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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十六章 織田家宿老編(東方遠征編)

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第三百十七話 秀文、新たな疑問

鬼兵の再建が動き始めた。


南信濃で傷を負い、以前と同じようには戦えなくなった鬼兵たちを教える側へ回す。

坂木と上田が全体をまとめ、一般常備兵三千人を鍛え直す。


秀文の何気ない疑問から生まれた新しい育成方法は、少しずつ形になっていた。


だが――。


「やはり、時間は掛かるな」


秀政は常備兵の鍛錬を眺めながら呟いた。

やり方を変えたからといって、昨日まで普通の兵だった者が、明日には鬼兵になれるわけではない。

むしろ、鬼兵としての質を落とさないのであれば、時間を掛けて鍛えるしかない。


南信濃戦役で失った鬼兵は千人を超える。


鉄砲兵については、鈴木重秀と雑賀、根来の鉄砲撃ちを召し抱えることで、むしろ以前より増強された。

黒鬼騎馬も、長野藤綱が率いる伊勢巨馬の新たな百騎が加わる。

だが、赤鬼や青鬼を中心とした一般の鬼兵については別だった。


一般常備兵から育てるしかない。


(まあ、仕方ないか)


秀政は急がせるつもりはなかった。


急いだ結果、名ばかりの鬼兵を増やしても意味がない。

赤鬼や青鬼は、敵の精鋭と正面からぶつかる兵である。


戦線を支え、敵の攻撃を受け止め、それでも崩れない。

そこまで鍛えてこその鬼兵だった。


だから今は待つしかない。

そう考えていた数日後のことである。


*


「耀!」


鈴鹿館の廊下を歩いていた秀文が声を上げた。

少し先を歩いていた女が振り返る。


「若殿。いかがなされました?」


耀だった。

伊賀出身のくノ一であり、芋粥家には古くから仕えている。

今では所帯も持っているが、所帯を持った後も家中を離れることなく、鈴鹿館の警護や秀政一家の護衛などを務めていた。

秀文にとっても、物心がついた頃から身近にいる女である。


「今から仕事?」


「はい。館の見回りにございます」


「そうなんだ?」


秀文は耀を見上げた。

別に珍しいことではない。

耀が鈴鹿館を歩いている姿など、これまで何度も見ている。


だが、この日は少し違った。

先日から始まった常備兵の鍛錬を見たためだろう。

秀文は改めて耀の姿を見ていた。


(耀って、凄いよな)


小さい頃から知っている。


走るのは速い。

身軽である。

武器も使える。

屋根へ上る程度なら苦もなくやってのける。


周囲の変化にも敏感で、秀文がこっそり悪戯をしようとしても、かなりの確率で見つかる。


本人から聞いた話では、こうしたことは伊賀にいた頃から鍛えられていたらしい。


「耀」


「はい?」


「伊賀には、耀みたいな女の人って、たくさんいるの?」


耀は少し首を傾げた。


「私のような、と申されますと?」


「走ったり、武器を使ったりできる人」


「ああ」


耀は笑った。


「おりますよ。伊賀では女子であっても、忍び働きに必要なことを仕込まれる者は珍しくありませぬ」


「ふうん……」


秀文は何かを考えるように頷いた。


そして、その日の夕刻。

秀政のところへやって来た。


「父上」


「ん?」


書付を読んでいた秀政が顔を上げた。


「何だ?」


「女子でも白鬼として、鬼兵になれるのでしょう?」


「…………」


秀政は首を傾げた。


「白鬼は女子の部隊だからな」


「えっと……で、あれば」


秀文は少し考えてから言い直した。


「耀も、白鬼になれるのですか?」


「耀?」


秀政はちょうど部屋の外に控えていた耀を見た。


耀も突然自分の名前が出てきたため、不思議そうな顔をしている。


「まあ……」


秀政は耀を上から下まで眺めた。

忍びとして長く働いてきた女である。


身辺警護の任では、これまで敵忍びを何度か討ち取ったこともある。


兵としては、白鬼の精鋭には及ばないだろうが、身体能力は高い。

馬と鉄砲を改めて仕込めば、白鬼として使えないとは思えない。


「鍛えれば、なれるかもしれんな」


「やっぱり」


秀文が頷いた。


「それがどうした?」


「伊賀には、耀みたいな女の人がもっといるのでしょう?」


「…………」


秀政が止まった。

秀文はそのまま続ける。


「耀は小さい頃から、走ったり、武器を使ったりする稽古をしていたのでしょう?」


「ああ」


「だったら、そういう人に白鬼になってもらったら駄目なのですか?」


「…………」


秀政はもう一度、耀を見た。

耀が困ったように秀政を見る。


「殿?」


「いや……」


秀政は答えず、考え始めた。


(いるな)


伊賀にはいる。


全員が耀ほどの腕を持っているわけではないだろう。

忍びの家に生まれた女が、全員同じ鍛錬を受けているわけでもない。


だが、一定の身体訓練を受けた女ならば探せる。

幼い内にその素質を見出された女子であれば、くノ一として、走り方や身のこなし、武器の扱いなど、忍び働きに必要な技を叩き込まれているだろう。


そこで秀政の頭に、南信濃での戦いが浮かんだ。


白鬼。

南信濃戦役で、白鬼は武田の赤備えを相手に目覚ましい働きを見せた。


《飛燕連環陣》。


そして《廻天連砲陣》。


馬と鉄砲を組み合わせた機動戦によって赤備えを翻弄し、徒歩の赤備えに対しては一方的に銃撃を浴びせ続けた。

しかも損害は少ない。


戦死六人。

復帰困難となった者が二人。


百人いた白鬼のうち、恒久的に失ったのは八人だけだった。


現在も九十二人が残っている。


(待てよ……)


