように白く、胸はかすかに上下しているだけ――その腕には、包帯越しでもわかるほど深い爪痕のような傷が残っていた。
そこに残る強大な呪力に、椿は思わず後ずさる。
(今まで感じたこともないほどの強い気を感じるわ。やはりこれは鬼の仕業なの?)
椿の心臓が冷たい手で掴まれたように縮み上がる。
「薫子さん……どうか……どうか目を開けて……」
ベッドの傍らには、膝をつき、震える手で薫子の手を握る両親と、青白い顔をした若い男性の姿があった。恐らく薫子の婚約者だろう。
やがて、医師がそっと近づいてきた。
「薫子さんの傷は深く、内臓の一部にも損傷があります。ですが、まだ生きようとしています。ご家族の声が、届いているのかもしれません」
その言葉に、両親の目から涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
「薫子……」
「薫子、頑張って……どうか目を開けて!」
椿はその光景を見つめながら、胸の奥がぎゅっと締め付けられるのを感じていた。
(もし……本当に誰かが鬼を呼び出して薫子さんを襲ったのだとしたら。もしそれが、私が運命を変えたせいだとしたら……)
罪悪感にも似た重たい感情が、じわじわと椿を押しつぶしていく。
しかし――。
(いいえ……泣いている場合じゃないわ)
椿はそっと梅子の肩に手を添え、前に進み出た。
「あの……私も薫子さんの手を握ってもよろしいでしょうか?」
薫子の両親は涙で濡れた頬をゆっくりと上げ、椿を見た。
「ええ、もちろん」
「薫子……お友達が来てくれたわよ!」
椿は薫子の手をぎゅっと握りしめると、静かに胸の内で誓った。
(真相を突き止める。鬼が人々を襲う理由を――必ず突き止めてみせる)
すると、廊下の向こうから低い靴音が響いてきた。
静かな病院には相応しくな、規則正しく、どこか威圧感を含んだ足取りに椿は顔を上げた。
「失礼する」
黒い見覚えのある制服を着た背の高い男性が二人、白衣の看護師に案内されて病室へと入って来る。
そのうちの一人を見て、椿は目を見開いた。
(えっ――)
そこにいたのは、黒髪に白い肌、切れ長の瞳の美丈夫――椿の婚約者、煌夜暁臣だった。
(暁臣さん?)
だが暁臣は一瞬椿の顔を見て驚いた顔をしたものの、すぐにいつもの冷静な瞳に戻った。
(まあ、仕事中だから仕方ないわね)
椿も暁臣の仕事の邪魔にならぬよう、あえて暁臣のほうへ視線は向けないことにした。
「こちらのかたは、警察からお越しの――」
そう看護婦が言いかけたが、暁臣の隣にいた眼鏡をかけた四十代ほど男が静かな声でそれを遮った。
「結構です。下がりなさい」
その静かながらも冷たい声の響きに、看護師はたじろぎながら去っていった。
「失礼いたしました。桧山家の関係者であればお分かりかとは思いますが、私たちは特呪です」
暁臣が静かに告げる。
「特呪」の単語を聞き、その場にいた薫子の家族や関係者たちがごくりと唾をのむ。




