14.ふたりの買い物
「それは良いのだけれど……凄い人だわ」
入口に連なる行列を見て、恵が目を丸くする。
きっと百貨店など入ったこともないのだろう。
「ええ、そうね。さっそく入ってみましょう」
椿はにこやかに答えながら、恵の腕を引いて人波の中へと飛び込んだ。
一階には色とりどりの呉服が整然と並び、鮮やかな布地が照明の光に照らされて輝いている。
二階に上がれば、文房具やハンカチ、髪飾りや傘が所狭しと並べられ、少女たちの楽しげな声があちこちから聞こえてくる。
「わあ、これ可愛い!」
椿は目を輝かせて、近くの棚から赤い着物を手に取った。
西洋の影響を受けた大胆な花柄や艶やかな赤は、いかにも大正浪漫といった雰囲気だ。
「これも可愛いし、こっちも可愛い!」
椿は色とりどりの生地を見るだけで気分が浮き立ち、次々と着物を手に取った。
「そうね、椿に似合うと思うわ」
恵が控えめにそう言うと、椿はぷくりと頬を膨らませて振り返った。
「違うわよ、恵お姉様の着物を探しているの!」
「えっ?」
椿の答えに、恵が驚き目を見開く。
椿は腰に手を当て、ため息をつきながら本題を切り出した。
「お姉様、聞いてない? 今度、煌夜暁臣さんがうちの晩餐会にいらっしゃるの。だから恵お姉様も綺麗に着飾らなきゃ!」
それを聞いた瞬間、恵の肩が小さく震える。
「で、でも私、お金が――」
おどおどと視線を伏せる恵。その姿に椿の胸がちくりと痛む。
黒百合家は爵位こそないものの他の家よりはかなり裕福な部類だ。
にもかかわらず、姉がろくにお小遣いをもらえず、必要なものも我慢していることを、椿は誰よりも知っていた。
椿は胸を張ると、恵に提案した。
「大丈夫よ、私が奢るから。婚約者の姉がみすぼらしい恰好をしていたら、暁臣さんだって変に思うでしょう?」
本当の理由は、美しく着飾った恵みを暁臣に見せて、恵を見初めてもらうため。
だが――本当のことを言うわけにはいかないので、椿はもっともらしい理由をつけて恵に着物を買い与えようとした。
だが恵は弱々しく抵抗を試みる。
「う、うん、それはそうだけど――でも、それだったら新しく買わなくても、椿のお下がりでもいいわ」
「駄目よ! お下がりなんかじゃ!」
椿は思わず声が強くした。
晩餐会や舞踏会ではなくたかが夕食会ではあるが、椿にとっては暁臣に恵の存在を印象づけ、見初めてもらう大切な舞台だ。衣装に手抜きなんてできない。
(そうよ、私が恵お姉様に魔法をかけて、お姉様を無事シンデレラにしてみせるんだから!)
椿は手にしていた赤い着物を静かに戻し、しばし考えた。
こういう濃い赤や紺色は自分のほうが似合う。
だが恵に映えるのは、もっと明るく愛らしい色合いの着物だ。もっと恵に似合う色と柄はどれだろう。
椿は目を皿のようにしてずらりと並ぶ着物を端から見ていった。
「あっ、これなんか良いんじゃなくて?」
椿の目に留まったのは、若草色の生地に橙と白の花の模様のついた着物だった。
柔らかな生地にはところどころに金糸で葉が刺繍されていて、華やかではあるが派手すぎず上品な印象を全体に与えている。
この着物ならばきっと恵に似合うに違いない。
椿は笑顔で提案する。
「お姉様、この着物を買ってはどうかしら」
しかし恵は一歩退き、申し訳なさそうに首を振った。
「そんな高価そうな着物、駄目よ」
「でも……」
椿がいくら説得しようとしても、恵は頑なに首を縦に振らない。
困った椿は苦肉の策としてこう提案した。
「そうだわ。じゃあ、これはあくまで私が買うってことにして、お姉様に貸す形にすればいいわ。それなら良いでしょう? ね?」
初めは戸惑ってた恵だったが、最終的に椿の勢いに押されたようにおずおずとうなずいた。
「え、ええ。それなら」
恵の返事を聞き、椿はほっと胸をなでおろす。
そしてそのまま店員を呼び、着物に合わせる帯をいくつも選んでもらうと、迷いなく会計を済ませた。
恵が驚きと不安を隠せずに見つめる中、椿は心の奥でひそかに思う。
(絶対に、この晩餐会で煌夜暁臣にお姉様の美しさに気付いてもらうんだから!)
それから二人は百貨店の二階へと向かうと、着物に合いそうな簪や化粧品をいくつか見繕って購入し、家へと帰った。
(ふふ、これでお姉様の準備は万全ね。あとはどうやって私との婚約を破棄してもらうかだわ)
椿は心の中で考えを巡らせた。
そして考え抜いた末、椿は《《とある作戦》》に打って出ることにした。




