第三百十四話 灯台下暗し
「騎馬にも良策があると申すか?」
「はい」
坂木は頷いた。
そして鈴鹿館の方を向き、笑った。
「これも若殿のおかげです。
今朝、黒雲の様子を見に行くと仰っておりましてな。
あ、いえ、黒雲とは岸田牧場にいる、若殿のお気に入りの仔馬です。
おかげで思いつきました。
伊勢では以前より、南蛮より得た種牡馬を使い、巨馬の生産を進めておりますな」
「ああ」
家康との密同盟のために、第一世代の混血牡馬十八頭は、種牡馬として全頭提供してしまった。
だが、芋粥家は本命たる南蛮渡来のアラブ種牡馬と混血伊勢牝馬によって、より大型の軍馬を作る試みを続けていた。
「その巨馬の調練には、馬飼いだけでなく、殿へ忠誠を誓った地元の国人侍たちにも協力させております」
「……ああ、そうだったな」
「馬を育てるだけならば、馬飼いでもできます。
されど、我らが欲しいのは戦場で使える軍馬。
人を乗せ、具足の重さに耐え、槍や鉄砲の音にも怯えぬ馬にございます」
秀政は坂木の言わんとしていることに気づき始めた。
「待て。
お前が言っておるのは……」
「長野工藤氏の者たちにございます」
「やはりか」
坂木が頷いた。
「中でも、長野稙藤殿の甥、長野藤綱殿。
現在は配下二百名ほどと共に、混血馬を軍馬として仕上げる調練に関わっております」
「二百もおったか」
「はい。
元は国人侍。
馬に乗れるだけでなく、戦を経験している者も少なくありませぬ」
秀政は黙って考えた。
坂木が続ける。
「そこでございます」
「申せ」
「藤綱殿の配下から、特に馬術に長け、戦慣れした者を百名選びます」
「……まさか」
「その百名を、正式に芋粥家の常備として召し抱えます」
坂木の顔に笑みが浮かんだ。
「そして、あの者らがこれまで調練してきた巨馬の中から、種牡馬として残す必要のない混血牡馬を百頭、実戦用に選ぶ」
「おいおい……」
秀政も笑い始めた。
「つまりお前、黒鬼騎馬の穴を埋めるついでに――」
「巨馬隊を実戦投入いたしまする」
坂木は大きく頷いた。
「巨馬は、今の黒鬼騎兵でも扱いに苦労する馬にございます。
体格も力も、これまでの馬とは違いますゆえ」
「ああ」
「されど藤綱殿と、その配下ならば話は別。
あの者らは巨馬の育成が始まった頃から関わり、乗れる歳になればその背に乗って、軍馬として仕上げております」
坂木は秀政を見る。
「ならば、馬と乗り手を一緒に使えばよろしい」
「…………」
「百騎。
黒鬼巨馬隊として、新たに編成してはいかがでしょう?」
秀政は馬上で腕を組んだ。
黒鬼騎馬隊を百騎失った。
ならば、新しい騎馬兵を百人育てなければならない。
そう考えていた。
だが、ここでも同じだった。
すでに馬を扱える者がいる。
しかも芋粥家が何年も掛けて育ててきた新しい軍馬を、最もよく知る者たちである。
「……面白いな」
秀政の口元が緩んだ。
「鉄砲の次は巨馬か」
「はい」
「まだ本格的に戦場へ出すつもりではなかったのだがな」
「ゆえに、ちょうどよろしいかと」
坂木が笑った。
「百騎だけ、試しに使ってみるのでございます」
秀政は前方へ目を向けた。
「黒鬼巨馬隊……」
悪くない。
むしろ、この機会だからこそ試せる。
「よし」
秀政は即断した。
「藤綱に会うぞ」
「はっ!」
「巨馬百頭と、それを扱える百人。
実際に俺の目で見てから決める」
*
秀政たちは、その足で岸田牧場へ向かった。
一度鈴鹿館へ戻り、藤綱を呼び出して話を聞いてもよかった。
だが、これから新たな黒鬼騎馬として使おうという者たちである。
それならば、普段どのような調練をしているのか、自分の目で見た方が早い。
岸田牧場へ着いた秀政は、馬から降りる前に妙な光景を目にした。
「……何だ、あれは?」
牧場の一角に、何本もの太い藁束が立てられている。
その向こうから、一騎の武者が駆けてきた。
馬が大きい。
芋粥家で生産を進めている混血馬である。
乗っている武者も稽古着ではなく、具足を身につけていた。
「はっ!」
馬上の武者が槍を構える。
そのまま速度を落とさず、藁束へ向かって突っ込んだ。
槍先が藁束を捉える。
ドンッ!
