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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十六章 織田家宿老編(東方遠征編)

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第三百十五話 サイレンススズカ

「先ほど、突いた後にすぐ戻ってきた者もいたな」


「はい。

 それも試しておりまする」


「何をだ?」


「突き退きにございます」


「突き退き?」


「一度突いた後、敵の中へ留まらず、そのまま抜ける。

 少し離れたところで馬首を返し、また次の機会を窺いまする」


藤綱は自分の配下へ手を上げた。

それを見た一騎が、再び走り出す。


藁束へ突進。


槍を突き入れ、そのまま横を抜ける。

数十間ほど走ったところで速度を落とし、馬首を巡らせる。

そして再び、藁束へ向かって走り始めた。


「これまでの馬でも出来ぬわけではございませぬ」


藤綱が説明する。


「されど、具足武者を乗せて何度もこれを繰り返せば、どうしても馬が疲れまする。

 走りも鈍る」


「ああ」


「この馬どもは、その辺りにも余裕がございます。

 もちろん無限に走れるわけではございませぬが、従来の馬より、突いて離れ、再び動くという戦い方がやりやすい」


秀政は頷いた。


ただ大きいだけではない。

大柄な馬が持つ余力を、藤綱は機動そのものへ利用しようとしている。


「他にもございます」


「まだあるのか?」


「はい」


藤綱は少し笑った。


「殿。

 あの馬を、下から見たことはございますか?」


「下から?」


「はい。

 自分が馬へ乗るのではなく、地面に立って、こちらへ走ってくるところを見るのでございます」


秀政は下馬して、巨馬を見上げた。


確かに大きい。


芋粥家で従来使ってきた馬より、明らかに体格が違う。


「何かあるのか?」


「怖いのでございます」


「……怖い?」


「某も最初は馬鹿にしておりました」


藤綱は苦笑した。


「ですが、一度、配下に乗らせて、某は地面から見てみました。

 具足を着た武者が、この馬に乗って槍を構え、真正面から駆けてくる」


藤綱は首を振った。


「分かっていても、体が固まり申した」


「お前でもか?」


「はい」


藤綱はあっさり認めた。


「馬そのものが大きい。

 その上に具足武者が乗り、槍までこちらへ向いておる。

 それが勢いよく迫ってくれば、頭では避けねばならぬと分かっていても、一瞬、足が止まりまする。

 思うように動けませぬ」


秀政は再び巨馬を見た。


(……なるほど)


戦場で敵が感じる恐怖。

そこまで藤綱は試していた。


「それで、わざと正面から突っ込ませているのか?」


「はい。

 もちろん、敵が必ず怯むとは思っておりませぬ。

 慣れた武者ならば踏み止まりましょう」


「だろうな」


「されど、一瞬でも足が止まれば十分にございます」


藤綱は槍を握った。


「こちらは、その一瞬に突けばよい」


「…………」


秀政は何も言わなかった。

坂木も、いつの間にか笑みを消して藤綱を見ている。

当初、秀政がここへ来た理由は単純だった。


黒鬼騎馬隊で失った百騎を補充するために、馬を扱える者を探しに来ただけである。

だが、目の前にいたのは、単に馬に乗れる国人侍ではなかった。

芋粥家が与えた新しい馬を実際に乗り回し、従来の馬との違いを探し、その特徴を戦場でどう使うかまで自分たちで試している。


しかも、その数は二百人。


(……鉄砲に続いて、騎馬でもこれほど上手く事が運ぶとはな)


