18.モダンガールの野望
「――それでは煌夜暁臣くんと我が娘、椿の幸せな未来を願い、乾杯」
高らかな父の声が部屋に響く。
長々とした口上が終わり、椿はようやく目の前の食事に箸を付けた。
本日の晩餐は鰻重にお吸物、それに季節のてんぷらや煮物、漬物などの和食だ。
まるで料亭のような豪華な盛り付けに、椿はいつもと違う料理人の気合を感じた。
恐らく暁臣が来ると聞かされていたから張り切ったのだろう。
椿が食事を味わっていると、対面に座る暁臣と利一の低い声が耳に入ってきた。
「――それで先日、秩父にて討伐された妖魔についてはどうなりましたか?」
「その件に関しましては、本庁の第二調査隊の預かりとなることになりました」
「うん、それがいいですね。何せ彼らはその道の専門家ですから」
話を聞くに、どうやら二人は同じ職場で働いているらしい。
どうにかして暁臣と恵の距離を縮めたいと考えていたのに、暁臣はすっかり利一と話し込んでいて、割り込む隙がない。
(どうしたものかしら……)
椿が目の前の飲み物に口を付けながら二人の横顔をぼんやりと眺めていると、暁臣がふいに椿に笑いかけてきた。
「すみません。仕事の話ばかりでつまらないですよね?」
まっすぐに向けられた声に、椿は慌てて姿勢を正した。
「いえ、そんなことありません。とても興味深いですわ!」
椿の答えに同意したように、隣に座っていた椿も「ええ」と小さくうなずく。
椿はさらに尋ねた。
「えと……お二人とも同じ職場で働いていらっしゃるのですよね?」
暁臣は日本酒の入った盃を置きながら、ゆっくりとうなずく。
「ああ。椿さんは特呪――特別呪術警察というのはご存じかな?」
「特呪?」
その言葉は、椿にも聞き覚えがあった。
椿が凛音として令和にいた頃、呪術の教科書にそんな言葉が載っていた記憶がある。
確か、戦後に解体されてしまったが、明治後期から昭和にかけて暗躍した警察の特務組織のはずだ。
「ええと――名前だけは聞いたことがあるわ。妖魔や呪術による事件に対処する特殊機関ですわよね?」
恐る恐る椿が言うと、利一がうなずく。
「ああ。だが暁臣くんはそこで僕と共に働く同僚なんだ。呪力も強くて仕事もできて、我が特呪の次期エースとして話題だよ」
「いえ、黒百合さんは主任でしょう。私はまだ働き始めたばかりの新人ですから比較になりません」
暁臣と利一が互いに謙遜し合っていると、父親が豪快に笑う。
「はは、だが何しろ暁臣くんは煌夜家の跡取りだ、これからぐんぐん出世するに違いない、なあ、利一」
「ええ。全くです」
三人は互いを誉め合い、穏やかな笑いが交わされる。
椿はさらに尋ねた。
「その……特呪って、女性も勤めることは可能なのでしょうか?」
その一言に、父の眉がぴくりと動く。
「いや、それは不可能だ。女が特呪で働くなど聞いたことがない」
「そうですか……」
椿は短く返事をし、うつむいた。
恵を暁臣に嫁がせるとして、後に残った自分もいずれ嫁がなくてはいけない。
だが十代のうちに嫁ぐだなんて前時代的なこと、令和の世に生まれた椿には考えられないことだった。
それに椿ほどの呪術の素質の持ち主ならばきっと特呪でも活躍できるはず。この才能を埋もれさせるのはもったいない。
そう考えたのだが、どうやらそう甘いことでもないらしい。
(うーん、拝み屋ってフリーランスだし、それよりだったら特呪のほうが安定してると思ったんだけどな)
「椿さんは、職業婦人として働きに出たいのですか?」
暁臣の問いに、椿は顔を上げた。
「ええ。先日、百貨店で働くご婦人たちを見て刺激を受けましたの。これからの時代は女性も社会進出をしなくてはいけませんわ!」
椿が勢いよく言い切ると、まるで汚れたものでも見るかのように母親が眉をひそめた。
「まあっ、何てこと」
だが椿はそんな母親の反応を無視し、暁臣に向き直った。
「ですから、妻として夫を支えることを期待するのであれば、私よりもお姉様のほうが――」
けれど、その言葉は暁臣の言葉によって遮られた。
「僕は別にかまいませんよ」
暁臣は口元をナプキンでぬぐいつつ、静かな声で言った。
顔を上げると、暁臣は微笑を浮かべたまま、まるで当然のように言葉を続けた。
「今の時代は、女性もそういった活躍をすべきだと、僕は思っております」
暁臣の言葉に、食卓の上の銀の食器がかすかに音を立て、燭台の炎がゆれる。
椿は何も言葉を返すことができなかった。
父親は咳ばらいを一つすると、暁臣の肩をひとつ叩いた。
「気にすることはない、暁臣くん。椿は頭を打って以来、西洋文化にかぶれているのだ。じきに元に戻る」
口では穏やかに言いながら、その目はまるで笑っていない。
母親もまた、気まずそうに湯呑を持ち上げて口元を隠した。
「そうね。結婚を前に気の迷いを起こすことはよくあることでしてよ」
だが暁臣は、そんな二人の反応などまるで気にしていない様子で静かに椿の方を向いた。
そのまっすぐな眼差しに、椿の胸がどきりと跳ねる。
「な……何です?」
「いや。西洋の文化に関心があるというのならば――今度一緒に映画を見に行きませんか?」
「映画?」
その言葉に、椿は驚く。まさか大正時代に映画が存在しているだなんて思ってもみなかったのだ。
暁臣は、口元に柔らかな笑みを浮かべて続ける。
「ええ、映画です。浅草の電気館は行ったことはありますか? それとも銀座の金春館のほうがいいかな」
「いえ、どちらもないですけど」
椿は小さく首を横に振った。
途端に暁臣の目が楽しげに細まる。
「それなら今度一緒にいってみましょう」
その誘いに、室内の空気が一瞬、華やいだ。
椿はぐっと息を飲みこむ。
「いいですわね。そうだわ、どうせならお姉様も一緒にどうかしら」
椿は隣に座る恵の腕をとり、勢いよく引っ張った。
突然の映画の誘いには驚いたが、これは恵と暁臣をくっつける絶好の機会かもしれない。
「えっ、私も?」
恵は困惑したように目を瞬かせる。
「ねえ、いいでしょ、暁臣さん」
「ええ。構いませんよ」
暁臣は穏やかに答えた。
こうして、三人で映画を見に行く約束が交わされた。