鬼兵を一人育てるには時間が掛かる。

敵の精鋭と正面から槍を合わせ、戦線を維持できるだけの体力と武技が必要になるからだ。


だが、鬼兵の中でも、白鬼だけは少し違う。

もちろん弱いわけではない。

だが、求められている強さの種類が違う。


騎乗、鉄砲、素早い移動に、周囲を見る力。

それは偵察や伝令、特殊戦術での射撃にも役立つ。


そうしたものが、白鬼の強さを支えている。

そして――。


(伊賀の女なら、そのいくつかは最初から持っている)


秀政は立ち上がった。


「父上?」


「秀文」


「はい」


「お前、また妙なところに気づいたな」


「妙?」


秀文は何を言われているのか分からないらしい。

秀政は笑った。


「いや、褒めておる」


「本当?」


「ああ」


秀文が嬉しそうに笑った。

その顔を見ながら、秀政は再び考える。


白鬼を増やしたところで、失った赤鬼や青鬼の代わりにはならない。

そこを混同するつもりはなかった。


南信濃でも、土屋昌恒率いる赤備え騎馬に捕まった時には、白鬼から六人もの戦死者が出た。

軽装の白鬼に、重装した男の精鋭と正面から槍をぶつけ合わせるつもりはない。


赤鬼や青鬼は、これまで通り育てる。

だが、それとは別に白鬼を増やす。


(百人くらいなら、いけるんじゃないか?)


現在の九十二人へ新たに百人ほど加える。

それだけでも、白鬼はほぼ倍になる。


しかも一から人を集める必要はない。

すでに一定の身体訓練を受けている伊賀の女たちを集め、そこから選抜して、馬と鉄砲を重点的に仕込めばよい。


秀政はすぐに動いた。


*


数日後。


秀政は伊賀にいた。

今回ばかりは使者だけで済ませなかった。

単に忍びを借りたいわけではないからである。


伊賀の女たちを、芋粥家の正式な家臣として召し抱える。

禄を与える。

働きに応じて評価する。

功を立てれば昇進もさせる。


それを直接伝えるために、秀政自身が伊賀の上忍たちと顔を合わせることにした。


「百人……でございますか?」


話を聞いた上忍の一人が、驚いたように聞き返した。


「ああ」


秀政は頷いた。


「できれば若く、身体の丈夫な者がよい。

 忍びとしての基礎を仕込まれておれば、なおよい」


「その者たちを、白鬼へ?」


「そうだ」


秀政は南信濃での白鬼の働きを説明した。

武田の赤備えと戦い、騎馬鉄砲を使って敵を翻弄した。


さらに白鬼が、一時的に集められた女兵ではなく、芋粥家の正式な常備兵であることも伝えた。


「働き次第では隊を率いさせる。

 足軽大将格へ上げることもある。

 さらに功を立てるなら、その先もある。

 所帯を持つことも許す。

 子を身籠もれば、軍役も一時免除しよう。

 子を産んだ後、再び隊に戻ってくれればよい。

 ちょうど綾芽がそうだ」


上忍たちが顔を見合わせた。

秀政は気づかなかったが、この条件は彼らが考えていた以上に大きなものだった。

忍びの働きは、表へ出ない。

どれほど大きな功を立てても、誰が成し遂げたのか公然と語られないことも珍しくない。


ところが白鬼なら、芋粥家の正式な家臣として禄を受け、戦場で功を立てれば評価される。

しかも女であることを理由に、上へ進む道を閉ざされているわけでもない。


すでに綾芽をはじめ、女たちが隊を率いている。

伊賀の女たちにとっては、これまでになかった奉公先だった。


「いかがであろう?」


秀政が尋ねると、上忍の一人が頭を下げた。


「承知いたしました。

 各家へ話を通してみましょう」


「頼む」


「ただ、百人となりますと、少々時をいただきたく」


「構わん」


秀政は頷いた。


「こちらも明日から戦場へ出せるとは思っておらん。

 まずは候補を集めてもらえればよい。

 選別もこちらで行う。

 とにかく希望者を募ってくれ」


そう答えながら、秀政は内心で計算していた。


百人。

全員が白鬼になれるわけではないだろう。


馬に馴染めない者もいるかもしれない。

鉄砲の扱いに向かない者もいる。


多少多めに候補を出してもらい、その中から選べばよい。


この時、秀政は百人も集まれば十分だと考えていた。

だが、この話は伊賀で秀政の想像を遥かに超える勢いで広まっていく。


百人どころでは済まなかった。


図らずも秀政は「女性のエンパワーメント」を引き起こしてしまった。

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― 新着の感想 ―
ここに来て、人材と兵力強化して、得生先生によれば、芋粥秀政は天下取りを考えているとのことだが、ここまでしても得生先生の大大大好き徳川家康に勝てる気がしないんだよね。豊臣秀吉の様に譜代家臣もいなければ、…
やべぇよ芋粥君雑賀で学んでないよ… 旗本の鬼兵強化はわかるが、秀吉みたいに兵の消耗防ぎつつ目的を達成することも学ばないと兵士やお金幾らあってもいつかは破産しそうやな
き、鬼女隊!爆誕。あだちがはらの紅葉鬼とかか?子供守る鬼子母神の旗印。
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