第三百十三話 騎馬補充の策
「よし。坂木、上田。
六百人全員を召し抱えるよう動け」
秀政がそう決めると、坂木と上田はすぐに採用後の準備へ取り掛かった。
六百人もの熟練した鉄砲撃ちが、一度に芋粥家へ加わる。
南信濃で失った黒鬼鉄砲隊の穴を埋めるどころではない。
これだけの人数がいれば、鉄砲隊そのものを大きく作り直すことができる。
だが――。
「六百人か……」
秀政は腕を組んだ。
兵を召し抱えるだけならよい。
問題は、その兵を戦わせるための装備だった。
緑鬼の装束、弾薬、そして何より――。
「鉄砲も六百挺ほど要るのか?」
口にした途端、秀政の頭に一人の顔が浮かんだ。
お悠である。
六百人も勝手に召し抱えた。
その上で、
『鉄砲を六百挺買うから銭を出してくれ』
などと言えば、どのような顔をするだろうか。
(……怒るだろうな)
間違いなく怒る。
鬼兵再建のためだと説明すれば、最後には銭を出してくれるだろう。
だが、その前に一刻ほど説教を食らうかもしれない。
鉄砲六百挺ともなれば、安い買い物ではない。
しかも具足や扶持まで新たに六百人分必要になる。
(仕方ない。
必要な出費だ。帰ったら悠を説得するか……)
秀政が覚悟を決めかけたところで、傍らにいた重秀が口を開いた。
「殿」
「何だ?」
「鉄砲でございましたら、買い揃える必要はないかと」
「……何?」
秀政が重秀を見た。
「どういうことだ?」
「今回召し抱える六百名は、もともと雑賀や根来で鉄砲撃ちをしていた者たちにございます」
「ああ」
「皆、自前の鉄砲を持っております」
「…………」
秀政は目を瞬いた。
「六百人ともか?」
「おおよそは」
「それを持ってきておるのか?」
「はい。
己が使うために調整した鉄砲を、それぞれ持参しておりまする」
秀政の顔が明るくなった。
「では、六百挺も買わなくてよいのか!?」
「はい」
重秀は何でもないことのように答えた。
「おお!
それは助かる!」
秀政は思わず声を上げた。
これなら、お悠に鉄砲六百挺分の銭を要求せずに済む。
扶持、火薬などに銭は掛かるが、それでも出費は大きく減る。
ところが重秀は続けた。
「ただし、一つ問題がございます」
「何だ?」
「鉄砲に統一が取れておりませぬ」
「統一?」
「はい。
普通の火縄銃もございますが、遠くを狙うために筒の長い鉄砲を使う者もおります」
「ほう」
「反対に、取り回しを良くするため、短めの筒を好む者もおります。
威力を増そうと、口径の大きな鉄砲を使う者もおりますな」
「…………」
「それぞれが己の戦い方に合わせて使ってきた物ゆえ、同じ鉄砲が六百挺揃っているわけではございませぬ」
秀政は少し考えた。
「ならば、統一を取れ」
「お勧めいたしませぬ」
即答だった。
秀政が重秀を見る。
「何故だ?」
「雑賀の良さが死にまする」
「良さが?」
「はい」
重秀は淡々と答えた。
「あの者らは、たまたま手元にあった鉄砲を持ってきたわけではございませぬ。
己に合った鉄砲を選び、長く使い、それで戦ってきた者たちにございます」
重秀は試験場の方へ目を向けた。
「遠くの敵を狙うことを得手とする者は、長い筒を使う。
威力を求める者は、大きな玉を撃てる物を使う。
動きながら撃つ者なら、取り回しのよい物を好みます」
「なるほど」
「その鉄砲を使い慣れているからこそ、あの者らはあれだけの働きができるのです。
同じ物へ揃えれば、火薬や玉の支度は楽になりましょう」
重秀はそこで一度言葉を切った。
「されど、それと引き換えに、あの者らの腕を落としては意味がございませぬ」
秀政は腕を組んだ。
軍として考えれば、武器はある程度揃っていた方がよい。
同じ玉を使えれば補給も楽になる。
扱い方や手入れの仕方も揃えやすくなるだろう。
だが今回集めたのは、一から鍛える新兵ではない。
それぞれが自分の鉄砲を使い、実戦を経験してきた熟練兵である。
せっかく即戦力を集めたのに、武器を取り上げて慣れない鉄砲へ持ち替えさせるのでは本末転倒だった。
「……それもそうか」
秀政はあっさりと考えを改めた。
「分かった。
鉄砲は今使っている物をそのまま使わせろ」
「は」
「火薬と鉛はこちらで用意する。
玉の大きさまで違うのであれば、鉛を渡して自分たちで合う物を作らせればよい」
「それがよろしいかと」
「火薬についても、必要な量を調べておけ。
六百人も増えたのだ。
これまでと同じ量では足りん」
すると重秀が、少しだけ頭を下げた。
「殿」
「今度は何だ?」
「その辺りも、某にお任せいただけませぬか?」
「火薬や鉛の手配までか?」
「はい。
鉄砲ごとに必要な玉の大きさも違います。
鉄砲によって必要な火薬の量も違い、使う者によって加減もございます」
重秀は六百人の鉄砲撃ちへ目を向けた。
