25.煌夜家の使用人
椿があてがわれたドレスをじっと見つめていると、敦子夫人は突然腕を組み、不満げに唇を尖らせた。
「椿ちゃんとは気が合うわね。良かった。聞いてよ、うちのお義母様ときたら、下品だの西洋かぶれだの散財するなだの、私のセンスに文句ばかり付けるの。失礼ったらありゃしないわ!」
「そ、そうなんですね」
椿は相づちを打ちながら、内心で合点がいった。
恐らく恵がここに嫁いだ時、あまりに豪華な部屋や衣装に委縮をしてしまい、あまり良い反応をしなかったに違いない。
それで敦子夫人の不興を買ったのだ。
しかも母屋に住む暁臣の祖母は昔ながらの貞淑な女性が好み。
西洋かぶれの敦子夫人より控えめな恵を贔屓したのだろう。
それで二人の仲がこじれてしまったのだ。
(なるほど……もしかすると、お姉様ではなく私がここに嫁いで正解だったかもしれないわね)
椿は小さく息を吐き、鏡越しに自分の姿を見つめた。
薔薇色のドレスをまとった自分は、確かに煌夜家の花嫁としての輝きを帯びていた。
***
そして日が暮れ、辺りが淡い藍色に染まり始めたころ、椿のための晩餐会が始まった。
「さ、こちらの席へどうぞ」
椿が案内された席に座っていると、突然横から声をかけられた。
「失礼いたします。お嬢様、お飲み物は何になさいますか?」
「ああ、私は――」
と、顔を上げて椿は気付いた。
椿の横に立っていたのは、黒の燕尾服に蝶ネクタイを付けた、人間の子供ほどの背丈をした茶色い柴犬だったのだから。
(い……犬!?)
椿は思わず口をぽかんと空けてしまった。
犬が二足歩行をし、しかも見事な礼儀作法で、まるで人間のようにお辞儀している……。
椿が目を見開いたまま固まっていると、敦子がくすりと微笑んだ。
「紹介するわね。うちの執事の犬介よ。可愛いでしょ。犬の妖魔で、うちに代々仕えているの」
敦子の言葉にあわせて、犬介はさらに深々と頭を下げた。
「よろしくお願いいたします」
「よ、よろしくお願いします」
椿は思わず背筋を伸ばした。犬に対してこんなにも緊張するのは人生で初めてだ。
しかもよく見ると、他の使用人たちも犬や猫、狸や狐の姿をしている。
どうやら煌夜家というのは、呪術の名門だけあって、やはりどこまでも常識の外にある存在らしい。
(すごい。まるで絵本かゲームの世界みたいだわ)
椿があ然としていると、敦子が犬介の首の横辺りの毛を撫でながら上機嫌に教えてくれる。
「あ、ちなみに妖魔だから毛とか汚れのことは気にしなくて大丈夫よ」
犬介は少しくすぐったそうに鼻をひくりとさせた。
「は、はい、そうなんですね……」
椿がぽかんと口を開けていると、次々と料理が運び込まれてきた。
「さあさ、召し上がれ」
敦子夫人が上機嫌に料理を薦める。
椿は姿勢を正し、手元のナプキンをそっと膝に広げた。
目の前に運ばれた皿の上には、立派なビフテキが湯気を立てていた。
ソースの艶がランプの灯を受けてきらりと光っている。
恐る恐るナイフを入れると、肉は驚くほど柔らかい。
切り分けた一口をそっと口に運ぶと、舌の上でじゅわりと旨味が広がった。
椿の家では、食卓に並ぶのは煮物や焼き魚といった和食ばかりなので、西洋料理は久しぶりだ。
「わあー、美味しいですっ」
椿が頬を緩ませると、敦子夫人がぱっと笑みを浮かべた。
「お口に合うようで良かったわ。それにしてもさすが椿さん、テーブルマナーも完璧ね」
誇らしげに言う敦子夫人。
「あ、ありがとうございます……」
椿は恐縮しながら頭を下げた。
ナイフとフォークの持ち方など、現代では当たり前のことだ。
けれどこの時代では、それだけで上流の教養と映るのかもしれない。
椿が晩餐会の食事に舌鼓を打っていると、不意に後ろから声がした。
「失礼いたします」
振り返ると、犬介がこちらに向かって頭を下げていた。
「敦子様、例の三人を連れてまいりました」
犬介の言葉に、敦子の顔がぱあっと輝く。
「そうそう、椿ちゃんにもお付きの使用人を一人付けようと思っていたのよ」
使用人?
椿が首を傾げていると、犬介の背後から軽やかな足音がしてきた。
次々と姿を現したのは、犬介と同じく使用人の制服を身に纏った三毛猫、たぬき、そして巨大な雀の妖魔だった。
どの子も二足で立ち、きちんとした制服姿で行儀よくこちらを見つめている。
「こちらはミケ、ぽん吉、チュン太にございます」
犬介が丁寧に紹介すると、三匹は一斉に小さく会釈した。
「よろしくお願いします!」
(こ……この子たちのうちの一匹が私の使用人に!?)
(このうちの一匹を、私の使用人に……!?)
椿はくらくらとめまいがするような気分になりながら三匹を見つめた。
敦子は楽しげに三匹を見やる。
「椿ちゃんはどの子が良いかな?」
敦子は椿の反応を待つように瞳をきらめかせる。
「えっと……」
椿は三匹の顔を順番に見つめた。
三毛猫のミケは、長い尻尾を揺らしながら満面の笑みでこちらを見上げている。
大きな尻尾に丸い体のぽん吉は真ん丸の目をして胸を張っている。
ふっくらとした毛と丸いほっぺが可愛い雀のチュン太は羽をぱたぱたと動かしている。
(どの子も可愛い……でも、やっぱり――)
「それでは、ミケ……さんにします」
口にした瞬間、ミケの表情がぱっと明るくなった。
令和の家では猫を飼っていたが、この時代に来てからというもの、猫としばらく触れ合っていなかった。
だから猫を近くに置きたかったのだ。
「よろしくお願いしますニャー!」
ミケが元気よく前足――いや、手を差し出す。
「よ、よろしく」
椿もそっと握り返すと、ぷにっとした肉球の感触が掌に伝わった。
思わず頬がゆるむ。
(良かった。これでまた思う存分猫吸いができそうね……)
思わずニヤニヤしてしまう椿を、ミケは「にゃ?」と小首をかしげながら見上げたのだった。




