第三百十一話 一流の熟練兵
雑賀、根来から集まった八百余りの仕官希望者は、そのまま伊勢へ移された。
もちろん、全員を召し抱えるつもりではない。
当初、秀政たちが想定していた採用人数は二百人ほどだった。
南信濃で損害を受けた黒鬼鉄砲隊を補充する。
一から鉄砲を教える必要のない即戦力を二百人も確保できれば十分だった。
鈴鹿へ戻ると、すぐに選抜が始まった。
単に的へ当てればよいという試験ではない。
火縄を扱う手際や装填の速さ、距離の違う的への射撃の精度も見た。
また、撃ってから次弾を放つまでの動きや、実戦を経験している者には、地形を見せ、どこへ陣取るかも尋ねた。
試験を見るのは坂木、上田、そして南信濃から呼び寄せた黒鬼鉄砲隊の組頭たちである。
秀政も時間が許す限り、その様子を見に来ていた。
そして数日後――。
「……六百?」
秀政が聞き返した。
坂木が困った顔で頷く。
「はい。
およそ六百名にございます」
「待て。
二百人ほど採る話ではなかったか?」
「そのつもりでございました」
「ならば、なぜ六百人も残っておる?」
「落とせませぬ」
「…………」
秀政は黙った。
坂木も困っていた。
「もちろん、腕には差がございます。
されど、この者らは雑賀、根来で実際に鉄砲を扱ってきた者たちです。
少なくとも六百名ほどは、当家の鉄砲兵として考えれば、喉から手が出るほど欲しい腕を持っております。
なお、残りの二百も決して腕が立たぬわけではございませぬ。
基礎は十分で育てればものになる者たちばかりでした。
ただ、当家が召し抱えるにも、限度というものがございます。
泣く泣く切りました。
逆に申せば、残りの六百はそれを無視してでも、召し抱えねばならぬほどの腕という訳です」
上田も頷いた。
「中には紀伊での戦で、我らと撃ち合った者までおります」
「敵だった奴まで来たのか」
「はい」
「……まあ、俺が腕さえあれば身分も過去も問わんと言ったからな」
秀政は腕を組んだ。
二百人の予定だった。
それが六百人。
三倍である。
当然、それだけ扶持も必要になる。
具足も必要になる。
鉄砲も必要になる。
だが、芋粥家が今最も欲しているのは、一から何年も掛けて育てなくてもよい熟練兵である。
しかも、一流と言ってよい熟練兵が、自分から仕官したいと六百人も集まっている。
「……落とせんな」
「はい」
坂木も同じ考えだった。
「六百人全員、最後まで残せ。
最終的な採用人数は、その後で決める」
「はっ!」
*
最終選抜では、鉄砲の腕だけを見なかった。
六百人もいるのであれば、その中から兵を率いることのできる者も探す。
南信濃で千人以上の鬼兵を失った芋粥家に必要なのは、兵だけではない。
組頭や足軽大将。
そして将来、その上に立てる者も必要だった。
浅野清隆が死んだ今だからこそ、指揮官となる人材も、一人でも多く欲しかった。
そこで数十人ずつに分け、実際に鉄砲衆を率いさせる試験も行われた。
限られた人数をどこへ置くのか。
どの距離から撃つのか。
どこまで敵を引き付けるのか。
撃った後、その場に留まるのか、場所を変えるのか。
単に鉄砲を上手く撃つだけでは分からないものを見る。
秀政は坂木、上田と並び、その試験を眺めていた。
「……ん?」
その中で、一人の男が目についた。
身なりは特別立派ではない。
他の者と同じように雑賀からやって来た鉄砲撃ちにしか見えなかった。
だが、戦い方が違った。
自分で鉄砲を撃たせれば、当然のように当てる。
装填も速い。
しかし、秀政が気になったのはそこではない。
「あの男、何をしておる?」
「兵を動かしておりますな」
男は、自分が撃つことより周囲の兵を動かすことに気を配っていた。
数人を前へ出す。
別の者を少し離れた場所へ置く。
射撃が終わると、その場で次弾を込めさせず、一部を後ろへ下げて場所を変えさせた。
「なぜ、あそこで動かす?」
秀政が尋ねた。
坂木も男の動きを追っている。
「さて……」
秀政は立ち上がった。
「聞いてみるか」
そのまま試験場へ下りていく。