「某ならば、あの者らと話を付けられまする。
必要な火薬と鉛の量をまとめ、誰に何を渡すかまで決めておきましょう」
「できるのか?」
「雑賀では、いつもやってきたことにございます」
重秀は平然としていた。
「鉄砲のことは、某にお任せくだされ。
上手くまとめてみせまする」
「…………」
秀政は重秀を見た。
鉄砲が上手いだけではない。
鉄砲衆を率いることができるだけでもない。
六百人もの鉄砲撃ちが、それぞれ異なる得物を持っていても、それをまとめて戦える形にする術を知っている。
(……侍大将にして正解だったな)
秀政は笑った。
「分かった。任せる」
「は!」
「ただし、必要な火薬と鉛の量、それに掛かる銭は書付にして出せ」
「承知いたしました」
「そこだけは適当にするな。
俺がお悠に怒られる」
「……奥方様に?」
「こっちの話だ」
秀政は苦笑した。
*
話がまとまり、秀政たちが引き上げようとした時だった。
「殿」
重秀に呼び止められ、秀政が振り返る。
「何だ?」
「最後に一つ、よろしゅうございますか?」
「ああ」
重秀は少し離れた場所に置いてあった自分の荷物へ向かうと、その中から一挺の鉄砲を取り出した。
普通の火縄銃よりも、かなり短い。
「何だ、それは?」
「馬上筒にございます」
重秀は秀政の前へ進み出ると、両手でそれを差し出した。
「殿。
某のようなどこの馬の骨とも知れぬ者を、いきなり侍大将として召し抱えてくださったこと、感謝に堪えませぬ」
「どこの馬の骨って……お前は鈴木一門であろう」
「されど芋粥家では、昨日まで何の功も立てておりませぬ」
「まあ、それはそうだが」
「ゆえに、せめてもの礼にございます。
これをお使いくだされ」
秀政は差し出された馬上筒を受け取った。
よく使い込まれている。
決して新品ではない。
銃床には細かな傷があり、金具にも長年使われてきた跡が残っている。
だが、手入れは行き届いていた。
火皿や火挟みは綺麗に整えられ、どこにも錆は見当たらない。
重秀自身が使ってきた一挺なのだろう。
「よいのか?」
「はい。
護身用には打ってつけにございます」
重秀は秀政が持つ馬上筒を指した。
「馬上で扱うことを考えた物ゆえ、短く、取り回しが利きまする。
あらかじめ玉と火薬を込めておけば、いざという時には口薬を入れ、火縄を掛けてすぐに撃てまする」
「ほう……」
秀政は馬上筒を構えてみた。
普通の火縄銃より短いため、取り回しがよい。
長い鉄砲ほど遠くを狙うことはできないだろうが、護身用ならば十分である。
そして秀政にとって、何より重要なことがあった。
「おお、これは良い!」
秀政の顔が明るくなった。
「俺はな、刀も槍もできんのだ」
「……は?」
重秀が一瞬だけ目を瞬いた。
「いや、本当にできん。
槍を持って敵と戦えと言われたら、多分すぐ死ぬ」
「殿……」
「だから、これはいいな!」
秀政はすっかり気に入った。
敵が目前まで迫った時、刀や槍で戦うことはできない。
だが鉄砲ならば、秀政にも撃てる。
しかも馬上筒なら、出陣や移動の際にも携帯できる。
「ありがたく貰っておくぞ」
「お気に召していただけて光栄にござる」
重秀が深く頭を下げた。
秀政はもう一度、手の中の馬上筒を眺めた。
*
重秀に鉄砲衆のことを任せた秀政は、坂木、上田らと共に鈴鹿館へ戻ることにした。
その帰路。
秀政は馬上で、先ほど貰った馬上筒を何度も眺めていた。
「なかなか良いな、これ」
「殿。
前を見てくだされ」
坂木に注意され、秀政は馬上筒を腰に提げた筒袋へ戻した。
「分かっておる」
「落馬なされては、護身用の鉄砲を貰った意味がございませぬ」
「うるさいな」
上田が横で笑っている。
秀政は気を取り直して前を向いた。
「しかし、鉄砲については驚くほど上手く話が進んだな」
「左様にございますな」
「六百人もの熟練兵が入り、しかも鉄砲まで自前。
おまけに重秀まで拾った」
当初は、失った黒鬼鉄砲兵を二百人ほど補充するつもりだった。
それが蓋を開けてみれば、六百人もの熟練した鉄砲撃ちを確保し、さらに鈴木重秀まで芋粥家へ加わった。
これほど上手くいくとは、秀政自身も考えていなかった。
「問題は次だな」
「次、と申されますと?」
「黒鬼騎馬だ」
秀政の表情が少しだけ曇った。
「南信濃で失った騎馬兵は、およそ百騎。
鉄砲兵は雑賀、根来から即戦力を得られたが、騎馬兵まで同じようにはいくまい」
すると坂木が、待っていたように口を開いた。
「殿」
「何だ?」
「実は某、あれからずっと、ない頭を捻っておりましてな」
「自分でないと言うな」
「ははは。
されど、一策思いつきましてな」
「一策?」
「はい。
騎馬にも、即戦力を得られるやもしれませぬ」
「何!?」
秀政が思わず坂木を見た。




