第三百三十七話 赤備えの終焉
天正十年二月中旬。
内藤昌豊は、赤備えを率いて木曾義昌の討伐へ向かった。
武田家に背いた木曾氏を討ち、離反の動きを食い止めるためである。
しかし、木曾義昌も無策で武田軍を待ち受けていたわけではなかった。
木曾谷は山々に囲まれ、軍勢が通行できる道も限られている。
義昌は、その地形を利用して守りを固めていた。
街道の要所に兵を配置し、武田軍が容易に進めないように備えていたのである。
内藤昌豊率いる赤備えは、武田家でも屈指の精鋭だった。
だが、山間の狭い道では騎馬の機動力を十分に生かすことができない。
さらに、木曾軍には滝川一益率いる織田軍の先鋒が合流した。
滝川勢は鉄砲隊を備え、木曾軍と協力して武田軍の進撃を阻んだ。
昌豊も幾度か攻撃を試みたが、木曾軍は地形を利用して粘り強く抵抗した。
赤備えが局地的に敵を押し返すことはあっても、木曾軍の防御を崩すまでには至らなかった。
こうして、木曾谷での戦いは膠着状態となった。
その最中、昌豊のもとへ新たな知らせが届いた。
織田信忠率いる軍勢が、伊那谷方面から武田領への進攻を開始したというのである。
これは、昌豊にとって看過できない事態だった。
木曾義昌の討伐を続けている間に、信忠軍が伊那谷を北上すれば、武田家に残された信濃の領地まで危うくなる。
しかも、南信濃には芋粥軍が駐屯していた。
武田軍は、木曾方面の織田軍だけでなく、南信濃からの攻撃にも備えなければならない。
昌豊は、戦況を検討した末に決断した。
木曾討伐を断念し、軍勢を撤退させるのである。
ただし、撤退は容易ではなかった。
武田軍が退き始めれば、木曾軍と滝川勢が追撃してくることは明らかだった。
そこで昌豊は、自ら赤備えを率いて殿軍を務めることにした。
武田軍の主力を先に退かせ、赤備えが後方に残って追撃を阻止するのである。
そして、昌豊の予想どおり、木曾軍と滝川勢は撤退する武田軍を追った。
しかし、そこで待ち受けていたのが赤備えだった。
昌豊は地形を利用して兵を配置し、追撃してきた敵軍を迎え撃った。
木曾軍が攻め寄せれば槍隊でこれを防ぎ、敵の隊列が乱れたところへ騎馬武者を突入させる。
滝川勢も鉄砲を用いて攻撃したが、昌豊は無理に突撃せず、敵が近づいてきたところを狙って反撃した。
追撃に勢いづいた木曾軍は、幾度も赤備えに撃退された。
滝川勢も損害を受け、武田軍の撤退を阻止することはできなかった。
前年の南信濃戦役で大きな損害を受けたとはいえ、赤備えはなお武田家の精鋭だったのである。
昌豊は追撃を食い止めながら軍勢を退かせ、武田軍の主力を無事に撤退させることに成功した。
しかし、木曾義昌の討伐は果たせなかった。
木曾氏の離反を認める結果となったばかりか、織田軍の信濃進攻を許すことにもなったのである。
戦術的には赤備えが奮戦したものの、武田家は戦略的に敗北した。
そして、この敗北をきっかけに、武田家に従っていた国衆の間にも動揺が広がり始めた。
織田軍が信濃へ進攻してくる一方、武田軍は木曾義昌を討つことすらできなかった。
この事実は、武田家の威信をさらに傷つけたのである。
*
木曾方面から撤退した昌豊は、勝頼へ戦況を報告した。
木曾討伐を断念したこと。
織田信忠軍が伊那谷方面から進攻していること。
そして、武田方の国衆に離反の動きが広がりつつあること。
いずれも、武田家にとって厳しい報告だった。
しかし、昌豊には一つの考えがあった。
高遠城の防衛に加わることである。
高遠城は伊那谷を押さえる重要な城であり、武田家の西方防衛を支える拠点だった。
城を守る仁科盛信は、勝頼の異母弟にあたる武田一門の武将である。
信忠軍が伊那谷から進攻してくる以上、高遠城を失えば、武田家の信濃支配はさらに危うくなる。
昌豊は勝頼に、高遠城へ入って盛信とともに戦うことを願い出た。
勝頼も、昌豊の申し出を認めた。
こうして、内藤昌豊率いる赤備えは、高遠城へ向かった。
高遠城には、仁科盛信の軍勢に加え、武田家の精鋭である赤備えが集結することになった。
一方、木曾方面の戦いを終えた滝川勢と木曾軍も、信忠軍との合流を図った。
撤退する赤備えを追撃した際に損害を受けていたものの、両軍はなお戦力を保持していた。
そして、織田軍は高遠城へ向けて進軍を続けた。
史実においても激戦となった高遠城攻防戦は、この世界では仁科盛信と内藤昌豊がともに守る、さらに大きな戦いになろうとしていた。
*
