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乙女椿は悪令嬢~大正時代の悪役令嬢と入れ替わっちゃったけど、破滅の運命を回避したい!~  作者: 深水えいな@10/15『後宮炎巫伝』発売!
第三章 婚約破棄、してください

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19.映画館デート

そしていよいよ映画館デートの日がやって来た。


 椿は鏡の前に立つとくるりと一回し、自分の姿を確かめる。


 この日のために買った、白地に赤と青の幾何学模様のワンピースが軽やかに揺れる。

 

 耳には大粒の金のイヤリング。帽子は赤いクロシェ帽。


 足元には白いハイヒールを合わせる予定だ。


 (ふふ、どこからどう見ても完璧なモダンガールね)


 玄関の鏡に映る自分を見て、椿は満足げにうなずいた。

 

 約束の時間になると、さっそく玄関の外からエンジンの音が聞こえてきた。


「椿さん、恵さん。迎えに来ました」


 扉の向こうから、低い声が響いてくる。


 椿ははっとして顔を上げた。


 玄関を開けると、そこには仕立ての良いスーツに身を包んだ暁臣が立っていた。


 眩しい陽の光を背に、すらりと背の高い彼の姿は、まるで映画俳優のようだ。


「ああ、いらっしゃ……」


 そう言いかけた椿は、言葉を途中で飲み込んだ。


 その隣に、見慣れた顔――和装にカンカン帽といういでたちの風祭鉄太が、にかにかと人の良い笑顔で立っていたからだ。


「な……なんで鉄太さんがここにいらっしゃるの?」


 震える指先で彼を指さす椿に、奥から出てきた恵が涼しい顔で答える。


「ああ、私が呼んだのよ。二人のお邪魔をしちゃ悪いかと思って。ね、鉄太さん」


「ああ。椿ちゃんは暁臣さんと一緒に、俺は恵ちゃんと一緒に劇場でも別れて座れば、二人の邪魔にならないだろう?」


 鉄太は頬を赤く染め、にやにやと恵の方ばかり見ている。


 (嘘だ。どうせお姉様目当てに違いないわ)


「あら、そんなに気を使わなくても大丈夫よ。四人一緒に座ればいいわ」


 椿は内心で舌打ちしながらも、作り笑いを浮かべた。


「そうだな。四人いたほうが楽しいと思う。さ、行こう」


 暁臣の穏やかな声に促され、一行は車に乗り込んだ。


 暁臣の運転する自動車は、黒く磨かれたボディを光らせながら、銀座へと走った。


 ショーウィンドウには、輸入品の香水瓶やハンドバッグがずらりと並び、通りには洋装の紳士淑女が行き交っていた。


 いかにも流行最先端の街といった様子に、心がうきうきと躍る。


 やがて到着したのは、ヨーロッパ風のアーチと大理石の柱が見事な映画館だった。


 館内に入ると、暗闇の中でピアノの生演奏が静かに流れている。


 上映されたのは西洋のサイレント映画だった。


 内容はちょっぴりコミカルな恋愛劇。


 台詞《セリフ》は無いけれど、冒頭で弁士が解説をしてくれたおかげで、椿にも物語はすぐに理解できた。


 銀幕の中で、男が花を差し出す。女が頬を染める。


 場内には時折、くすくすと笑い声がこぼれ、椿もいつの間にか、夢中で画面に引き込まれていた。


「楽しかったわね、お姉さ……」


 言いかけて、ふと隣を見た。


 だが、そこにいるはずの恵の姿がない。


「あれ? お姉様は?」


 不思議そうに振り返ると、暁臣が小声で答える。


「恵さんなら、さっき鉄太くんと一緒に飲み物を買いに行ったよ」


「そう……」


 けれど、映画が終わっても二人は戻ってこなかった。


 観客たちが次々に席を立ち、館内の明かりがゆっくりと戻っていく。


 赤い絨毯の上に残されたのは、椿と暁臣の二人きりとなってしまった。


 その瞬間、椿はようやく悟った。


 (やられた……これは、きっとお姉様と二人きりになりたい鉄太さんの策略ね)


 どうせ「婚約者同士を二人きりにしてあげよう」などと口実をつけて、恵を外に連れ出したに違いない。


 自分がまんまと嵌められたことに気づき、椿は唇を噛む。


 ふと隣に目をやると、暁臣が穏やかな笑みを浮かべてこちらを見ている。


「どうやら、置いていかれてしまったようだ」


 低く落ち着いた声。


 その柔らかい響きに、椿の心臓がとくんと小さく鳴る。


「え、ええ。まったく、鉄太さんったら」


 怒りの言葉を吐き出したつもりが、声は少し震えてしまう。


 暁臣はそんな彼女を見て、喉の奥で小さく笑った。


「でも、おかげでこうして二人きりになれた」


 その言葉に、椿の頬が一気に熱くなる。


 まるでスクリーンの中のヒロインのように、うまく言葉が出てこなかった。


「……そ、そうですね。あの、えっと……おもしろい映画でしたわね」


 椿は懸命に言葉を紡ぎ出すと、下を向いた。頬がかあっと熱くなる。


 二人きりになったことがなぜだか急に恥ずかしく思えたのだ。


 暁臣は小さくうなずく。


「特に最後のシーン、あの不器用な主人公が花を差し出すところが良かった」


 暁臣は少し視線を落とし、思い出すように言った。


「どこか――椿さんに似ている気がした」


「わ、私に?」


「ああ。不器用だけれど、まっすぐで、真心のあるところが」


 暁臣の言葉に、椿は動揺しながらも、必死で笑みを作った。


「まあ、暁臣さんったら、茶化さないでくださいな」


 椿は視線を逸らし、席を立った。


 (な……何よ。ただの政略結婚で、私のことなんて何も思っていないくせに)


「さて、お姉様たちを探しに行きませんと」


 暁臣も立ち上がり、椿の肩に軽く手を添えた。


「ああ、そうだな」


 白い手袋越しに伝わる体温が、思いのほか近く感じられる。


 椿の心臓の鼓動ははちきれんばかりに早くなった。


 (もう……何なのよ。調子狂っちゃうわ)


 椿はぎゅっとハンドバックを握りしめ、暁臣にエスコートされるがままに劇場から出た。

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