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乙女椿は悪令嬢~大正時代の悪役令嬢と入れ替わっちゃったけど、破滅の運命を回避したい!~  作者: 深水えいな@10/15『後宮炎巫伝』発売!
第四章 帝都呪術師一家の花嫁

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23.煌夜家の屋敷

 考えた末に、椿は暁臣との婚約を承諾した。


 ただし妥協案として、結婚の期日を女学校卒業まで延ばしてもらうこととなった。


 この時代、女学校では卒業を待たずして婚約や結婚が決まり、退学していく生徒がほとんどだ。


 卒業まで在籍している者は「売れ残り」と陰で囁かれることすらある。


 けれど令和から来た椿にとっては学生結婚するというのは抵抗がある。


 なので、卒業まで待ってもらえることになり少し安心したのであった。


 (卒業までまだ時間はあるし、その間に暁臣さんも心変わりをするかもしれないしね)


 その代わりとして、週に二度、暁臣の屋敷で花嫁修業に励むという条件はつけられた。


 だが、週に二度ぐらいならそう苦になることもないだろう。


 「嫁ぐ相手の屋敷で学ぶ」というのは何となく落ち着かなかない。


 けれど、幸いにも学校でも茶道や華道、礼儀作法の授業はある。


 その上、この『椿』の体は器用らしく、なんでも無難にこなしてしまう。


 そう心配することもないだろう。

 

 最大の懸念は両親であったが――「卒業までにきちんと縁談がまとまるのなら」としぶしぶ承諾してもらえた。


 恵と鉄太の縁談も、暁臣の口添えによって順調に進みつつある。


 まるで長く絡まっていた糸が、ようやく静かに解け始めたかのようだった。



 そしていよいよ椿が花嫁候補として煌夜家を訪れる日がやって来た。


 (い、いよいよね……)


 蝉の声が遠くで鳴く晩夏の午後。


 椿は煌夜家の門の前で、白い日傘を握りしめながらごくりと唾を飲み込んだ。


 黒塗りの鉄門の向こうには、深緑の日本庭園が広がり、大名屋敷のような立派な建物が立っている。


 さらにその奥には、つい最近建てられたであろう西洋の城のような洋館まで見えた。


 黒百合家もそれなりに由緒ある名家であるし、他の家に比べればかなり裕福な部類だ。


 だが目の前の煌夜家はそれをも凌ぐ格式と華やかさを誇っていた。


「わあ、すごい」


 椿は目をぱちくりさせた。


 (煌夜家ってこんなにお金持ちだったのね……)


 隣に立つ両親も、煌夜家の格式と豪華さに圧倒されたのか、どこか硬い表情をしている。


「さ、行こう」


 父親がごくりと唾を飲み、促す。


 父親が門の脇にあるドアベルを押すと、鈍い音がした。


 続いて、大きな門扉がゆっくりと開いていく。

 

「いらっしゃいませ。黒百合椿さんとそのご両親ですね。暁臣さまと奥様がお待ちでございます。ささ、こちらへ」


 黒い燕尾服を着た無表情な使用人が一礼し、足音も立てずに先導する。


 椿は深呼吸をしてから、その後に続いた。


 黒百合家の家族は、正面にそびえたつ日本家屋ではなく、その横の西洋風の屋敷に通された。


 廊下はまるで外国の館のように長い。


 足元の赤い絨毯はふかふかとして、歩くたびに音を吸い込んでいく。


 壁には西洋画やアンティークの燭台が並び、天井には精巧なシャンデリアが輝いていた。


 (すごい……まるでヨーロッパのお城みたいだわ)


 椿は思わず息をのむ。どこを見ても、煌夜家という名にふさわしい華やかさだった。


「こちらでお待ちください」


 使用人に促され、三人は恐る恐る真紅のソファーに腰かけた。


 深紅のカーテン、白磁の花瓶に飾られた百合の花。


 案内された応接室は、まるで宮殿の一角のようにきらびやかだった。

 

 ほどなくして、奥の扉が開き、白いシャツに紺色のジャケット姿の暁臣が現れた。


「暁臣さ――」


 声をかけようとした椿であったが、はっと口をつぐんだ。


 暁臣の後ろから黒髪を高く結い上げ、淡い藤色のドレスを身に纏った美しい貴婦人が現れたからだ。


 その優雅な立ち姿だけで、場の空気が一段と引き締まる。


「お久しぶりですわ、敦子《あつこ》夫人」


 母親が優雅に一礼しながら声をかけた


 (このかたが暁臣さんのお母様で、煌月学園の理事長の敦子夫人……)


 椿は反射的に背筋を正した。


 敦子夫人は椿の姿を一瞥すると、口の端にゆったりと笑みを浮かべた。


 椿は思わず姿勢を正す。


 年の頃は四十代半ばほどだろうか。白磁のような肌と、穏やかに微笑む口元。


 暁臣にどこか似たその涼し気な眼差しは、すべてを見透かすように澄んでいる。


 将来自分の姑になるかもしれない人だと思うと、椿は胸がきゅっと締めつけられるように感じたた。


「く……黒百合椿です。よろしくお願いいたします」


 膝の震えを悟られまいと、両手を膝の上に重ね、声を振り絞って頭を下げる。


「お待ちしておりましたわ、椿さん」


 敦子夫人は、緊張で強張った椿の顔を見つめると、ふっと優しく微笑んだ。


 椿がその笑みに緊張を解きかけた時、夫人は続けてこう言い放った。


「それで早速ですが――あなたには今日から、こちらの屋敷に住んでもらいます」


 その言葉に、椿はまるで氷水を浴びせられたような気分になる。


「……え?」


 椿の唇が、かすかに震えた。


 紅茶の香りが漂う静かな応接室の中、時間が一瞬止まったように感じる。


 この屋敷に通うのは週に二度という約束だったはず。


 それなのに「住む」とは、どういうことなのだろう。


 椿が恐る恐る隣の両親を見ると、二人とも驚いたように目を丸くしている。


 どうやら両親にとってもこの話は初耳らしい。


 続いて暁臣の顔を見ると、どこか気まずそうに目線を逸らした。


 (話が違うわよ……一体、どういうことなの!?)


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