その頃、南信濃に駐屯する芋粥軍では、織田軍の進撃を伝える報告が相次いでいた。
芋粥軍の総大将は、芋粥備前守長政。
副将には、千種伊勢介政親が就いていた。
ほかにも鷺山利玄をはじめとする芋粥家の諸将が、南信濃の守りに当たっていた。
しかし、彼らには秀政から一つの命令が下されていた。
軍勢を動かさず、南信濃に留まることである。
そのため、芋粥軍は織田軍の進撃を見守るばかりだった。
武田方の城が次々と織田軍に降り、信忠軍が信濃へ進んでいるという報告が届いても、芋粥軍には出陣の命令が出なかった。
これに不満を抱いたのが、鷺山利玄だった。
「しかし、面白くありませんな!」
鷺山は、軍議の席で不満を口にした。
「滝川殿は木曾で武田軍を退け、今また中将様とともに信濃へ攻め込んでおられる。
それに比べて、我らはここで待機するばかりではございませぬか」
「うむ……」
長政も、鷺山の言葉に頷いた。
「確かにな。
武田方の城が次々と降っているというのに、我らは何もしておらぬ」
「左様にございます!」
鷺山は勢いづいた。
「今ならば、さほど兵を失わずとも、武田方の城の一つや二つは攻め取れるのではございませぬか?」
「それは、俺も考えていた」
長政は、政親へ目を向けた。
「伊勢介殿。
今の武田家は、かなり弱っているのだろう?」
何を言い出すのだと言わんばかりの目で、政親は二人を見た。
「はい。それは間違いございませぬ」
「ならば、我らも動くべきではないか?」
長政は続けた。
「滝川殿ばかりが功を挙げている。
我らも少しは働かねば、義父上に申し訳が立たぬ」
「まったくでございます!」
鷺山が声を上げた。
「このままでは、芋粥勢はただ縮こまっていただけで、何の功も挙げておらぬと言われかねませぬぞ!」
さらに、鷺山は言葉を続けた。
「かつて佐久間様も、十分な働きをしておらぬとして追放されたではございませぬか。
我らも同じようなことになっては、たまりませぬ!」
その言葉を聞いた政親は、眉をひそめた。
「利玄」
「はいっ?」
「落ち着け」
政親は、努めて冷静に答えた。
「義兄上からは、絶対に動くなと言われておるだろうが」
「それは承知しておるが……」
「承知しているのであれば、なぜ出陣などと騒ぎ立てる」
政親の声が、少し厳しくなった。
長政が口を挟んだ。
「しかし、伊勢介殿。功がないのは確かだ」
「備前守様」
政親は、長政へ向き直った。
「ここで待機するのは、上様のご命令にございます」
「上様の?」
「はい。義兄上も、上様から兵を温存するよう命じられております。
我らが勝手に軍勢を動かすことは許されませぬ」
「だが、なぜそこまで兵を温存する必要があるのだ?」
長政は不思議そうに尋ねた。
「武田家を討つのであれば、我らも加わった方が早いではないか」
「武田家を討った後のことがあるからにございます」
政親は答えた。
「後のこと?」
「はい。上様は、すでに武田家の次を見据えておられます」
鷺山が首を傾げた。
「次とは?」
「いずれ、我らは中国攻めの羽柴殿の軍勢への加勢に動くことになりましょう」
「ほう……」
「その時に備えて、今は兵を失わぬようにせよということです。
そもそも、我らが動かずとも武田家は落ちまする」
「そこまで言い切れるか?」
長政が尋ねた。
「はい。木曾義昌が離反し、織田軍が信濃へ進攻している以上、武田方の国衆は次々と降ることになりましょう」
政親は、南信濃に駐屯する芋粥軍の役割を説明した。
「我らがここにいるだけでも、武田方の国衆にとっては大きな脅威にございます」
「脅威?」
「はい。武田軍が中将様や滝川殿の軍勢に向かえば、我らが背後から攻め込むかもしれませぬ。
武田方は、そのことを常に警戒せねばならぬのです」
「なるほど……」
「我らが実際に動かずとも、武田軍は兵をこちらに備えておかなければなりませぬ。
そうなれば、中将様の進撃も容易になります。
武田方の国衆も、織田軍に抗して勝てる見込みがないと考えれば、戦わずして降るでしょう。
それもまた立派な功にございます」
「ううむ……」
鷺山は腕を組んだ。
「理屈は分かるが、しかしな……つまらん」
政親は、思わず鷺山を見た。
「つまらんかどうかで判断するな」
「いや、そうは申されてもな。
せっかく戦場におるというのに、ただ待っているだけでは……」
「義兄上ならば、この状況を大いに喜ばれるでしょうな」
「殿が?」
「そうだ」
政親は、当然のように答えた。
