11.恵のピンチ
窓の外が西日に照らされ、校庭を橙色に染める。
慌ただしかった女学校での一日もようやく終わり、椿は大きなため息をついた。
(はあ、やっと終わったわ)
女学校での授業は、令和で受けていた授業内容と多少の差はあれど、なんとか理解できる範囲だった。
呪術の授業も、扱うのは実技よりも呪術の歴史や仕組みといった座学が多く、特に難しくはなかった。
だが問題はそこではない。
友人や取り巻きたちとのやり取り――その気疲れが何よりも椿を消耗させていた。
(取り巻きたちに捕まる前に早く家に帰らないと)
椿は急いで荷物をまとめると、笑顔を繕いながら挨拶をした。
「それではごきげんよう」
すり抜けるように教室を後にする。
「はあ」
本当なら恵と一緒に下校したかった。
しかし学年も違えば教室の場所も離れている。
気づいた時にはすでに恵の姿はなく、椿は仕方ないと自分に言い聞かせ学校を出た。
(やっぱり学校では恵お姉様にあまり関わらないほうがいいのかな)
恵は重い足取りで歩きながら取り巻きたちが囁いた言葉を思い出す。
恵を「無能」と嘲り、椿にふさわしくないと決めつける女学生たちの姿。
それを聞かされるたびに、椿は胸の奥が締め付けられるような思いになった。
重い息をひとつ落とし、顔を上げる。
「……って、あれ?」
すると椿はふと目に映った景色に違和感を覚えた。
そこは見慣れぬ路地だった。
裏道のような薄暗い一角に、椿は冷や汗をかく。
朝、通学の際には通った覚えがない道だ。
どうやらいつもの道を外れてしまっていたらしい、
(どうしよう。とりあえず引き返さないと――)
焦りに足を向けたその時、不意に耳を刺すような声が響いた。
「あなた、いったいどういうつもりなの?」
「あなたのせいで椿様は記憶喪失になってしまわれたのに、のうのうと学園に来るなんて!」
「なんて恥知らずなの!?」
(え?)
声の方へ身を向け、裏路地を覗き込む。
そこで目にしたのは、三人の女生徒に囲まれる恵の姿だった。
怯えながら後ずさりする恵に、三人のうちの一人が裁ち鋏を見せる。
(あの人たち、恵お姉様に何をする気なの?)
夕日に鈍く光る鋏の刃に、椿の背筋がぞっと冷える。
「あんた、生意気なのよ――!」
女生徒たちは、恵に向かって容赦なく鋏を振り下ろす。
夕日が鋭い刃に反射し、きらりと光った。
「きゃあ!」
恵の悲鳴が路地に響く――その瞬間、椿の足は無意識のうちに石畳を蹴っていた。
そして気がついた時には椿は少女たちと恵の間に割って入っていた。
「やめなさい!」
自分でも信じられないほど大きな声が喉から飛び出す。
椿は鋏を持つ女生徒の手首を掴み、恵と彼女らの間に体を差し入れた。
「あなたたち、いったいこれはどういうことですっ!」
振り返って女生徒たちを射抜くように見据える椿。
「ひっ、つ……椿様」
小さな悲鳴とともに、恵を襲っていた女学生たちが一歩、二歩と後ずさりをする。
が、そのうちの一人が震える声で反論を試みた。
「で、でもこの無能が――」
「無能」その言葉に椿の胸に強い怒りが沸き立ってきて、椿は少女たちを冷たい視線で見据えた。
「黙りなさい」
椿としては強く睨んだつもりはなかったのだが、元より整っている顔なので、本人の想像以上に迫力があったらしい。
その一瞥に女生徒は喉を詰まらせ、言葉を失った。
「この人は私の姉ですよ」
毅然とした声が裏路地に響く。
夕暮れの光を背に、椿の立ち姿は揺るぎないものに見えた。
「姉を侮辱するものは許しません」
その言葉に女生徒たちは顔を青ざめさせ、互いに視線を交わす。
「椿……」
恵が驚きと安堵の入り混じった声で名を呼ぶ。
そのか細い声に、椿の胸はきゅっと締めつけられた。
――パチ、パチ、パチ。
その時、静寂を裂くように、乾いた拍手の音が裏路地に響いた。
椿は肩を震わせ、反射的に振り向く。
「誰です!?」
夕陽を背に立っていたのは、一人の若い男だった。
紺色の制服を身に纏ったすらりとした長身。切れ長の瞳に整った鼻筋と輪郭。
(あ……この人は)
いつか神社で椿のことを助けてくれたあの男性だ。
「見事だな」
低く落ち着いた声で、男は口元に笑みを浮かべる。
「……馬鹿にしているのですか?」
椿がむっとした顔を見せると、男は軽く首を振り、ゆっくりと足を進めた。
革靴が石畳を踏む音が、妙に大きく響く。
「いや、馬鹿になんてとんでもない。それより――」
鋭い眼差しが女生徒たちに向けられる。
その瞬間、彼の纏う空気ががらりと変わった。
「その袴――煌月女学園の制服だろう。いいのか? こんなことが学園に知れたら大変なことになると思うが」
低い声が鋭く突き刺さる。
その一言で、女生徒たちの顔色がみるみる青くなった。
「わ、私たちは別に……」
「そうそう、ただお話をしていただけですわ」
「さ、行きましょ」
恵を取り囲んでいた女生徒たちは、互いに顔を見合わせると、取り乱したように裾を翻し、逃げるように駆け去っていった。




