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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十七章 織田家宿老編(本能寺編)

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第三百三十三話 探り合い

政親からの返書を受け取った神崎は、供の忍びに声をかけた。


「さて、殿のご指示もいただいた。

 そろそろ明智様へのご挨拶に向かうとしよう」


「はっ!」


神崎は、すでに灰となった政親の返書を一瞥した。

そこに書かれていた策は、神崎が当初考えていたものとは異なっていた。


だが、政親の意図は理解できた。

今はまだ、明智光秀に何の異変も感じさせてはならない。

神崎は供の忍びに支度を命じると、明智家へ向かう準備を始めた。


*


数日後。


神崎友清は、供の者を連れて明智家を訪れた。

事前に年始の挨拶に伺う旨を伝えていたこともあり、屋敷では滞りなく迎え入れられた。


案内された座敷で待っていると、ほどなくして明智日向守光秀が姿を現した。


「おお、神崎殿。よう参られた」


「はっ! 明智様におかれましては、ますますご健勝のこととお慶び申し上げます」


神崎は深く頭を下げた。


「本年も、我が主、千種伊勢介政親ともども、よろしくお願い申し上げまする」


「うむ。こちらこそ、よろしく頼む」


光秀は穏やかな表情で頷いた。


「それにしても、伊勢介殿は息災か?

