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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第一章 足軽組頭編

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第五話 あつもりさまの神意

熱田の森は、妙に静かだった。


鎧の擦れる音、

槍の石突きが地を叩く音、

人の気配は無数にあるはずなのに、

森そのものが息を潜めている。


(……集まってきてるな)


社殿の裏、柱と柱の隙間に身を押し込み、秀政はじっと待った。


秀政の代わりに死んだ足軽たちから奪った金で、

安物の太鼓を買った。


(どうせ誰とも知らない奴らに奪われるなら、

 元仲間の俺が有意義に使ってやる)


その太鼓は林の奥に隠してある。

皮は薄い。音も軽い。

だが、今はそれでいい。


神意なんてものは、本物である必要はない。


「信じる側がそう思えば成立する」


それを秀政はもう知っていた。


やがて――

表が騒がしくなった。


人の波が止まり、ざわめきが一つに収束する。


男の声。


低く、通る声。


(……織田信長、か)


演説の内容までは聞き取れない。

だが、最後に声が張り上げられた瞬間、

空気が変わった。


(今だ!)


秀政は鳩の籠を開いた。


羽音にかぶせるように、

林の奥から太鼓を鳴らした。


ドン。


ドン、ドン。


軽いはずの音が森に反響して、

やけに大きく聞こえる。


次の瞬間。


「「――うおぉぉおおおおっ!!」」


雄たけびが上がる。


少なからずあの噂が効いた。

誰かが叫んだ。


「今川には熱田様の天罰が下るぞ!」


噂を知る者に伝播する。

それがこの社殿が揺れるんじゃないかと思うほどの歓声に繋がった。


兵たちの叫び。

地を踏み鳴らす音。


(……入ったな)


これでいい。

これ以上は要らない。


秀政はそっと身を引こうと――


その瞬間だった。


背後から、首にがっしりと腕を回される。


息が詰まる。


首元に、冷たいものが当たった。


(――やば)


脇差だ。

少し引けば頸動脈を斬り裂かれる。

完全に、詰みだ。


(しまった……)


信長は今まさに鼓舞の最中だろう。

だが太鼓が鳴れば、

冷静な将なら必ず警戒する。


その一人が様子を見に来ることくらい

なぜ予想できなかった?


(……殺される)


そう思った。


だが――

刃は引かれなかった。


代わりに耳元で声がした。


「おみゃー、なにもんだ?」


軽い。

妙に軽い口調。


声の主は小柄な男。

身なりは粗末。

だが、目だけが異様にぎらつく。


秀政は動けないまま答えた。


「……ただの、浪人だ」


「ほー」


間延びした声が返る。


そして拘束が少し緩む。


「浪人が熱田さんの裏で、

 太鼓と鳩たぁ、凝っとるがや」


(……こいつ、分かってる)


秀政は悟った。


小男は笑顔を見せながら続ける。

ただし、目は一切笑っていない。


「お前がこれ考えたんか?」


一瞬で喉が詰まる。


「……そうだ」


素直に答えた。


「そうかそうか。

 違う言うたら、その場で首が飛ぶとこだったやが」


この男――

ただものじゃない。


「おめぇ名前は?」


「……芋粥」


一瞬、沈黙。


そして、

くく、と笑う気配。


「変な名だで、百姓だな?

 必死こいて考えた名字がそれか?」


首元の刃が離れた。


代わりに、肩を叩かれる。


「俺はこれでも備前の赤松様の所で侍大将だった家柄だ。

 百姓ではない!」


「はっはは。益々気に入ったわ。備前といや、誰もわからんと思うたな?

 そんなもん、このご時世、行商に聞きゃあ何でもわかるぞ?

 芋粥なんて侍大将は聞いたことないわ」


秀政の額に汗が浮かぶ。


「ま、ええわ」


男は社殿の方をちらりと見る。


「今日の“神意”はな」


秀政の胸が、嫌な予感で締め付けられる。


「儂がやったことにしとく」


(――来た。こういう姑息な奴が考えそうなことだ)


「殿には儂が段取りした言うとくで」


「ふざけるな!

 これは――」


「お前、口は上手いか?」


遮られる。


「下手打ったら一発で終わりやで?」


空気が凍る。


「これはな、わしの功績にする」


現実世界で引きこもりだった秀政は、

何も言えなかった。


男は笑っていた。


「安心せぇ。

 お前にも少しは分け前をやる」


「冗談じゃない」


「ほぉ」


男の声が低くなる。


「ほんなら、今から殺すか?」


本気だった。

逃げ場はない。


「……待て。分かった。早まるな」


秀政は歯を食いしばる。


男はしばらく秀政を見てから、

急に笑った。


「お前みたいに、頭の回る奴は好きだぎゃ」


距離を詰める。


「取り立てたる」


軽く言う。


「名前は?」


「芋粥……秀政だ」


「儂は藤吉じゃあ。秀政なんぞ言いにくいわ。

 芋と呼ぶぞ」


「芋粥だ、芋と言うな! 芋粥 弥八郎 秀政だ。

 せめて弥八と呼べ!」


「よぉし、弥八。これから頼むわ」


――奪われた。


神意も。

功績も。


だが、確信していた。


(……こいつ、歴史を喰う側だ)


この時、秀政はまだ気づかない。


この藤吉という男が、後に――

木下藤吉郎と名乗る、あの秀吉本人であることを。


そして、この男に振り回され続けることを。


共に歴史を掻き乱すことを。

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― 新着の感想 ―
 テンパり過ぎかな? 『藤吉』でわかれよ。
メタ的に言うと作者は後の秀吉と読者に匂わせてるのが違和感の原因でしょうね。主人公がスルーは流石にって思うわ。
感想欄で否定されていますが、歴史カテゴリーの小説読者はだいたいが歴史好き。そういった読者が多い中で藤吉スルーは無理があると読者は感じます。作者さんからすれば藤吉なんてありふれた名前で引っかかる方が不自…
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