男が秀政に気づき、頭を下げた。
「伊勢守様」
「そのままでよい。
一つ聞きたい」
「は」
「なぜ、撃った兵を動かした?」
男は当然のことを聞かれたような顔をした。
「居場所が知れますゆえ」
「居場所?」
「鉄砲を撃てば音が出ます。
煙も出ます。
何度も同じ場所から撃てば、敵もそこに鉄砲撃ちがおると分かりましょう」
「ああ」
「敵がこちらの場所を知ったなら、次はそこへ矢なり鉄砲なりが飛んでまいります。
ならば場所を変えればよろしいかと」
「なるほど」
秀政は男を見た。
「では、なぜあの者たちは離れたところへ置いた?」
「あちらからなら、敵の横を撃てます」
男は地形を指さした。
「正面にばかり鉄砲を並べても、敵は正面しか見ませぬ。
別の場所から撃てば、敵はどちらを向けばよいのか迷います」
「…………」
「それに、敵がこちらへ向かってくれば、向こうから撃てます。
向こうへ向かえば、こちらから撃てます」
秀政は思わず笑った。
「はは。
お前、面白いな」
「は?」
「鉄砲の腕を見る試験なのに、自分が撃つことより、どうやって兵を使うかばかり考えておる」
男は首を傾げた。
「兵を預けられましたので」
「その通りだ」
秀政は気に入った。
鉄砲の腕も申し分ない。
それ以上に、鉄砲兵をどう使えば敵を苦しめられるのかを知っている。
秀政は後ろにいた坂木へ振り返った。
「坂木!」
「は!」
「あの男は見どころがある。
足軽大将で召し抱えるぞ」
男が驚いた。
「某を、でございますか?」
「ああ。
百や二百なら任せられそうだ」
秀政は再び男へ向き直った。
「実際に人を率いたことはあるか?」
「ございます」
「何人ほどだ?」
「戦によります。
数十の時もあれば、百を超える者を預かったこともございます」
「やはりな。
雑賀では、いつもこのように戦うのか?」
「いつもというわけではございませぬ。
敵と場所によります」
「場所による?」
「山で戦うのと、野で戦うのでは違います。
川があれば川を使います。
林があれば林を使います。
鉄砲は遠くから人を殺せます。
わざわざ敵が斬りかかってくるところまで待つ必要はございませぬ」
「ほう」
秀政はさらに身を乗り出した。
「敵の騎馬が迫ってきたらどうする?」
「逃げます」
あまりにも即答だった。
秀政が目を瞬いた。
「戦わんのか?」
「鉄砲撃ちが騎馬武者と槍を突き合わせて、何の得がございます?」
「……ないな」
「近づかれる前に撃ちます。
止まらぬなら、また撃てる場所まで退きます。
槍で止める者がおるなら、その後ろから撃てばよろしい」
「…………」
秀政はますます気に入った。
(こいつはいい)
南信濃で黒鬼鉄砲隊は、最後には槍を持って赤備えと白兵戦を行った。
それができるように鍛えてきたからである。
だが、この男は最初から考え方が違う。
鉄砲撃ちは、鉄砲で敵を倒せばよい。
近づかれたなら、近接戦闘で勝とうとするのではなく、鉄砲を再び使える状況を作る。
秀文が言っていたこととも繋がっていた。
不得手なものを、得意な者と同じところまで鍛える必要はない。
「よし。決めた」
秀政は頷いた。
「お前は足軽大将として召し抱える」
「は。
ありがたき――」
「そういえば、まだ名を聞いておらんかったな」
「は」
男は頭を下げた。
「鈴木重秀にございます」
「…………」
秀政の動きが止まった。
「はい?」
秀政は腰を抜かしそうになる。
「今、何と申した?」
男が不思議そうにもう一度答えた。
「鈴木重秀にございます」
「鈴木……重秀」
秀政は男の顔を凝視した。
鈴木重秀。
雑賀の鉄砲撃ち。
(待て、鈴木重秀って――)
「お前……孫市と呼ばれておらぬか?」
今度は重秀が僅かに眉を上げた。
「その名で呼ばれることもございますが……」
「待て待て待て!」
秀政が突然声を上げた。
周囲にいた者たちが一斉に振り返る。
重秀まで驚いていた。
「足軽大将ではない!」
「は?」
「お前は侍大将として召し抱えたい!」
「…………は?」
重秀が完全に固まった。