「兵を一人も失わずに済むのだから」
その言葉に、長政は思わず笑った。
「ははは! 確かに義父上ならば、そう仰るだろうな!」
「左様にございます」
政親も頷いた。
「我らが兵を失わず、しかも武田家が滅ぶのであれば、これほど都合のよいことはございませぬ」
長政は、しばらく考えてから頷いた。
「分かった。ここで待機しよう」
「ご理解いただき、ありがたく存じます」
「鷺山もよいな?」
「はっ。若がそう仰せであれば、従いまする」
鷺山は、いささか不満そうではあったが、頭を下げた。
長政は、改めて政親を見た。
「それにしても、伊勢介殿はずいぶんと事情に詳しいな」
「と申されますと?」
「義父上が兵を温存しようとしている理由や、今後の中国攻めのことまで、よく承知しているではないか」
政親は、少しも表情を変えずに答えた。
「我が家臣の神崎から、義兄上のお言葉は伝え聞いております」
「神崎から?」
「はい。義兄上のお考えや、上様の今後のご方針についても、可能な限り情報を集めております」
政親は続けた。
「備前守様も、いずれ芋粥家を率いるお立場。
これくらいの情報は、常に把握しておかれるべきかと存じます」
「なるほど……」
長政は感心したように頷いた。
「俺も見習わねばならぬ」
「恐れ入りまする」
政親は、丁重に頭を下げた。
しかし、その内心は穏やかではなかった。
(……頼りない)
長政は、武将として決して無能ではない。
若く、戦場で功を挙げたいという気持ちも理解できる。
しかし、目先の戦功に気を取られ、主君の命令や軍勢を温存する意味を十分に考えていない。
しかも、家中の情勢についても、政親から説明されて初めて理解している。
(これでは、芋粥家を任せるわけにはいかぬ)
政親は、改めてそう考えた。
長政は信長や秀政が後継者として定めた人物である。
しかし、政親には、長政が芋粥家の当主にふさわしいとは思えなかった。
それでも、今は何も言うつもりはない。
政親は表情を変えることなく、軍議を終えた。
*
その間にも、武田家の崩壊は進んでいた。
織田軍が信濃へ進攻すると、武田方の城や国衆は次々と降伏した。
木曾義昌の離反に続き、各地で武田家から離れる者が現れたのである。
勝頼は、これを食い止めようとした。
しかし、すべての城へ援軍を送ることはできなかった。
織田軍は各方面から進撃しており、武田家の兵力はそれに対応するには不足していた。
しかも、武田方の国衆は、すでに織田軍との戦力差を理解していた。
抵抗して城を失うよりも、早いうちに織田家へ降った方が領地や家臣を守れる。
そう考える者が増えていったのである。
そして、高遠城は次第に孤立していった。
城には、仁科盛信と内藤昌豊。
さらに、赤備えも城内に入っていた。
武田家に残された精鋭が集まった高遠城は、織田軍にとって容易に落とせる城ではなかった。
信忠軍が高遠城へ迫ると、降伏を勧める使者が送られた。
しかし、盛信はこれを拒否した。
勝頼の異母弟として、最後まで武田家に忠義を尽くす覚悟だったのである。
昌豊もまた、降伏するつもりはなかった。
先代信玄の時代から武田家に仕えてきた宿将として、最後まで戦うことを選んだ。
赤備えの将兵たちも、主将に従った。
すでに武田家の敗色が濃くなっていることは、誰もが理解していた。
それでも、彼らは武田家の旗を捨てなかった。
こうして、高遠城を巡る戦いが始まった。
仁科盛信と内藤昌豊が率いる武田軍は、城の地形や防御施設を利用して激しく抵抗した。
織田軍も、多くの将兵を投入して攻撃を続けた。
赤備えは城内から幾度も反撃し、攻め寄せる織田軍に損害を与えた。
しかし、兵力の差は大きかった。
織田軍は攻撃を緩めず、ついには城内へ突入した。
仁科盛信は、最後まで抵抗して討死した。
内藤昌豊もまた、赤備えの将兵とともに戦い、ここで命を落とした。
三月初旬、こうして高遠城は落城した。
武田家の一門である仁科盛信。
そして、先代信玄の時代から武田家を支えてきた宿将、内藤昌豊。
両名の討死は、武田家にとって取り返しのつかない損失だった。
さらに、再建途上にあった赤備えも、この戦いで壊滅した。
木曾谷で織田軍を苦しめ、高遠城でも最後まで抵抗した赤備えだったが、ついに武田家の精鋭としての歴史を終えたのである。
高遠城の落城によって、武田家の敗北は決定的となった。
織田軍の進撃を阻むだけの軍勢は、もはや武田家には残されていなかった。




