10.ふたりの学校生活
椿の元へ駆けてきたのは、二人の女学生だった。
一人は艶やかな黒髪を高く結い上げひさし髪にした長身の少女。
もう一人は二つに分けた髪を三つ編みにした勝ち気そうな小柄の少女だ。
どちらも礼儀正しく振る舞ってはいるが、視線には探るような色が混じっている。
おそらくは同級生なのだろう。
だが椿にはその顔にまったく見覚えがなかった。
「えっと」
戸惑う椿の様子に、二人は顔を見合わせて小さく頷いた。
「やはり噂は本当だったのね。椿様は記憶を失ってしまわれたと」
「なんとお痛わしい!」
「え、ええ。でも大丈夫よ」
曖昧に返事をする椿に、二人は前のめりになって提案した。
「それでしたら、こんな者の手を借りる必要はございませんわ! わたくしたちが責任をもって学園をご案内いたします」
「ええ。椿様の記憶が無いのをいいことに取り入ろうだなんて、無能の分際で厚かましいにもほどがありますわ!」
刺のある言葉が、矢のように恵へと向けられる。
椿は思わず恵の方を見た。
恵はほんの一瞬、目を伏せたが、すぐに笑みを作ると椿へ小さく手を振った。
「椿は……お二人と行かれたほうが良いと思います。それでは、私はこれで」
「あっ……!」
呼び止める間もなく、恵はひらりと制服の裾を揺らしながら校舎の方へと駆けていってしまった。
「さ、行きましょ」
「え、ええ……」
有無を言わせぬ調子で手を引かれ、椿は仕方なく二人の女学生とともに歩きだした。
話を聞くに、髪をひさし髪に結い上げた女生徒は薫子、おさげ髪の女生徒が梅子という名前らしい。
二人の様子からしてどうやら椿の友達のようだった。
だが、その態度は友人というよりも、まるで主を崇める信者か使用人のようで、椿はひどく戸惑ってしまった。
「椿様、お久しぶりです!」
「お体は大丈夫ですか?」
「お会いしたかったですわ、椿様」
道すがら矢継ぎ早に浴びせられる声。
教室に入ってからもそれはおさまらず、椿たちは瞬く間に女学生たちにずらりと囲まれた。
「椿様、お久しぶりです!」
「椿様、相変わらずお美しいですわ!」
「椿様、こちらへ来てお話ししましょう」
どの生徒もうっとりと憧れの眼差しで椿を見つめており、その熱量に椿は思わず後ずさりをする。
(知らなかった……黒百合椿ってこんなに人気だったのね)
伝記や資料で知っている限りの「椿」は、自らの呪力を欲のままに振るい、邪魔な人間を幾人も葬った稀代の悪女だ。
だがどうやら学園では完璧な令嬢として自らの本性を隠し振舞っていたらしい。
「薫子さん、梅子さん」
椿が声をかけると、二人は揃ってしゃんと背筋を伸ばし、忠実な兵士のように椿を見つめ返した。
「は、はいっ」
「何なりとお申し付けください」
椿は周りに人がいなくなったのを見計らい、小声で二人に尋ねた。
「二人には、学園で私がどんな感じだったか教えてほしいの。私、全く記憶がないから……」
「はい、もちろんですとも!」
「椿様のためなら!」
梅子と薫子は声を弾ませ、誇らしげに口を揃えて話し始めた。
椿は学園一の美少女で、成績も運動神経も優秀。
先生からの評価も厚く、誰からも憧れられる存在であること。
さらに火・水・土、三属性の術を扱える稀代の才女だということ。
「そ、そうなのですね」
彼女たちの話の一つ一つを聞くにつれ、椿は信じられない気持ちでいっぱいになった。
薫子と梅子がうっとりと宙を見つめながら続ける。
「椿様はすらりとした長身の美形で、同じ女子であるわたくしたちから見ても完璧なご令嬢ですから、他の女生徒の熱烈な視線を浴びることも多いのですわ」
「でも結婚のお相手が理事長の息子の暁臣様なら仕方ないと皆申しておりますの」
煌夜暁臣――。
その名前を聞き、椿の心臓がどきりと鳴る。
(煌夜暁臣――将来恵お姉様と結婚するはずだけど、この時点では椿と婚約するという噂が立っていたのね)
それなのに一体、煌夜暁臣はいつ恵と出会い、結婚を決めることになるのだろう。
(伝記には「街で暴漢に襲われた恵を暁臣が助けた」と書いてあったけれど――)
どうやらその運命的な出会いは、これからまだ先のことのようだ。




