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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十七章 織田家宿老編(本能寺編)

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第三百三十二話 神崎の野心

甲賀忍びを見送り、一人になった神崎は、しばらく文机の前で考え込んでいた。


明智光秀が信長に疑念を抱き、ついには謀反を起こす。

おそらく慎重な明智は、千種や神崎が何も言わずとも、信長だけでなく信忠を討ち取れる機会を狙って、反旗を翻すだろう。

そして信長親子が討たれれば、天下は乱れる。


そこで秀政は必ず仇討ちに立ち上がる。

神崎は、秀政の信長に対する忠誠を疑っていなかった。

むしろ、だからこそ、この策が成り立つと考えていたのである。


(明智が上様を討ち、伊勢守様がその仇を討てば……)


信長と信忠が失われ、謀反を起こした光秀も秀政によって討たれる。

そうなれば、織田家の中で秀政の発言力は飛躍的に高まるはずだった。


(伊勢守様が次の天下人となることも、夢ではない)


さらに、神崎にはもう一つの期待があった。


(上様がおられなくなれば、秀文様に家督をお継ぎいただく道も開けよう)


現在、芋粥家の後継者は長政である。

しかし政親は、秀政の実子である秀文を後継者に据えたいと考えていた。


今のうちから明智に策を仕掛けておけば、仇討ちの際には政親が大いに功を挙げるだろう。

信長の存在がなくなり、政親の発言力が強まれば、家中の後押しも得て、その望みを実現できる可能性も高まる。


そして、秀文が芋粥家を継げば、その後見に立つ政親の千種家も、さらに大きな力を持つことになる。


(そうなれば、千種は天下人の宿老……)


神崎は、そこで口元を緩めた。


(そして俺も……)


神崎には、長年抱き続けてきた望みがあった。


かつて近江を支配した六角家の再興である。

今は芋粥家に仕える身であっても、その望みを捨てたわけではなかった。

もし秀政が天下人となり、政親がその政権で重きをなすようになれば、神崎にも六角家再興のために働く機会が巡ってくるかもしれない。


(神崎ではなく、六角を名乗ることもできよう)