 昨年は南信濃でずいぶんと働かれたと聞いておるが」


「はい。おかげさまで、変わりなく励んでおりまする」


「それは何よりじゃ。

 伊勢介殿は、以前から戦働きのみならず、軍の取りまとめにも長けておられた。

 南信濃でも、さぞ伊勢守殿のお役に立っておられるのであろうな」


「ありがたきお言葉にございます。

 伊勢介様も、明智様からそのようにお言葉をいただいたと知れば、お喜びになられましょう」


「ははは。世辞ではないぞ」


光秀は笑った。


「本願寺攻めの折には、伊勢介殿にずいぶんと助けられた。

 佐久間殿のもとでは、諸将の意見を取りまとめるだけでも骨が折れたからな」


「左様でございましたな」


神崎も笑みを浮かべた。


「伊勢介様も、あの折のご苦労については、今でも時折お話しになられまする」


「そうであろう。わしにとっても、忘れられぬ戦じゃ。

 ――ところで、伊勢介殿は今も信濃か?」


「はい。本年も引き続き、南信濃の守りを任されております。

 そのため、今年は明智様への年始のご挨拶に伺うことが叶いませぬ」


「なるほど。それで神崎殿が代理というわけか」


「はっ。伊勢介様より、くれぐれもよろしくお伝えするよう申し付かっておりまする」


「うむ。伊勢介殿には、よろしく伝えてくれ」


光秀は頷くと、思い出したように言った。


「そういえば、神崎殿にも礼を申しておかねばならぬことがあったな」


「はて、私にでございますか?」


「うむ。以前、伊勢介殿を介していただいた、丹波の寺社領安堵と諸役免除に関する定書の雛形じゃ」


「あぁ、あの文書でございますか」


「そうじゃ。あれは実に参考になった」


光秀は感心したように続けた。


「丹波を治めるようになってから、寺社の領地や諸役の扱いには何かと苦労しておってな。

 古くからの権利を主張する寺社もあれば、従来の取り決めが曖昧なままになっておるところもある」


「左様でございましょうな」


「寺社の権利を認めるにしても、どこまで認めるかを明らかにせねば、後々の争いの種になる。

 かといって、一方的に新しい負担を課せば、寺社の反発を招きかねぬ」


光秀はそこで神崎に笑みを向けた。


「神崎殿が示してくださった雛形は、そのあたりがよく整理されておった。

 安堵する領地と免除する諸役を明記し、従来の慣例についても、認めるものと改めるものを分けておったからな」


「恐れ入りまする」


神崎は頭を下げた。


「寺社領の扱いは、後々の争いを避けるためにも、最初の定めが肝要にございます。

 特に諸役の免除については、曖昧な書き方をいたしますと、免除される側が都合よく解釈することもございますゆえ」


「まさしく、そのとおりじゃ!」


光秀は大きく頷いた。


「わしも、あの文書を拝見して、いくつか条文を改めさせた。

 おかげで、家臣たちにも何を認め、何を認めぬのか、明確に申し渡すことができたわ」


「それは何よりにございます」


「いやいや、神崎殿のような方が伊勢介殿のもとにおられるとは、実に心強いことじゃ。

 伊勢介殿は人を見る目もある。

 あれほどの才覚を持ちながら、神崎殿のような者まで抱えておられるのだからな」


「過分なお言葉、恐縮にございます」


神崎は再び頭を下げた。


もっとも、神崎にとって、光秀からこのように評価されるのは初めてのことではなかった。

以前から政親を介して明智家との交流があり、法令や文書について意見を求められることもあった。


神崎もその都度、自らの知識を惜しまず伝えてきたのである。


光秀にとって神崎は、単なる芋粥家の陪臣ではなかった。

政親が抱える切れ者の一人であり、法令や領国統治について確かな見識を持つ人物として、一目置いていた。


そのため、今回も年始の挨拶に訪れた一陪臣としてではなく、以前から付き合いのある知己として迎えていたのである。


「まぁ、堅苦しい話はこのくらいにしよう」


光秀は笑みを浮かべた。


「せっかく京まで参られたのじゃ。

 今日はゆるりとしていかれるがよい」


「ありがたき幸せにございます」


神崎は丁寧に頭を下げた。


しばらくの間、二人は近況や昔話に花を咲かせた。

丹波の領国経営から昨年の南信濃での戦いまで、話題は尽きなかった。

神崎も、政親の近況や芋粥家の様子について、差し障りのない範囲で答えていた。


やがて、光秀が話題を変えた。


「そういえば、伊勢介殿は今も芋粥家の外交を担っておられるのであったな」


「はい。伊勢介様は、伊勢守様から諸家との交渉を任されることも多うございます」


「うむ。あの方ならば、さぞ諸国の事情にも通じておられるのであろう」


「恐れながら、そのあたりは伊勢介様の最も得意となさるところにございます」


「ははは。やはりそうか」


光秀は笑った。


「伊勢守殿は戦にも政にも優れたお方じゃが、伊勢介殿のような方が傍らにおられることも、芋粥家の強みなのであろうな」


「ありがたきお言葉にございます」


神崎が頭を下げると、光秀は茶碗を手に取った。


「それにしても、昨年は諸国でずいぶんと動きがあった」


「左様でございますな」


「東では武田、北では上杉、西では毛利……。

 いずれも、上様に従わぬ大名ばかりじゃ」


「はい」


「もっとも、東方のことは伊勢守殿や伊勢介殿がおられる。

 わしが案ずるまでもあるまい」


光秀は茶を一口飲んだ。


「むしろ、これからは西国の動きが気になるところじゃ」


「西国、でございますか?」


「うむ。中国では羽柴殿が毛利と戦っておられる。

 四国では長宗我部が毛利や九州に睨みを効かせておる。

 いずれも、今後の織田家にとって無関係ではあるまい」


「確かに、そのとおりにございます」


神崎は頷いた。


光秀は、しばらく中国地方の戦況について話した。

羽柴秀吉が毛利との戦いを進めていることや、中国方面の平定が織田家にとって重要であることなど、特に目新しい話ではなかった。


神崎も相槌を打ちながら聞いていた。

すると光秀は、話題を四国へ戻した。


「ところで、長宗我部のことじゃが……」


「はい」


「元親殿は、なかなかの人物じゃ。

 土佐の一大名から身を起こし、四国を統一するまでになった」


「左様でございますな」


「わしも以前から長宗我部家とは付き合いがあるゆえ、その働きぶりには感心しておる」


光秀は、そこで少し考えるような素振りを見せた。


「もっとも、今は味方とはいえ、これほど勢力が大きければ、上様も今後の扱いをお考えになられるであろう」


「それは、そうでございましょうな」


「うむ。元親殿も、上様のお考えには気を配っておられるようじゃ」


光秀はそう言うと、神崎の顔を見た。


「伊勢介殿は諸家との交渉に通じておられる。

 長宗我部のことについても、何かお聞き及びではないか?」


「長宗我部家のことでございますか?」


「うむ。何も特別な話でなくともよい。

 年始評定では伊勢守殿は上様と個別にお話もされたようだ。

 伊勢介殿も何か噂でも聞いておるやもしれんな」


光秀は穏やかに続けた。

神崎は、光秀の言葉を聞きながら考えた。


「それにございますか」


(早速食いついたか)

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― 新着の感想 ―
先の楽しみに取っとかないとなんだけど、つい気になったのが主人公が家康に対してどこまで友好的な気持ちを持っているやら。 史実通りに本能寺が起きたとしとら伊賀・伊勢は芋粥勢力圏、紀伊も友好的勢力圏、家康の…
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