雑賀、根来まで即戦力を探しに行った。


それ自体は間違っていない。


だが騎馬については、すでに自分の領内にいた。

しかも、ただの騎馬武者ではない。

芋粥家がこれから使おうとしている新しい軍馬を、誰よりも知る者たちである。


秀政は坂木を見た。


「坂木」


「は」


「お前の案、少し変えるぞ」


「と、申されますと?」


秀政は藤綱へ向き直った。


「藤綱」


「はっ」


「お前のことが気に入った」


「……某を、でございますか?」


「ああ」


秀政は即答した。


「百人だけ貰って、お前を牧場へ残しておくのは惜しくなった」


藤綱が目を瞬いた。


「お前が選べ。

 配下二百人の中から、特に馬術に優れ、戦場でも使える者を、お前を入れて百人選べ」


「は」


「巨馬も百頭。

 種牡馬や繁殖に必要な馬は牧場側と相談して除け。

 その上で、今すぐ戦へ連れていける馬を選べ」


「……殿」


「お前たち百人を、正式に芋粥家の家臣として召し抱える」


秀政はそこで笑った。


「黒鬼巨馬隊だ」


藤綱が息を呑んだ。


「黒鬼……」


「ああ。

 お前が芋粥家足軽大将として率いろ」


「某が?」


「この馬の使い方を考えたのはお前であろう」


秀政は先ほどの藁束を指した。


「ならば、お前が戦場でも試せ」


藤綱はしばらく秀政を見ていた。


やがて、その場へ膝をついた。


「……承知いたしました」


深く頭を下げる。


「長野藤綱。

 この命に代えましても、黒鬼の名に恥じぬ働きをしてみせまする」


「命は簡単に捨てるな」


「は?」


「南信濃で散々失ったばかりなのだ。

 今度は生きて帰ってこい」


「……はっ!」


藤綱がもう一度、深く頭を下げた。


秀政は満足そうに頷き、牧場を見渡した。

雑賀、根来から六百人。

そして、今度は伊勢の中から巨馬騎兵百騎。


失った兵を元通りに戻すつもりで始めたはずだった。

それなのに、気づけば以前とは違う軍が出来始めている。


(清隆が見たら、何と言うだろうな)


少しだけ、浅野清隆の顔が浮かんだ。


おそらく最初は難しい顔をするだろう。

そして実際に調練を見た後で、使えるかどうかを冷静に判断する。


そんな男だった。


秀政は再び、巨馬に跨がる藤綱の配下へ目を向けた。


「まずは百騎か」


まだ試験的な部隊にすぎない。

だが、この百騎が戦場で使えると分かれば、いずれ黒鬼騎馬そのものを変えることになるかもしれない。


その第一歩が、すでに自分の領内で始まっていた。


*


黒鬼巨馬隊の編成について藤綱と話を詰めていると、牧場の方から数人の男たちが近づいてきた。

先頭にいるのは、岸田牧場を預かる牧場長である。


「伊勢守様」


「どうした?」


「本日は藤綱殿らの様子を見に来られたと聞きましたが、ちょうどよい機会にございます。

 殿にお見せしたい馬がございます」


「馬?」


「はい。

 少々お待ちくだされ」


牧場長が後ろへ合図を送った。

すると厩の方から、四頭の馬が引き出されてきた。


「おお……」


秀政が思わず声を漏らした。


先ほどまで藤綱たちが乗っていた混血馬も、従来の伊勢馬に比べれば十分に大きかった。

だが、連れてこられた四頭はさらに目を引いた。


背が高い。

胸も厚く、四肢もしっかりとしている。


単純に体を大きくしただけの馬ではない。

軍馬として人を乗せて走ることを考え、何年も掛けて選び続けてきたことが、秀政の目にも分かった。


「これは……」


秀政は四頭の前まで歩いていった。


「随分と立派になったな」


「はい」


牧場長が嬉しそうに頷いた。


「第三期に生まれた牡馬にございます」


「三期目か」


「南蛮より渡ってきた種牡馬と伊勢の牝馬を掛け合わせ、その血を引く馬からさらに良いものを選び、体の大きさだけでなく、脚、気性、丈夫さを見ながら代を重ねてまいりました」