鈍い音と共に、藁束が大きく傾いた。
だが、馬は止まらない。
武者は槍を深く食い込ませる前に引き、そのまま藁束の横を一気に駆け抜けていった。
「…………」
秀政は思わず目で追った。
さらに別の騎馬武者が続く。
こちらも具足姿である。
槍を突き入れ、そのまま駆け抜ける。
少し先まで進むと大きく馬首を巡らせ、再びこちらへ戻ってきた。
その後ろからも、次々と騎馬武者が続いている。
「殿」
坂木が笑った。
「あれが藤綱殿と、その配下にございます」
「あれが?」
秀政は改めて騎馬武者たちを見た。
馬に乗れるという程度ではない。
具足を着込み、槍を持ち、実戦を想定して馬を走らせている。
しかも――。
(……待てよ)
秀政は目を細めた。
大型の馬に騎乗する具足武者。
速度を落とさず、馬勢を利用して槍を突き入れる。
そして、そのまま敵の横を駆け抜ける。
(これ、ランス突撃ではないか?)
もちろん、西洋の騎士が行うものとは違う。
使っている槍も違えば、馬具も違う。
密集した騎兵が一斉に長槍を構えて突撃しているわけでもない。
だが、考え方はよく似ていた。
馬の大きさと速度を利用して、槍の一撃へ勢いを乗せる。
しかも、敵の前で止まって斬り合わず、そのまま駆け抜ける。
(まさかな……。灯台下暗しとはよく言ったものだ)
秀政が見ていると、一人の武者がこちらに気づいた。
すぐに馬を寄せてくる。
「伊勢守様!」
馬から飛び降り、頭を下げた。
四十を過ぎた頃であろう。
日に焼けた顔をした、いかにも武辺者らしい男だった。
「長野藤綱にございます。
このようなところまで、いかなる御用にございましょう?」
「いや、お前たちを見に来た」
「我らを?」
「ああ。
ところで藤綱」
秀政は先ほどまで調練をしていた場所へ目を向けた。
「随分と変わったことをしておるな」
「変わっておりますか?」
「馬を走らせたまま槍を突き、そのまま駆け抜けておった」
「突き駆けの調練にございます」
「突き駆け?」
「はい」
藤綱は当然のように答えた。
「走った馬の勢いを殺さず、そのまま敵へ槍を突き入れます。
当てた後も止まらず、敵の横を抜けまする」
秀政はわざと首を傾げた。
「あまり騎馬戦では見かけないが?」
藤綱はすぐに首を横へ振った。
「はい、元より伊勢におる伊勢馬では突き駆けは難しゅうございます。
ゆえに騎馬戦術としては、あまり見かけませぬ。
ですが、伊勢巨馬であれば伊勢馬とは一味違いまする」
迷いのない答えだった。
秀政は内心で笑った。
(ほう。ちゃんと違いがわかっているのか)
「藤綱。何が違うというのだ?」
「これまでの馬では、具足を着た武者を乗せただけでも、それなりの負担になりまする」
藤綱は自分が乗っていた巨馬の首を軽く叩いた。
「その状態で馬を走らせ、敵へ槍を突き入れれば、乗り手も衝撃を受ける。
姿勢を崩せば、馬勢も鈍りまする」
「それが、この馬なら違うと?」
「はい。
体が大きく、力がございます。
それに、乗り手が馬勢を殺さぬ突き方を覚えれば使えまする」
藤綱は頷いた。
「具足武者を乗せても、まだ余力がある。
十分に勢いをつけておけば、槍を突き入れた後も走りを乱しにくうございます」
藤綱は倒れかけた藁束を指した。
「ゆえに、敵の前で馬を止めて槍を合わせるよりも、馬勢をそのまま使って突き、抜けた方が、この馬どもの力を生かせまする」
「…………」
秀政は藤綱を見た。
(間違いない)
偶然やっているのではない。
藤綱は巨馬と従来の馬の違いを理解した上で、この戦い方を試している。
(こいつ、自分でランス突撃みたいなところまで辿り着いたのか?)
秀政には未来の知識がある。
西洋では、日本の馬より体格と力に優れた軍馬を使い、騎兵が長槍を持って突撃したことを知っている。
だが、藤綱はそんなことを知らない。
実際に巨馬へ乗り、従来の馬との違いを確かめながら、その力を生かせる戦い方を自分で考えたのだ。
秀政は俄然、藤綱に興味が湧いた。




