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乙女椿は悪令嬢~大正時代の悪役令嬢と入れ替わっちゃったけど、破滅の運命を回避したい!~  作者: 深水えいな@10/15『後宮炎巫伝』発売!
第五章 すれちがいの恋模様

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30.つかの間の帰宅

 土曜日になり、椿はようやく帰宅を許された。


「さあ、お乗りください」


 犬介に促され、椿が黒塗りの高級車へと足をかけると、暁臣が冗談とも本気とも判別のつかない口調で言う。


「君がいなくなると寂しいな」


 その言葉に、椿は胸がきゅっとなるのを感じた。


「何言っているの。土日の間だけ実家に帰るだけよ」


 椿は横を向き、あくまで軽い調子で言い返した。


「本当は送っていきたいんだけど、仕事があるからできなくてすまない」


「別にいいわよ。お仕事、頑張ってね」


 椿が言い終えると同時に、犬介が小さく頷き、車の扉を閉めた。


 小さな揺れとともに車はゆっくりと進み出す。


「それじゃあまた月曜に」


 馬車の窓から身を乗り出し、椿は暁臣と敦子に手を振った。


 二人は門の前に並んで立ち、まるで家族のように見送ってくれる。


 胸の奥がくすぐられるような、くすぐったい感覚が残った。


 ほどなくして、馬車は黒百合家へ到着した


 門をくぐった途端、煌夜家とは違う、ひんやりとした空気が肌をなでる。


「はあ、やっと戻って来たわ」


 両親に挨拶を済ませた椿は、自室の畳にごろりと転がり、天井を見上げて大きく息を吐いた。


(まさか花嫁修業があんな感じだったなんて)


 頭は疲れているのに、煌夜家での出来事が次々と頭へ蘇ってくる。


 ミケのふわふわした肉球、犬介の律儀すぎる世話焼きっぷり、そして敦子の突拍子もない行動。


 椿は「誰かに話したい!」という衝動に突き動かされ、勢いよく身を起こした。


「お姉様、恵お姉様」


 足早に恵の部屋まで向かったものの、部屋は静まり返っている。


(外出している? 恵お姉様が?)


 首を傾げた瞬間、廊下の奥から婆やの声が聞こえた。


「恵お嬢様なら、今、買い物に出かけてますよ」


「あら、そうなの」


 恵は普段、買い物など滅多にしない。


 椿が目を丸くしていると、婆やは何やら言いにくそうに眉尻を下げた。


「ええ。今日は椿お嬢様がお帰りになるということで、特別な料理を振る舞いたいとの奥様の言いつけで……恵様が買い出しに行っているのです」


「何ですって?」


 椿は思わず片眉を跳ね上げた。


 黒百合家には料理人も使用人も揃っている。わざわざ恵に行かせる必要などない。


 椿の胸に嫌な予感が広がる。


(また私と恵お姉様に、あからさまな差をつけたいわけ?)


 胃のあたりがムカムカし、唇を噛む。


「私も出かけようかしら」


 家にいても気が晴れないし、恵のことを考えるとますます胸がざわつく。


 椿はお気に入りのワンピースに着替え、髪を軽く整えると玄関へ向かった。


 ちょうどそのとき、澄んだベルの音が屋敷に響いた。


「はい?」


 扉を開けると、見慣れた和装にカンカン帽をかぶった鉄太が立っていた。


 その表情は、どこかそわそわしているように見える。


「あら、鉄太さん。久しぶり。恵お姉様なら今出かけてるわよ」


 椿がそう言うと、鉄太は周囲を気にするように視線を泳がせてから、小さく頷いた。


「ああ、それは知ってる。さっき家を出て行くのが見えたからな」


「あらそう」


(じゃあ、何の用かしら?)


 その疑問が喉まで出かかった瞬間、鉄太は勢いよく頭を下げた。


「それで、今日は椿さんにお願いがあって来たんだ!」


「……へ?」


 あまりの剣幕にぽかんとする椿。


 とりあえず鉄太に促されるままに近所をぶらぶらと歩き、気づけば二人は近所の喫茶店に腰を下ろしていた。


 ほの甘い珈琲の香りが漂い、ガラス窓越しに午後の日差しが差し込む。


 二人が注文を済ませると、鉄太は胸を張って咳払いし、意を決したように口を開いた。


「実は、恵ちゃんに婚約指輪を送りたいと思っているんだ」


「へっ?」


 椿は素っ頓狂な声をあげてしまった。


(婚約指輪? 鉄太さんが?)


 この時代、結婚指輪は浸透し始めているが、婚約指輪の文化はほとんど知られていない。


 暁臣でさえ映画で見て初めて知っていたほどだ。


「実はこの前見た映画で俳優さんが膝をついてプロポーズしてただろ?」


 つまり、鉄太は映画俳優の真似をしてみたいらしい。


「もちろんもう婚約は決まってるけどさ、内緒で指輪を買って送ったら、恵ちゃんも喜ぶと思うんだ」


 鉄太は耳まで赤くしながらそう言った。


 その照れくさそうな様子があまりにまっすぐで、椿は思わず身を乗り出した。


「あら、いいじゃない!」


 胸がときめく。恵が幸せなヒロインになる瞬間に立ち会えるのだ。


 これは協力しない理由がない。


「でもさ、俺は女の子の好みなんて分からないし、椿ちゃんに手伝ってほしいんだ。ほら、椿ちゃんなら妹なんだからお姉さんの好みだとか、指の大きさも分かるだろうさ」


「……そうね」


 椿はしばし考える。恵は椿より痩せているが指のサイズはそう変わらないように思う。


 例え違っていてもあとで直して貰えばいいのだし、椿の指の大きさを参考にしても問題はなさそうだ。


「よし、じゃあ決まりだ。そうと決まったら、さっそく今から銀座に行こう!」


 鉄太は勢いよく立ち上がったた。


 椿も真剣な顔でうなずいた。


「ええ、行きましょう。恵お姉様にぴったりのものを見つけないと」


 

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