牧場長は一頭の首筋を撫でた。


「まだ、この先も改良は続けまする。

 されど、我らが目指してきた伊勢の巨馬としては、まず完成したと言ってよい馬にございます」


「完成した伊勢巨馬か……」


秀政は改めて馬を見上げた。


思えば、随分と時間が掛かった。

南蛮から大きな馬を手に入れ、それをそのまま使うのではなく、伊勢で増やす。

日本の気候で育ち、伊勢の飼葉を食い、日本の戦場で使える大型の軍馬を作る。


そのために何年も掛けて交配を繰り返してきた。

それが今、ようやく軍馬として使えるところまで来た。


「それで、この四頭を俺に見せたかったのか?」


「いえ」


牧場長が首を横に振った。


「お見せするだけではございませぬ」


「何?」


「こちらの一頭は、殿にお渡しするために仕上げておりました」


「俺に?」


秀政は目を丸くした。


牧場長が一頭を前へ出させた。


四頭の中でも特に体格がよく、毛並みも美しい。

だが荒々しい様子はなく、人が近づいても落ち着いている。


「巨馬の生産が軌道に乗ったなら、まずは当家の大将方へお渡ししようと以前から考えておりました」


「なるほど」


「大将が乗る馬は、ただ走ればよいものではございませぬ」


牧場長は馬を見上げた。


「戦場で一目見て、大将と分かることも大切にございます。

 これほどの馬に立派な馬具を付け、殿が跨がれば、それだけでも兵の目を引きましょう」


「…………」


秀政は想像した。


確かに悪くない。


大柄な馬に立派な馬具。

その上に大将用の具足を着た武将が跨がる。


実際の強さとは別の話として、見栄えは明らかに違う。


戦場では、それも決して無意味ではない。


「つまり、将としての箔を付けろということか?」


「左様にございます」


牧場長が笑った。

秀政も笑った。


「ははは。

 それなら俺には必要かもしれんな」


秀政自身、武芸では家臣たちに到底及ばない。

せめて馬くらいは立派なものに乗って、大将らしく見せるのも悪くない。


「分かった。

 ありがたく貰おう」


「はっ!」


「今日、このまま連れて帰ってよいのか?」


「もちろんにございます。

 殿がお乗りになるための馬具も、すでに用意しておりまする」


「用意がいいな」


「何年も前から、この日のために育ててきた馬にございますゆえ」


秀政は感心しながら、残る三頭を見た。


「では、あの三頭はどうする?」


「そちらも、大将方へお渡しいただければと」


牧場長は答えた。


「一頭は備前守様へ。

 一頭は千種伊勢介様。

 そして、もう一頭は鷺山玄蕃様へ下賜なされてはいかがでしょう?」


「長政、政親、鷺山か」


「はい。

 いずれも芋粥家を代表する大将方にございます」


「なるほどな」


秀政は三頭を順番に見た。


長政は間違いなく喜ぶだろう。

政親は少々困った顔をしながらも、実用性を確認して受け取るに違いない。


そして――。


「鷺山は大喜びするだろうな」


秀政は思わず笑った。


「新しい巨馬をやるなどと言ったら、その日のうちに乗り回しかねん」


坂木も笑う。


「玄蕃様ならば、翌朝には黒鬼と競走でもしておりそうですな」


「あり得るな」


秀政はもう一度、自分へ与えられる馬を見上げた。


巨馬を作る。


最初にその話を始めた頃は、いつ実用になるのかも分からない試みにすぎなかった。

今では藤綱たちが巨馬独自の戦い方を考え、百騎の黒鬼巨馬隊まで作ろうとしている。

大将が乗るための馬まで、こうして目の前にいる。


「……よし」


秀政は馬の首を軽く叩いた。


「今日から俺の馬だ」


馬は嫌がることもなく、秀政の手を受け入れた。


「名前は?」


「まだ付けておりませぬ」


「そうか」


秀政は少し考えた。


そして、隣にいる坂木を見る。


「何か強そうな名前を考えるか」


「殿がご自分でお決めくだされ」


「こういうのは苦手なのだ」


「ご自分の愛馬でしょうが」


「だから困っておる。

 他の三頭はそれぞれ持ち主に決めさせるか」


秀政は改めて、自分の馬を見上げた。


大きな馬である。


しかも伊勢で生まれ、鈴鹿で育った馬だ。


「鈴鹿……」


「はい?」


「そうだな。

 静鈴鹿《しずすずか》とするか」


「しずすずか……でございますか?」


坂木が何とも言えない顔をした。


「あ、いや。

 何とも反応に困る名にございますな」


「うるさい。

 俺が決めたのだからよいのだ」


秀政は苦笑しながら、馬の首を撫でた。


(お前は、サイレンススズカだ)


無論、誰にも通じるはずがない。

だが秀政にとっては、それでよかった。


「よろしくな、静鈴鹿《サイレンススズカ》」


秀政はもう一度、その大きな首を撫でた。


藤綱たちによる黒鬼巨馬隊の編成が始まり、大将用の巨馬も完成した。

長年続けてきた巨馬作りは、ようやく実戦で使う段階まで来ていた。

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― 新着の感想 ―
まだ3代目じゃ安定性がないとか言って時間を稼いで、次の代に産まれたおうまさん、人を馬鹿にするような変顔をするような賢く巨体かつ栗毛の見事な個体が生まれたら⋯⋯黄金の国ジパングにあやかり「黄金戦艦」と名…
信長の分は?拗ねるぞww
気性難が気になるお名前……w サイレンススズカは普段はとても大人しくて素直なのに、レースになると神経質になったそうで。 静鈴鹿はどうでしょう。戦場の空気に当てられて暴走しなければよいですが。 またサ…
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