神崎は、そう考えた。

そのためにも、まずは明智光秀の疑念を利用しなければならない。


六角家再興を狙う神崎こそが、織田信長を最も邪魔に思っていたのである。


神崎は立ち上がると、明智家へ向かう支度を始めた。


*


神崎は、甲賀忍びの供回りだけを連れ、明智家への年始の挨拶に向かった。

もっとも、すぐに明智光秀を訪ねるつもりはなかった。


京へ入った神崎は、東山の山裾にある瑞雲寺に宿を取った。

この寺の住職は、かつて六角家に仕えた者の縁者であり、神崎とは古くから付き合いがあった。

神崎にとっては気心の知れた相手であり、余計な詮索を受けずに逗留できる場所でもあった。

明智家への年始の挨拶を前に、しばらく京で休息を取るという名目であれば、数日の滞在も不自然ではない。


もっとも、神崎が待っていたのは休息ではなかった。

南信濃にいる政親からの返書である。


神崎は、政親へ送った文の中に、京では瑞雲寺に宿を取ることも記していた。

政親が策を認めるのであれば、そのまま明智家へ向かう。

認めぬのであれば、何もせずに年始の挨拶だけを済ませればよい。


いずれにせよ、政親の判断を聞くまでは動くつもりがなかった。


そして、瑞雲寺に入って数日が過ぎた頃。

ようやく、南信濃からの返書が届いた。


「おお、来たか」


神崎は供の忍びから文を受け取ると、早速封を解いた。

そこには、政親からの指示が記されていた。


神崎は一度読み終えると、もう一度、最初から目を通した。


そして、口元に笑みを浮かべた。


「ふっ……」


神崎は文を折り畳むと、傍らの火鉢に放り込んだ。

紙は炭火に触れて燃え始め、やがて黒く縮れながら灰となった。


神崎は、それが完全に燃え尽きるのを見届けた。


「ふふふ。案の定、殿もこれを絶好の機会と捉えられたか」


傍らに控えていた甲賀忍びが尋ねた。


「殿は、何と?」


「許す。抜かりなくやれ、とな」


「では、明智様への工作をお認めになられたのですね」


「あぁ。だが……」


神崎は、そこで少し笑った。


「少々、方法を変えよとのご指示もあった」


「方法を、でございますか?」


「うむ。俺もそれなりに謀には自信があるつもりだったが、毒の扱いに関しては、さすがの俺でも殿には到底敵わんようだ」


神崎は愉快そうに笑った。


「はははは!」


「より効果的な策でも、お考えになられたのでしょうか?」


「あぁ。殿のご指示どおりに動くことにしよう」


「承知いたしました」


忍びはそれ以上尋ねなかった。

政親が神崎にどのような指示を与えたのか、知る必要がなければ聞かない。

それが、普段から密命を扱う者の心得でもあった。


しかし、神崎はそのまま話を続けた。


「考えてもみよ。

 今回、俺が明智に会ったところで、確実に謀反を起こすとは限らん」


「はい」


「一度の面会で人の考えを変えるのは難しい。

 まして明智は慎重な男じゃ。

 だからこそ、今回は一滴の毒を含ませる程度にとどめるつもりだった」


神崎は火鉢の炭を見つめながら続けた。


「劇薬は効果が大きいが、仕掛ける側にも覚悟が要る。

 下手をすれば、毒を盛ったことがすぐに露見するからな」


「左様でございます」


「そこで、誰にも知られずに相手を仕留めようとするなら、どうする?」


忍びは少し考えてから答えた。


「弱い毒を、継続して飲ませるのがよろしいかと。

 少しずつ体を弱らせていけば、相手もすぐには気づきませぬ」


「そうだ。そして、十分に弱ったところで、少し強い毒を飲ませればよい」


「はい。それならば、仕掛けた者も疑われにくいかと」


神崎は頷いた。


「普通は、そう考える」


「はい」


「……と、殿は仰せだ」


「……は?」


忍びは思わず顔を上げた。

神崎は笑みを浮かべたまま続けた。


「どれほど愚かな者でも、いよいよ最悪の事態に陥れば、考えるものじゃ。

 自分の体が悪くなり始めたのは、いつからだったのか。

 何がきっかけだったのか、とな」


「なるほど……」


「そして、思い当たる節があれば、そこから疑いが生まれる。

 最初に毒を飲ませた者まで、調べられるかもしれん」


神崎は指を一本立てた。


「殿は、そこが危ういと仰せなのだ。

 少しずつ弱らせる方法では、相手が異変に気づいた時、最初の一滴まで疑われる恐れがある」


「確かに……。では、どのようになさるので?」


忍びが尋ねると、神崎は口元を緩めた。


「今は、体に一切の不調が現れぬ毒を飲ませるのだ」


「……不調が現れぬ毒、でございますか?」


忍びは困惑した顔をした。

毒を飲ませるというのに、相手には何の異変も起こさない。

それでは、何のために毒を盛るのか分からなかった。


「ふふふ……そうだ。

 不調は現れぬが、毒が効きやすくなる薬を与え続けるのだ」


「はぁ……」


神崎は、忍びの困惑した顔を眺めた。


「ここぞという時に、初めて毒を仕込む。

 すでに毒が効きやすくなった体であれば、たちまち症状が現れるだろう。

 そうなれば、誰の仕業かなど考える余裕もない。

 生き延びるために、ただ足掻くしかなくなるのだ。

 まぁ、いずれ分かる」


それだけ言うと、神崎は立ち上がった。

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― 新着の感想 ―
三者三様ですね。 可能性はどれも考えられるものの、政親はどのルートでも畳の上では死ねなそうw
いいじゃないですか、野望編。やる気は大事!
陰謀パート面白いですね。 明智光秀を嵌めるのはたしかに難しいわけでどういう方法で帰結していくのか 楽しみで仕方ないです。
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